俺のクラスの学級委員長は、聞き込みがしたいらしい。

「この本によれば、普通の中学生、倉雲奈央。彼には街一番のお嬢様、小野寺心美と結婚する未来が待っていた。島根県にある小野寺家の別荘にやってきた奈央たち。初日の夜、近くのコンビニへ買い出しに出かけた奈央は、心美から告白される。お互いの想いを知った奈央と心美は、遂に正式なカップルになれた。そして、交際初日の朝、2人は新たな未来に向かって歩き始めるようです」


 心美との交際初日の朝、別荘のリビングで、俺のクラスの学級委員長が、そっと文庫本を開いた。その視線の先にはソファーに座る渡辺さんがいる。

「倉雲、いつの間に付き合いだしたんだよ! 聞いてないぞ!」

 ソファーから立ち上がった渡辺さんが俺と顔を合わせる。

「昨日の夜、心美から告白された。突然のことで驚いたけど、今日から心美は俺の彼女なんだ」

 少し照れながら説明すると、渡辺さんは無表情で俺に尋ねてきた。

「おい、心美って呼び捨てになってるぞ」

「これからは名前で呼ぶんだ」

「いいな。名前で呼ばれるの」

「そういえば、八重垣神社で、そんなこと言ってたな」


 そう言葉を交わした後、すぐにリビングのドアが開き、心美が顔を出す。

「おはようございます」と明るく挨拶した後、突然渡辺さんは心美の前に立つ。

「おはよう。倉雲、心美ちゃんのこと名前で呼び出したな」

「そうなんだ。みんなの前でも名前で呼んでくれて、うれしい」

「だからってわけじゃないけど、アタシのことも名前で呼んでほしい」

 渡辺さんが、キレイなお辞儀で心美に頼み込む。だが、心美はそんな姿を見て唸った。

「うーん。渡辺さんは渡辺さんでしょ? なんか名前で呼ぶの抵抗あるわ」


 撃沈。渡辺さんは、俺の前で尻餅をつく。その時、室内で通知音が響いた。どこから聞こえていたのかと気になり、周囲を見渡すと、いいんちょがスマホの画面を覗き込んでいる。

「この流れに乗ったら、名前で呼んでもらえるって思ったのに……」

 それから、残念そうに右手で頭に触れた渡辺さんを見た俺は、心美と顔を合わせる。

「何気ない心美の一言が、渡辺さんを傷つけた」

 そんな時、いいんちょが、手にしていたスマホを握った状態で、俺たちの間に割って入り、両手を合わせた。

「心美ちゃん。頼みがあります」



 午前9時、巨大な鳥居の下を俺たちを乗せた高級車が走り抜けた。

 車窓から見える歩道には、大きな松の木が植えられている。

「あの鳥居、すごく大きかったな。まさか、車で通過するとは思わなかった」

「高さ23メートルもあるからね。一応、近くの道の駅に停めたら、歩いて潜ることもできるけど、ウチの場合は、有料駐車場を使わないとダメだよ。万が一ぶつけられたら、加害者が困るでしょ? 多額の修理費用を要求されて、借金地獄。そして、借金返済のために過酷なギャンブルに身を投じる。そんな生活を庶民の方々に送ってほしくないし」

