俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、文化祭を楽しみたいらしい。

「まずは、お昼ご飯食べないとね。どこ行こうかな?」

 2人で文化祭を楽しむ時間が始まり、横に並んで人が密集した廊下をブラブラと歩く。そんな中で、俺の右隣にいる心美が尋ねてきた。いつの間にかメイド服から制服に着替えた彼女と顔を合わせた俺は首を縦に動かす。

「そういえば、お腹空いたな。榎丸さんの情報によると、スイーツ同好会の手作りプリンが美味しかったそうだ」

「えっ、一穂ちゃんが来てるの?」

 その場に立ち止まった心美が驚きの声を出した。

「つまり、心美のトコのメイドカフェに榎丸さんは顔を出さなかったってことか?」

「そうだよ。私、あそこに2時間もいたけど、一穂ちゃんは来なかったよ」

「榎丸さんなら、心美が庶民の子たちと馴染んでいるのか自分の目で確かめてもおかしくないのに、おかしいな。榎丸さんは、心美が模擬店で働いてる時間を知ってたはずなのに、なんで来なかったんだ?」


 腑に落ちないような表情になった俺の隣で心美も眉を顰める。

「そうだよね。でも、お義母さんは来たよ。私のメイド服姿の写真いっぱい撮られたから。あとで奈央のスマホにも送信するって言ってた」

「マジかよ。ウチのクラスには来なかったぜ」と驚き目を見開いた。

「そうなんだ。あの写真をスマホの待ち受けにしたら、宝くじ当たるかもね」

「そんなご利益あるのかよ!」

「冗談だけど、待ち受けにしてくれたら嬉しいな。まあ、一穂ちゃんのことも気になるけど、今は一緒に文化祭を楽しむことが最優先事項だからね」


 そう言いながら、心美が俺の手を掴んだ。

 そのまま手を繋がれ、2人の距離が縮んていく。

「あっ、榎丸さんのことで1つだけ言っとかないといけないことがあったの忘れてた」

「えっと、何のことかな?」

「榎丸さんは南條さんの顔に見覚えがあるらしい。どこで会ったのか? それとも、ニアミスしただけなのか? それはまだ分からないけど、その記憶が南條さんとサヤカさんの関係という謎を解く手がかりになる可能性が高い」

「そうなんだ。この事件、一歩進展したみたいだね。個人情報の観点から、簡単には教えてくれないと思うけど、一穂ちゃんが事件解決のカギを握ってるってことは、やっぱり榎丸病院が怪しいかも?」

「心美、確認だけど、サヤカさんが入院してた病室って、VIP専用病室だよな?」

 可能性を示唆する心美の隣で、俺が問いかける。その疑問に対して、心美は首を縦に振った。

「そうだよ。庶民の子との接点なら、入院してた榎丸病院が怪しいって推理したけど、VIP専用病室に入院してたから、この推理が間違いだってことが分かった。まあ、南條さんのことも気になるけど、今は一緒に文化祭を楽しむことが最優先事項だからね」

「そのセリフ、さっきも言わなかったっけ?」と目を点にした俺は心美と一緒に賑やかな廊下を歩きだした。


 


 早速、2年D組の模擬店を訪れ、飲食スペースに座る。そこで俺の目の前に着席した心美が、爪楊枝つまようじを刺し、ソースがかけられた丸いソレを口に運んだ。

「奈央、ここのタコ焼き美味しいね」

「そうだな」と同意を示し、同じモノを俺も食した。そんな俺の目の前で、心美が微笑む。

「こういうお祭りって、いいよね。私、すごく楽しい」

「そういえば、去年の文化祭、どうしてたんだ?」

 不意に浮かんだ疑問を口にすると、心美は無表情になった。

「もちろん、クラスの子と一緒に行動してたよ。ホントは奈央の模擬店に行ってみたかったけど、勇気が出なくて、行けなかった。どうしたら抱いてたあの気持ちが伝わるのかって悩んでた1年前が懐かしい」

