俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生の親友は、文化祭を満喫していたらしい。
「あと30分だね」
心美がいるメイドカフェから出て行き、人気アイドルと2人きりになる。
その中で俺の右隣にいた東野さんが自身の右腕の填めた腕時計をチラリと見た。
「そうだな。なんだかんだで心美のトコに30分も長居してしまった。それで、これからどうするんだ?」
にぎやかな廊下の上で立ち止まった俺が首を傾げると、東野さんが唸り声を出した。
「うーん。そろそろ流紀姉ちゃんのお仕事も終わってそうだから、流紀姉ちゃんとお食事したいなぁ。でも、流紀姉ちゃんは松浦くんと行動するんでしょ? 私がいたら迷惑になるかも……」
「そうか? あのいいんちょが松浦と行動を共にするとは思えん。一緒に文化祭の展示とかを見て回ろうって誘ったけど、断られたって松浦が嘆いていたよ。いいんちょはいつも通り友達と一緒に文化祭を楽しむそうだ」
「……そうなんだ。流紀姉ちゃん、難攻不落だね。あの2人をくっつけるのすごく難しそう。あっ、そういえば、この前の私のアドバイスで状況は変わったのかな?」
「ああ、少しだけど変化したと思う。東野吹雪と顔が似てなくてもいいんちょのことを好きになってたって松浦が告白したら、それが事実だって証明されたら付き合ってもいいって、答えた」
「なるほど。ラブソングのイントロすら流れてない状況ってことね。分かったわ。だったら、私に考えがあるよ!」
「倉雲さん」と後方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。それに反応して振り返ると、そこには榎丸さんがいた。
「榎丸さん」と呼びかけると、右隣にいる東野さんも背後を見て、目の前に現れた白衣姿の短髪の女の子と顔を合わせる。
「倉雲さん。暇そうだね。もしかして、もう模擬店のお仕事終わったのかい?」
「まあな。午前中に販売する焼きそばを全て売り切ったから、暇を持て余してるところだ」
「なるほど。それにしても、仲良しだね。その学級委員長さんと」
どうやら榎丸さんは東野さんをいいんちょと誤認しているらしい。そう思っていると、右隣の人気アイドルが俺の制服の裾を引っ張った。それからすぐに、東野さんは俺の耳元で囁く。
「榎丸さんって流紀姉ちゃんの知り合いなの?」
「いや、いいんちょとは今日初めて会ったんだ。学校は違うけど、年齢的には俺たちとタメだから、敬語じゃなくても大丈夫だぞ」
ヒソヒソ話を続ける俺たちを前にして、榎丸さんが微笑む。
「何話してるのか気になるけど、スイーツ同好会の手作りプリン、すごく美味しかった!」
「そうなんだ」と同意を示すと、榎丸さんがペラペラと喋り出す。
「この90分間、1人でいろいろな模擬店や展示を見て回り、やっと見つけたのさ。私を満たしてくれる最高な場所を。そこは、1階にあるスイーツ同好会の部室。庶民が作ったプリンだから、過度な期待はしてなかったけど、期待を良い意味で裏切ってくれる最高な一品だった。あの味が二度と食べられないなんて、少し悲しいよ」
榎丸さんが一転して悲しそうな表情を俺たちに見せた。そんな病院院長令嬢の顔を東野さんがジッと見る。
「この子、面白いね」
そう東野さんが呟いた瞬間、前方からクラスメイトの声が俺の耳に届いた。
「あっ、いいんちょ。こんなところにいた。助けてくれ!」
前方から近づいてくる黒縁メガネをかけた知的な印象の男子生徒は、俺たちの前で立ち止まり、頭を下げる。
「えっと、どうしたの? 助けてくれって……」
いいんちょのフリを咄嗟に始めた東野さんが首を傾げると、男子が両手を合わせた。
「実は、クイズ同好会主催のクイズ大会の参加者が集まらなくて、困っているんだ。10分後から始めないといけないのに。だから、いいんちょに参加してほしいんだ。松浦から事情は聴いてる。午前中の焼きそば完売して時間を持て余しているんなら……」
言い切るよりも先に、東野さんは右手を差し出した。
「分かったわ。その代わり、対戦相手は榎丸さん、お願いします」
いいんちょのフリを続ける東野さんが、チラリと榎丸さんの顔を見た。
それと同時に、榎丸さんも首を縦に振る。
「やった。これで参加者2名確保だ。じゃあ、早速、クイズ同好会の部室に来てくれ!」
顔を明るくしたクラスメイトが離れていく。その後ろ姿を瞳に映した東野さんがボソっと呟いた。
「クイズ番組なんて始めてだけど、この問題、必ず解いてみせる。流紀姉ちゃんの名を借りて!」
