俺は人気アイドルと同じ顔の学級委員長と入れ替わってしまったらしい。③

 白い正方形の机を俺たちは囲んだ。ブックカフェ蓮香の2階にあるいいんちょの居住スペースの中にある食卓に座ったいいんちょ(中身は俺)の目の前にはジッと前方に視線を向ける心美の姿がある。

 そんな心美の右隣には、東野さんがいて、俺の真横には見た目が俺のいいんちょが並ぶ。

 その内、心美は目の前で並んでいる俺といいんちょの顔を見比べた。

「まさか、流紀ちゃんと奈央が入れ替わってたなんてね」

「ああ、音楽室に移動中、いいんちょと一緒に階段から落ちて、気が付いたら入れ替わってたんだ」

 いいんちょの口で簡単に説明すると、心美の隣に座っていた東野さんがクスっと笑う。

「あっ、そういえば、突然入れ替わってしまった男女が恋愛関係に発展する確率って、99.8パーセントなんだってさ」

「ほっ、ほぼ100パーセントじゃないか!」

「流紀ちゃん、ダメです。奈央は私の大切な人で……」

 心美と共に顔を赤くして動揺する。そんな姿を眺めていた見た目が俺のいいんちょは、首を縦に動かす。

「そういえば、そうだね。男女の入れ替わりをテーマにした学園ラブコメ、よく読むけど、大体入れ替わった相手と付きあう結末になってるんだよ……って、吹雪。あまりからかわないでよ。倉雲くんと心美ちゃんは相思相愛なんだから!」


「それで、元の姿に戻る方法はあるの?」

 心美の疑問に同意するように、いいんちょ(中身は俺)は頷いた。

「それが聞きたいんだった。いいんちょ、どうやったら元に戻るのか分かるか?」

 必死な表情を見せると、俺の姿のいいんちょがクスっと笑う。

「早く元に戻って、心美ちゃんの隣を歩きたいって顔に書いてあるよ。まあ、私は心当たりあるんだけどね」

「何だと! なんで黙ってたんだ?」

 驚きながらその場に立ち上がると、俺(中身はいいんちょ)は視線を逸らす。

「ちょっと、あれがあれで……」

「そのヨソヨソしい感じ、いつものいいんちょじゃないみたいだな」

 なぜか様子がおかしい見た目が俺の学級委員長に対して、首を傾げる。

 すると、いいんちょは俺の首を縦に動かした。


「また一緒に階段から落ちるんだよ」

「そうそう。突然入れ替わった男女は、入れ替わるきっかけと同じ出来事を体験したら、元に戻るんだよね」

 東野さんの補足説明を聞いた見た目が俺のいいんちょがギクっとする。その表情の変化に疑問を感じる間に、心美が両手を1回叩く。

「じゃあ、今から奈央と流紀ちゃんが一緒に階段から落ちたら、元通りだね」

「そうだな。いいんちょ、もう一度俺と一緒に階段から落ちてくれないか?」

 そう言いながら、隣に座るいいんちょ(見た目は俺)に視線を向ける。

「……はぁ、分かったわ。その代わり、心美ちゃん。危ないから1メートルくらい離れて見てて。それと、吹雪、すぐに戻ってくるから、私のフリして接客頼むよ。帰ってきたら、連絡するから!」