「昔からって……」

 その俺の声を聴いた瞬間、心美はハッとして、目を泳がせた。

「ごめん、奈央。さっきの言葉、忘れて」

「すごく気になるんだが、詮索しない方がいいんだよな?」

「お願いします。奈央が正式な私の婚約者になったら、全部話すから」

 両手を合わせて頼み込む心美に対して、俺は溜息を吐き出した。

「分かった。さっきの発言は聴かなかったことにする」

「ホントにごめんなさい。ワガママを許してくれて。さて、次はどこに行こうかな? 私は奈央と一緒ならどこでもいいんだけどね」


 表情を明るくした心美が尋ねてくる。その一方で、俺は唸り声を出した。

「うーん。どうしようかな?」

 自分の無計画な一面に嘆いたその時、誰かが俺たちが座っている席に歩み寄った。


「ふふふ。お困りのようだね♪」

 その声を聴き、心美と一緒に顔を真横に向けると、いいんちょらしき女の子の顔が飛び込んできた。その手には文庫本が握られている。

「えっと、いいんちょでいいんだよな?」

「そうだよ。まあ、椎葉流香と私は声質や容姿まで似ているから無理もないけど。それにしても、ちゃんと相談しなさいよ。時間は有限なんだからさ。ということで、私、椎葉流紀のおすすめスポットを紹介いたします。そこは写真部の部室。展示スペースもいいけど、部員が記念写真を撮影してくれるんだよ。もちろん写真は無料でもらえるし、すごくいいと思わない?」

 熱心なプレゼンを聞いた俺は心美と顔を見合わせた。

「うーん。どうする?」

「行ってみようと思う。奈央とのツーショット写真、1枚でも多くほしいから!」



 いいんちょに誘導され、1階にある写真部の部室に顔を出す。

 その部屋に入った瞬間、一眼レフカメラを首からかけた真面目そうな同級生が俺と心美の元へ歩み寄った。遠足の時に見かけた同級生と勝手についてきたウチのクラスの学級委員長が目配せする。その写真部員の右手にはメモ帳のようなモノが握られている。

「お待ちしていました。記念撮影いたします。えっと、まずは邪魔にならないように、お互いに向き合って顎クイ、次はハグで、最後はファーストキス。この三本立てでお願いします」

 顔を赤くしながら、視線をメモ帳に向けた写真部員を見て、俺はイヤな予感を覚えた。

「その指示、どっかで聞いたと思ったら、修学旅行の時に撮れなかったヤツだ! ってことは、図ったな。いいんちょ!」

 後方にいる学級委員長は、俺から視線を逸らした。

「そう簡単に諦めるわけないでしょ? 少なくとも、倉雲くんと心美ちゃんのファーストキスの瞬間を写真で記録したいから、この学級委員長、暗躍しました!」

 


 それから、俺たちはいいんちょと買収されたらしい写真部員と共に奥にある撮影スペースに移動した。机も置かれていない少し開けた窓側のスペースには、黒いカーテンがかかっている。


「奈央。こっち向いて」

 心美の声に従い、黒いカーテンをバックに向き合うように立つ。

 見上げた顔は赤く染まっていて、その明るい目は真っすぐに俺の顔を映し出す。

 それから心美は、両手を俺の胸元に密着させ、さらに距離を詰めた。


 そのまま、互いの照れた顔を見つめあい、シャッターが押された。


「うん。このカップル、最強だわ」

 撮影の様子を間近で見ていた、ウチのクラスの学級委員長の顔が真っ赤になる。

 その直後、いいんちょは俺たちにウインクした。

「倉雲くんと心美ちゃんのラブラブツーショット写真の撮影の場に立ち会えたので、私はドロンするとする。じゃあね。2人で文化祭、楽しみなさいよ。学級委員長命令なのです」


 そう告げてから、ウチのクラスの学級委員長は去っていった。


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