「どんな意気込みだよ。それで、良かったのか? 榎丸さん。クイズ同好会の問題に巻き込まれて……」
改めて確認するために、俺は視線を榎丸さんに向けた。すると、榎丸さんは首を縦に動かす。
「いいよ。困ってる人がいたら助けたいからさ」
その直後、右隣の人気アイドルが俺の制服の裾を引っ張った。それからすぐに、東野さんは俺の耳元で囁く。
「そういえば、さっきの子って誰だっけ? いいんちょって呼ばれたから、クラスメイトだってことは理解できるんだけど……」
「あっ、フォローするの忘れてた。
「犬養くんね。了解です」
榎丸さんに気付かれないようにヒソヒソ話を続けた後、俺たちはクイズ同好会の部室に向かった。
「さあ、始まりました。クイズ同好会主催クイズ大会。参加者は、人気アイドル東野吹雪のそっくりさん、学級委員長の椎葉流紀さんと、榎丸病院院長先生の一人娘、榎丸一穂さん。この一騎打ち。勝って図書券500円分を獲得できるのは、どちらなのか? 今、運命の戦いが幕を開ける!」
軽快な犬養のアナウンスを聞き、クイズ同好会の部室の中にいた人々が熱狂した。六畳ほどの広さの部屋に多くの人々が密集している。その多くは、人気アイドルそっくりないいんちょがクイズに参加している様子を見に来ていた。
その最前列に陣取った俺だけが、目の前にいるのがホンモノの東野吹雪だと知っている。そう思っている間に、二つ並んだ机に東野さんと榎丸さんが座った。その机の上には早押しボタンが置かれている。
「早速、第1問です。初代内閣総理大臣は伊藤博文。では、43代内閣総理大臣は誰? 早押しでお答えください!」
「43代内閣総理大臣だと!」と俺は驚いた声を出した。その周りでギャラリーも唸り声を出す。中にはスマホを取り出しググろうとする人もいる。
出題から20秒ほどが経過した頃、東野さんがボタンを押し、答えを口にした。
「
「正解。やっぱ、いいんちょ、スゴイや」
「いや、この問題、 分かるか!」
率直な俺の意見がクイズ同好会の部室に響く。
「続きまして、第2問。2021年の3月3日は水曜日ですが、同じ年の11月30日は何曜日でしょうか?」
事実上の7択問題を聞き、東野さんは唸り声を出した。その間に、榎丸さんが素早くボタンを叩く。
「火曜日」
「正解です。それでは、解説コーナーです。3月と11月のカレンダーの日付けは一致しています。3月30日と11月30日の曜日は同じなので、3月のカレンダーを頭に浮かべたら、答えを導く事も可能でしょう。そして、余談ですが、うるう年を除くと、2月も3月と11月と同じ曜日になります。では、第3問……」
榎丸さんが負けられないと訴えるような顔をギャラリーに向ける。その間に3問目のクイズが読み上げられた。
「遂に最終問題です。現在、どちらも2ポイント獲得。この問題の正解者が優勝者になります。それでは、最終問題です。労働基準法で15歳以下の深夜労働が禁止されていますが、その時間は何時から何時まででしょうか?」
最後のクイズが読み上げられてから数秒後、東野さんが素早くボタンを叩く。
「午後8時から午前5時まで、事件はリアルタイムで進行中なのです!」
「正解です。ということで、優勝は椎葉流紀さんです!」
クイズ同好会によるクイズ大会は盛り上がり、東野さんが優勝賞品を受け取る。
そして、俺の元へ戻った東野さんが「ふぅ」と息を吐き出した。
「そういえば、流紀姉ちゃんって歴史得意だっけ?」
「確か得意科目だったと思うが」
その言葉を聞き、東野さんはホッとしたような顔になった。
「良かった。43代内閣総理大臣の名前答えちゃったから心配してたんだ。流紀姉ちゃん、歴史苦手だったらどうしようって」
俺にだけ伝わるように、人気アイドルが俺の耳元で不安を漏らす。
「あっ、そういえば、さっきのリアルタイムがなんたらって、どういう意味なんだ?」
そんな疑問の声を耳にした東野さんの顔が赤く染まっていく。
「ごめんなさい。勢いで言っちゃったけど、あの件はまだ内緒。お願いだから、忘れて!」
両手を合わせる人気アイドルの真意が理解できず、俺の頭にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「よく分かんないけど、聞かなかったことにする」
「お願いします」
それから、壁に掛けられた時計を見ると、約束の時間の5分前になっていた。
「ごめん、いいんちょ。そろそろ心美のトコに行かないといけないらしい。じゃあ、またな」
そう伝えてから、俺は心美がいる教室に向かい、歩き出した。
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