holy night

第30話 12月のマリトッツォ

人気アイドル疑惑の学級委員長は、俺のことが好きらしい?

 自分の部屋のベッドの上に仰向けに寝転び、右手を天井に向けて伸ばす。

 突然、いいんちょと入れ替わってしまう夢のような体験をしたが、数時間で元に戻り、何事もなかったかのように帰宅。


 本当に今までのことが夢だったのではないかと疑いたくなる気持ちが浮上し、天井に向け伸ばした右手を自分の唇に当てた。


 蘇る唇の感覚。


 目の前に飛び込んでくる東野吹雪と同じ顔の学級委員長。


 思い出す度に俺の頬が熱くなる。


「あれで元に戻ったってことは、いいんちょ、俺に二度もキスしたのか? まだ心美ともキスしてないのに……」

 前髪をクシャクシャになるまで搔きむしり、仰向けになった体を起こす。


「いや、小さい頃に榎丸さんにキスされたからって、そんなのどうでもいいからな!」

 ボソっと独り言を呟くと同時に、俺の脳裏にいいんちょのスマホのロック画面が浮かび上がる。


 夏休みにふざけて撮ったツーショット写真。


「あっ、そうそう。流紀お姉ちゃん、いつもニヤニヤしてパスワード入力してたよ」


 いいんちょと入れ替わっていた時に聞いた東野さんの一言。

 

 それが意味することは……



 急浮上する疑惑は、俺の心を苦しめていく。


「いやいや。あのいいんちょが、まさか……」


 激しく首を左右に振り、そんなことないと否定する。


 丁度その時、学習机の上で俺のスマホが振動を始めた。慌てて、机の前に駆け寄り、画面を覗き込むと、なぜか椎葉流紀の文字が表示されている。


 いいんちょで登録してあるはずなのに、なぜかフルネームに変わっている。

 そんな小さな変化を疑問に思いながら、俺は応答ボタンを押した。


「もしもし、倉雲くん?」

 耳に当てたスマホから聞こえてきたのは、いいんちょのいつも通りな声。

「ああ、そうだけど、いいんちょ、自分のアカウントをフルネーム表示に変更しただろ!」

「入れ替わった時に、イタズラしてみました。驚いたでしょ? パスワードは心美ちゃんの誕生日。すごく分かりやすかった」

「まあ、入れ替わった時に、いいんちょのスマホ見た俺も同罪だ」

「……見ちゃったんだ。私のスマホのロック画面」

「いやいや。俺はいいんちょのスマホの中までは見てないからな」


 

 右手でスマホを握り締めたまま、慌てて首を左右に振る。

 すると、スマホ越しにいいんちょのクスっと笑う声が聞こえてきた。


「正直だね。まあ、私は見ちゃったけどね。倉雲くんのカメラロール」

「プライバシー侵害!」

「ふふふ。あの時は私が倉雲奈央だったからね。プライバシー侵害にはならないのだよ!」

「どんな理屈だよ!」

 いつも通りにツッコミを入れると、いいんちょはまたクスっと笑った。

「倉雲くん、心美ちゃんと付き合い始めて、4か月くらい経ってるけど、カメラロールに心美ちゃんとのツーショット写真10枚くらいしか保存されたなかったよ? 少なくない? 最低でも100枚くらいは欲しいわ」

「男なんだから、これくらいが普通だと思うが……」

「スマホのロック画面だって、心美ちゃんの写真じゃなかったし。まあ、壁紙は文化祭の時の心美ちゃんのメイド服姿だったから、許すけど……」

「そうやって、個人情報話すのやめろ。なんか恥ずかしくなる」


 赤面した顔を俺は自分の部屋の床に向けた。


「それで、いいんちょ。なんの用だ?」

「そういえば、倉雲くんに謝るの忘れてたなぁって」

「俺に謝ること?」

 何のことだかサッパリ分からず、俺はスマホを右耳に当てたままで、首を傾げた。

「ほら、入れ替わってる時に、倉雲くんのリコーダーを私が……」

「ああ、あれのことかぁ」

「そうそう、慌てて、倉雲くんのリコーダー拾っちゃって、音楽の授業で使っちゃいました。ごめんなさい。間接キス、心美ちゃんともしてないんでしょ?」

「ああ、そういえば、してなかった気がする。キスもな」


「くっ、倉雲くん! もう一つ、謝ることができたみたい。ファーストキスを奪ってしまい、申し訳ございませんでした。最初は事故で、2回目は勇気を振り絞ってやったんだからね。あの時と同じ出来事を再現しないと、元に戻れないって思ったから」

 慌てる学級委員長の声を耳にして、俺は苦笑いする。

「わざとだったんだな……って、もしかして、心美に離れてろって指示したのは……」

「そう。流石に1メートルくらい離れてたら、分からないでしょ? 一瞬だったしね。一応、言っとくと、あれ、私のファーストキスだから」

「おいおい」

 衝撃的な告白に、俺の頬が赤く染まる。

「まさか、お互いに事故でファーストキスを消費するなんて、想定外だよ」

「いや、俺のファーストキスは小さい頃に……」

 否定しようとボソっと呟いた声をラブコメ大好きな学級委員長は聞き逃さない。

「えっ、小さい頃って、どういうこと? もしかして、小さい頃に会った名前も知らない女の子にキスされたとか? その子が心美ちゃんだったりして?」

 テンションの高い声で質問攻めされ、俺はスマホを握り締め、溜息を吐き出す。

「間接キスのこととか許すから、忘れてくれ」

「うん、分かった。あとで本に書いとく。小さい頃、出会った名も知らない同い年の女の子。その子が小野寺心美だとは、あの時の倉雲奈央は知りませんでした」

「捏造やめろ!」



 いつも通りにツッコミを入れた後、ふと思い出した俺は首を縦に動かした。


「聞きたいことがあるんだが、いいんちょは俺のことを……」

 問いかける俺の声を遮るように、いいんちょは声を出す。

「そんなわけないでしょ? 私は倉雲くんと心美ちゃんを応援したいから」

「ウソだな。証拠がある。東野さんに聞いたが、いつもニヤニヤしてパスワード入力してたそうじゃないか? そのパスワードは俺の誕生日だった。ロック画面だって、俺とのツーショット写真だった」

「……ごめん。倉雲くん。電話切るよ。答え出したくない」


 答えないまま、一方的に電話が切られ、耳の中にツーという音が響く。


 もしかしたら、いいんちょは俺のことが好きではないのか?


 急浮上した疑惑を胸に抱えたまま、俺はスマホを机の上に置いた。



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