俺のクラスの学級委員長は、自己紹介をさせたいらしい。

A班


椎葉流紀

遠藤晴香

南條陽葵

倉雲奈央

松浦真司


黒板に記された修学旅行の班を確認した俺は、「フゥ」と息を吐いた。

その直後、隣の席から伸びた腕が、俺の両肩を叩く。

「何、黄昏てるの?」

いいんちょに背後から声を掛けられた俺は、振り返りながら、息を吐き出す。

「心美と同じクラスだったら、一緒の班になれたんだろうなって考えたら、寂しくなってな」

素直な口から漏れた俺の本音を聞いたウチのクラスの学級委員長は、クスっと笑う。

「その言葉、今すぐにでも心美ちゃんにも聞かせてあげたいけど、残念ながら、まだ授業終わってないんだよね。実は、まだ15分余ってる」

 いいんちょが微笑みながら、黒板の近くの壁にかけられた時計を指差した。視線を時計に映すと、授業終了まで時間が余ってることが分かる。

「そういえば、まだチャイム鳴ってなかったな。それで、残り時間、何するんだ? 自習か?」

「倉雲くん、ボーっとしてたから、もしかしてって思ったけど、聞こえてなかったんだ。これから班のメンバーの顔合わせを兼ねて、係を相談して決めていきます。まあ、私の周りに集まるようにって、残りの3人に指示したから、動かなくていいだけどね」


 いいんちょは、説明しながら、自分の机の周りに集まった3人のクラスメイトに視線を送った。

 右端にいたのは、アイドルオタクらしい野球部員の松浦。

 その隣で、これまで挨拶すら交わしたことがない2人の女子が立っている。

 マジメそうなツインテールの女子と対照的に地味なショートカットのメガネ女子。

 それに俺といいんちょを加えた5人で修学旅行を過ごすのだと理解したところで、いいんちょは両手を叩いた。

「みんな集まったみたいなので、まずは簡単に自己紹介しましょう」

「いいんちょ、今更かよ。もう10月なのだが……」

 いつもの調子でツッコミを入れた一方で、いいんちょは視線を地味なメガネ女子に向けた。

「これはヒマワリちゃんのためだから。同じ班にどんな人がいるのか知ってもらった方が、修学旅行を楽しんでもらえるって思ったからね」

「ちょっと待て。誰だよ。ヒマワリちゃんって……」

 そんな俺の声を推測していたかのように、いいんちょは溜息を吐いた。

「やっぱり、そう言うと思ったよ。南條陽葵ちゃんのニックネーム。名前がヒマリだから、それを文字ってヒマワリちゃんって私が勝手に命名しました。カバンにヒマワリのキーホルダー付けてるから、ピッタリでしょ? あだ名があった方が、親しみやすくなると思ったからね。これから、ヒマワリちゃん呼びを定着させるつもり」」


 いいんちょがチラリとショートカットのメガネ女子に視線を向ける。すると、ヒマワリちゃんと勝手にニックネームを付けられた女子の頬が赤くなっていく。

 そんな彼女の反応を見逃さなかったウチのクラスの学級委員長は、イタズラな笑みを浮かべた。


「あっ、もしかして、あのカバンのキーホルダー、彼氏さんのプレゼントかな?」

 いいんちょの疑問の声を聴いた、ショートカットメガネ女子は目を泳がせた。

「あれは2年前に貰った大切なモノで……」

「誰に貰ったのかな? ヒマワリちゃんの恋、倉雲くんと同じように応援しちゃうから、教えてよ」


「いいんちょ、そこまでにしとけよ。南條さん困ってるだろ?」

 話を遮った俺の前で、いいんちょは右手の人差し指を立てて、指を左右に振ってみせた。

「違うよ。南條さんじゃなくて、ヒマワリちゃんね。まあ、追求は修学旅行の夜でもいいや」

「いいんちょ、そういえば、なんで勝手にニックネームを……」

 当然のように浮かび上がった俺の疑問の声を耳にした学級委員長は、近くにいた俺の耳元で囁いた。

「先生に相談されたからね。ヒマワリちゃんが不登校一歩手前になってるらしいから、助けてくれって。学級委員長として、この問題を見過ごせるわけないでしょ?」


 そう囁いてから、いいんちょは集まった班のメンバーの顔を見渡した。

「じゃあ、最初は小野寺グループのご令嬢の婚約者になった庶民の倉雲くんから」

「はい。倉雲奈央です。よろしくお願いしますって、いいんちょ、俺はまだ心美と婚約してないからな!」

 慌てて修正する俺に対し、いいんちょがクスっと笑う。

「初めて聞いたよ。婚約を否定するセリフ。友達以上恋人未満の女子との交際を否定する時のセリフなら、何度かドラマや映画で聞いたけど、婚約を否定するセリフは聞いたことないなぁ。じゃあ、次は私の正体が人気アイドルの東野吹雪じゃないかと疑ってる野球部員の松浦くん。自己紹介よろしくお願いします」

「いいんちょ、自己紹介の内容、先に言ってないか? もう名前明かしてから、よろしくお願いしますって言っとけば、いいと思うぞ」

「まあまあ。先にこんな人だって紹介したほうが分かりやすいでしょう?」


 そんなやりとりをしている間に、南條さんがクスクスと笑い始めた。

「あっ、ごめんなさい。いいんちょと倉雲くんのやりとり聞いてたら、おかしくなって……」

「ヒマワリちゃんの笑った顔、かわいいね」と優しく微笑みながら口にしたウチのクラスの学級委員長は、松浦の顔をジッと見つめた。

「気を取り直して、松浦くん、自己紹介どうぞ」


「ああ、松浦真司です」

 照れながら頭を下げた松浦の仕草を見たウチのクラスの学級委員長が両手を叩く。

「じゃあ、最後は生徒会で書記を担当してる遠藤……」

「いいんちょは自己紹介しないんかい!」

 言葉を遮るようにツッコミを入れると、いいんちょと南條さんがクスっと笑う。

「アイドルの東野吹雪と間違われて刺された学級委員長兼ブックカフェの看板娘の私は説明不要でしょう」

「って言いながら、説明してるだろ!」

 渾身のツッコミが入ると同時に、南條さんの笑い声が大きくなっていく。

 その声を静めるように、いいんちょは咳払いした。


「じゃあ、気を取り直して、晴香ちゃん……」

 そう指名されたツインテールの女子が頭を下げる。

「生徒会で書記をしています。遠藤晴香です。よろしくお願いします」

 真面目さが伺える自己紹介を聞いた俺は、遠藤さんの顔をジッと見た。

 今まで話したことすらない真面目そうな女子。

 そんな印象を抱きながら、俺は再びメンバーの顔を見渡した。


 このメンバーで過ごす修学旅行は面白いことになる。

 そんな予感を抱いた時、残り授業時間は10分になっていた。

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