 双子姉の指示を聞き、東野さんは優しく微笑む。

「分かった」

「じゃあ、早速、学校に戻って、入れ替わった時の出来事を再現しないと!」

 東野さんの言葉に続き、心美が席から立ち上がる。

「そうだな。じゃあ、行ってくる」

 心美に続き、いいんちょの姿になって俺も玄関に向かい一歩を踏み出す。

 そんな俺たちを見送った東野さんは、笑顔で右手を振った。

「いってらっしゃい。気を付けてね」




 3人揃ってブックカフェ蓮香の裏口から出て行くと、空からポツリと雨が落ちてきた。改めて、空を見上げると、いつの間にか青かった空は白い雲が包み込んでいる。

「通り雨みたいだね。ウチに戻って、傘取ってこよっか?」

 左隣にいるウチのクラスの学級委員長が俺の口を使い、呟いた。すると、心美は優しく微笑み、カバンから紫色の折り畳み傘を取り出す。

「私は大丈夫だよ。こんなこともあろうかと思って、傘持ってるから」

 そう言いながら、傘を開くと、いいんちょの姿の俺の元に傘を差しだしてくる。


「はい。傘がなくて困ってるんでしょ?」

 初めて心美に会った時の言葉を口にした彼女の声を聴き、いいんちょの姿になった俺は慌てて両手を振った。

「おいおい。今の俺は見た目がいいんちょだから、いつも通り相合い傘したら、変なんじゃないか?」

「いいの。今は流紀ちゃんの中に奈央がいるんでしょ? だから、これでいいんだよ!」

「よく意味が分からないんだが、心美がいいなら、それでいいよ」

 彼女の意見を尊重し、首を縦に動かす。そのあとで、心美は俺の姿になっているウチのクラスの学級委員長に視線を向ける。

「ということで、流紀ちゃん。私たちは先に行ってるから、ウチに戻って傘取ってきてね」

「はい」と短く答えた俺の姿のいいんちょと別れ、心美と共に同じ傘に入り歩き出す。



「ねぇ、さっきの話、覚えてる?」

 見た目が人気アイドル双子姉であることを気にせず、同じ傘に入り隣を歩く心美が、いつも通りに尋ねてくる。

「さっきの話って、なんだっけ?」

「吹雪ちゃん、言ってたでしょ? 突然入れ替わってしまった男女が恋愛関係に発展する確率は99.8パーセントだって。もしかして、奈央も流紀ちゃんのことを好きになるんじゃないかって、私……」

 隣に視線を向けると、不安そうな表情の彼女が飛び込んでくる。そんな彼女の気持ちを察した俺は、傘の柄を持つ心美の手を優しく掴んだ。

「大丈夫だ。俺は心美の隣にいたいって思ってるからな。この気持ちを変えるつもりはない!」

 真っすぐな答えを聞くと、隣を歩く心美がクスっと笑う。

「なんか、変な感じだね。言葉はいつもの奈央なんだけど、声は流紀ちゃんだからかな?」

「あんまり笑うなって」

「じゃあ、元の姿に戻ったら、今度はさっきの言葉をもう一度聞きたいよ。奈央の口でね」

 不安そうな顔から一転して、心美の顔に笑みが宿る。その姿を見て、俺は安心することができた。





 いつも通りな会話を続け、15分後、俺たちは現場を訪れた。

 後ろに見えた窓に視線を向け、見上げると、いつの間にか雨も止んでいることも分かる。

 本当にこれで元に戻ることができるのだろうかと不安になる俺の隣には、見た目が俺のいいんちょの姿がある。

「覚悟できてる?」

 俺の口で問いかけてくるいいんちょに対し、俺は首を縦に動かした。

「ああ、俺なら大丈夫だ」

 そんな答えにいいんちょ(俺の姿)の頬が緩む。

「じゃあ、いくよ。せーのっ!」

 掛け声と共にわざと階段を踏み外す。真下にある床に向かい体が落ちていく。長い後ろ髪が揺れていき、同じように落ち、こちらに迫ってくる俺の姿が瞳に浮かんだ。

 そして、次の瞬間、俺といいんちょの唇が重なった。突然のことに思わず目が見開く。


 その時、俺は思い出すことができた。あの落下の最中、いいんちょは俺にキスをしたんだ。

 それこそが忘れていた大切なこと。胸に抱えていた謎が解けていき、俺たちの体は床に叩きつけられた。

 



 頭に冷たさを感じながら、瞳を開ける。薄っすらと開いた瞳には誰かのシルエットが浮かび上がった。

 やがて、視界は鮮明になっていき、俺は思わず目をパチクリとさせた。

 なぜか仰向けに倒れている俺を馬乗りになって覗き込んでいたのは、いいんちょだった。

「いいんちょ、俺……」と呟くと俺はハッとした。喉から発せられているのは、

明らかに俺の声。

「どうやら、元に戻ったみたいだね」

「ああ、そうだな」と目の前にいる学級委員長に答えると、少し離れた2階の廊下で様子を伺っていた心美が慌てて、俺たちの元に駆け寄ってくる。

「ちょっと、流紀ちゃん。何やってるの? 奈央から離れて!」

 すると、ウチのクラスの学級委員長がクスっと笑い、体を起こした。そのまま、いいんちょは後退りする。

「心美ちゃん、ホント倉雲くんのこと好きだね」

「当たり前でしょ? 奈央、大丈夫?」


 心美が俺の顔を覗き込んでから、すぐに俺も体を起こした。

「ああ、おかげで元に戻ったらしい」

「良かった。じゃあ、さっきの言葉、もう一度聞かせて!」

 涙を浮かべ、俺の両肩を優しく掴んだ心美が、ジッと俺の顔を見つめてくる。

「大丈夫だ。俺は心美の隣にいたいって思ってるからな。この気持ちを変えるつもりはない!」

 真剣な表情で視線を逸らすことなく、あの時いいんちょの口で伝えた本音を伝える。

 そんな声を近くで聞いていたいいんちょは、興味津々に瞳を輝かせた。

「倉雲くん。私の口でそんなこと言ってたんだ! カッコイイって思っちゃった♪」


 急に恥ずかしくなった俺の顔が赤く染まる。それから間もなくして、静かな校舎に俺の声が響いた。


「入れ替わりなんてこりごりだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る