俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、マリトッツォが食べたいらしい。
翌日の朝、いつもと同じ通学路を歩く俺は溜息を吐き出した。
すると、右隣を歩く心美が、心配して、俺の顔を覗き込む。
「奈央、どうしたの? 朝から溜息なんて出して……」
「ああ、ちょっと……」と言葉を飲み込んだ俺は思考を巡らせた。
このまま、いいんちょが好きな人が俺ではないかという疑念を明かすべきなのだろうか?
ここで明かせば、いいんちょに心変わりしているのではないかと疑われてしまうかもしれない。
どうしたものかと考え込み、その場に立ち止まると、心美は心配そうな表情で、同じように立ち止まり、体を俺の方へ向けた。
「奈央、大丈夫? もしかして、体調悪い?」
「いや、違うんだ。ちょっと、心美に聞きたいことがあってな」
いいんちょの疑惑の件からなんとか軌道修正し、体を心美と向き合わせる。ホッとしたのも束の間、心美は疑惑の目を俺に向けた。
「うーん。言葉を詰まらせたのはどうして?」
「そうそう、聞きにくいことだったんだ。俺以外に仲の良い男子がいたとして、そいつと間接キスしたいのか?」
そんな疑問を口にすると、心美は俺の前でクスっと笑う。
「なんだ。そんなこと聞きたかったんだ。もちろん、私は好きな男の子以外とは間接キスしたくないよ。でも、なんで、そんな当たり前なこと聞くの?」
「いや、なんでもないんだ」と誤魔化し、笑顔になった俺は、体を前に向け、学校に向かい一歩を踏み出した。
好きな男の子以外とは間接キスしたくない。
いいんちょも同じ気持ちだとしたら……
疑惑が深まる中で、俺はいつもと同じ中学校に辿り着いた。
同じように教室のドアを開け、中に入り、いつも席にカバンを降ろす。
既に教室内には数人のクラスメイトたちが集まっていて、窓辺で女子たちが楽しそうに話している。
そのまま一瞬、隣の席に視線を向けると、俺は違和感を覚えた。
朝から自分の席で本を読んでいるはずのいいんちょの姿が見えない。
優等生らしくキレイに片付けられた机はいつもと同じで、学校を休んでいるわけではないことが分かる。
「トイレか?」とボソっと呟くと、同じタイミングで、教室のドアが開き、人気アイドルと同じ顔の学級委員長が教室に顔を出した。
「あっ、倉雲くん。おはよう」
いつもと同じく笑顔で俺の方にいいんちょが視線を向けると、俺は右手をポンと前に出す。
「いいんちょ、おはよう」
決まった朝の挨拶を交わすと、いいんちょはよそよそしいような態度で自分の席に座ることなく、俺の真横を通りすぎて行く。
振り返って、その後ろ姿を目にした俺の頭にハテナマークが浮かび上がった。
明らかに様子がおかしい。
そう思いながらも時間は過ぎていき、あっという間に放課後。
いつもと同じ通学路を歩く俺は溜息を吐き出した。
すると、右隣を歩く心美が、心配して、俺の顔を覗き込む。
「奈央、どうしたの? また溜息なんて出して……」
「今日のいいんちょ、様子がおかしいと思わなかったか?」
休憩時間になるといつもウチのクラスにやってくる心美に尋ねると、彼女は首を縦に動かした。
「そうだね。私もそう思った」
「朝の挨拶くらいしか言葉を交わしてないし、まるで避けられてるみたいだった」
「奈央、もしかして、流紀ちゃんとケンカしてるの?」
「いや、そんなわけない。ケンカの原因に全く心当たりないんだ。一体、俺はどうしたらいいんだ?」
解決方法すら分からず、悩み、腕を組む。
分かっているのは、このままではダメだということだけ。
なにかいい方法はないのだろうか?
アスファルトの上に立ち止まった俺の前で、心美は両手を一回叩く。
「奈央、これから、流紀ちゃんに謝りに行こうよ」
「これからって? 心美、早く家に帰らないといけないんじゃないのか?」
「もちろん、私は予定が入ってるから行けないけど、奈央なら大丈夫。まあ、お土産でも持っていったら、許してもらえるかもよ」
「お土産?」と首を傾げると、心美は俺の前に立ち、右手の人差し指を立てた。
「最近、クラスの子たちの間でマリトッツォが流行ってるみたい。最近、商店街のベーカリーでも販売されるようになったって渡辺さんに聞いたから、そこでそれを買うといいよ。300円くらいで買えるんだって」
「マリトッツォ?」
聞き慣れないパンらしきものに俺は首を捻る。
「簡単に説明すると、パンでホイップクリームを挟んだイタリア発祥のお菓子だよ。夏休みにローマの高級カフェで本場のマリトッツォを食してみたんだけど、すごく美味しかった。まあ、あの時はあれが日本で流行るなんて予想してなかったけどね」
「ああ、そういえば、心美、夏休みはヨーロッパ旅行してたんだったな……って、久しぶりに、しれっと大金持ちアピールしやがった!」
そんな俺のツッコミを耳にすると、心美は俺の前でクスっと笑う。
「まあ、本当の話だから。そうそう。冬休みは日本にいるから、安心して。まあ、忙しくてなかなか会えないかもだけど」
「そうなんだな。分かった。じゃあ、マリトッツォとやらを買って、ブックカフェに行ってみるよ」
「それがいいよ。流紀ちゃんと仲直りできたら、連絡して。こう見えて、心配してるんだから」
「ああ、分かった」と短く答えた俺は、心美と共に自宅へと向かい歩き出した。
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