 そう補足したのは、隣に座っている心美だった。

「どこのギャンブルマンガだよ!」

いつも通りなツッコミの後、俺の左隣に座っていた渡辺さんが首を傾げた。

「有料駐車場かぁ。駐車料金高そうだな」

「そんなことないよ。ヨウジイ、確か1時間で300円だったよね?」

「左様でございます」

 リーズナブルな駐車料金に、思わず呆気にとられた。



 島根県の有名な観光スポット、出雲大社。

 そこから一番近い駐車場に高級車を停めて、数メートル進むと、出雲大社と刻まれた石の看板が見えた。


 「やっぱり、島根に来たら、出雲大社観光は外せないでしょ?」

 そう俺の近くで呟いたのは、ここに行きたいと言い出した張本人で、俺のクラスの学級委員長。

 昨日の八重垣神社の件といい、何か怪しいと思いながら、横断歩道の前でいいんちょに耳打ちした。

「何のつもりだ?」

「何のつもりって?」といいんちょは、肩をくすめ、石畳の横断歩道を歩き始めた。そんな態度を見て、ジド目になった俺も後に続く。

「また俺や心美をからかうつもりで、ここに行きたいって言い出したんじゃないのかよ!」

「違うよ。ここでやってみたいことがあったから、行きたいって言ったんだよ」

「やりたいことだと?」


 何のことやら、さっぱり分からない俺は首を傾げることしかできなかった。すると、いいんちょは、石の看板の前で立ち止まり、自分のスマホを俺の前に差し出す。


「はい、まずは写真撮影ね。倉雲くんは、これで写真1枚撮って。これは集合写真じゃないから、心美ちゃんたちはここで見守ってって」


 訳も分からないまま、謎の指示に従って、シャッターを押し、撮影完了。そのまま走り、いいんちょの元に戻った。

「はい、自信ないけど、いいかんじに撮れたと思う」といいんちょのスマホを返す。写真を確認した、いいんちょは、なぜか鼻歌交じりにスマホを操作した。

 全く真意が分からない。そう感じていると、名前すら知らないお河童頭で太っている男性が前方から俺たちの元へ駆け寄った。その手にはスマホが握られていて、その瞳には、いいんちょの姿を映している。


「あの……東野……吹雪さん……ですよね? いつも応援しています。できたら、握手、サイン、一緒に写真撮影とか……ダメですか?」

 早口で話すオタクっぽい男性を見て、いいんちょは笑顔になった。

「はい。そうですよ。もしかして、さっきSNSにアップした写真見つけて、駆けつけてくれたのかな?」

「はい。ここに来ると思って張り込んでました」

「もしかして、地元民? だったら、この辺で買えるオススメのお土産とかない?」

「だったら、お箸どうですか? ここでしか買えないお箸の専門店があります。無料で名前も掘ってくれます。場所は、神門通りの郵便局の隣。神門通りというのは、そこの横断歩道を渡ったところから奥に見える鳥居までの通りのことで、ここからだと歩いて100メートルくらいです。あっ、開店時間は30分後ですね」


 緊張しながら質問に答える東野吹雪ファンを見て、いいんちょは、ニコっと笑い、右手をファンに差し出す。

「教えてくれてありがとうね。お礼の握手。サインもしてあげるわ。お名前は?」

「コウジです。すげぇ、神対応だ!」と大声で叫ぶファンの男が、ウチの学級委員長と握手を交わす。そんな一部始終を近くで見せられ、俺の目が点になった。

 その間にいいんちょは、ファンの男から色紙とペンを受け取り、目の前でサインを記した。


「はい、直筆サインね。あっ、ここに私が来たこと、SNSに書いていいから。今度はイベントで会おうね♪」と一言添えて、サイン色紙をペンを返す。それから、コウジと名乗る東野吹雪ファンは、スキップしながら神門通りに向かって、去っていった。


「吹雪のフリして観光地ブラブラするの。楽しいね♪」

 そう俺の耳元でいいんちょが囁くと、溜息が出た。

「まさか、ここでやりたかったことって……」

「それでは説明しましょう。私、椎葉流紀が仕掛けたサプライズトリックの全容を!」

 唐突に両手を広げ、その場で一回転する謎の行動に、俺は面食らう。


「全ての始まりは、今日、出雲市のショッピングモールで東野吹雪のトークショーイベントが開催されることでした。イベント開始時間は正午丁度。当然前乗りしている可能性が高い。そして、イベント会場から一番近いポピュラーな観光地といえば、ここ出雲大社。そう推理したファンが最低でも1人はいると思った私は、地元民からオススメお土産情報を聞き出すため、あの写真でファンを吊り上げました」

「待て。それはおかしい。多分、あのファンは東野吹雪のアカウントに掲載された写真をヒントに、ここに駆け付けたんだ。いいんちょに、そんなことできるはずがない!」


「そう。そこに簡単かつ大胆なトリックが仕掛けられていたんだよ。共犯者の吹雪に転送した写真をそのままSNSにアップしてもらっただけだけどね。吹雪本人は、この時間出雲大社にいたという鉄壁のアリバイが手に入り、イベント会場周辺にいるファンを攪乱できる。一方、私は地元民にオススメのお土産を聞き込むことができる。まさに利害が一致した瞬間である」

 天に向かい左手を前へと伸ばすウチの学級委員長の仕草を見て、溜息を出す。


「わざわざそんなことしなくても、観光協会に聞けば良かったんじゃ……」

「私は地元民に聞いてみたかったの。観光協会の人に聞いたらつまらないでしょ?」


 全く理解できないまま、俺は出雲大社へ参拝するため、一歩を踏み出した。

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