俺のクラスの学級委員長は、班長になりたくないらしい。

「さて、残り時間10分しかないので、急いで係を決めていきたいと思います。係の仕事をまとめたプリントを先生から受け取っているので、それを読みながら、一緒に考えていきましょう」


 両手を合わせたウチのクラスの学級委員長が、周囲に集まった班のメンバーたちの顔を見渡す。そのあとで、いいんちょは一呼吸置き、口を開いた。


「班長、副班長、保健係、レク係、記録係。係は5つあるので、1人1つの係に所属してもらいます。とは言っても、これだけの情報だと決められないと思うので、先生から受け取ったプリントを元に、係の仕事を紹介しますね。まずは、記録係。修学旅行のしおりの作成や、学校から配布されるカメラで写真撮影などを行います。次はレク係。移動中のバス内でレクリエーションを行う係ですね。貸し切りバスの中で遊べるゲームをやったり、DVD借りてきて、バスの中で流したりして、移動中のみんなを楽しませるのが仕事です。同じクラスのレク係の子と話し合って、レクの内容を決めて……」


 淡々と係の仕事内容を説明するいいんちょの声を遮るように、松浦が大きな声を出し、両手を高く上に伸ばした。

「はい、はいっ! レク係は俺がやる!」

 いいんちょは、そんな声に反応して、首を縦に動かした。

「了解。じゃあ、レク係は松浦くんで決定ね。次は保険係。旅行中の班のメンバーの体調を毎朝記録するのが仕事。そして、倉雲くんに担当してもらう班長の仕事は……」


「おいおい。ちょっと待った!」


 藪から棒が出たような展開に焦った俺は、いいんちょの声を遮って、両手を振った。一方で、俺と顔を合わせたいいんちょは、首を傾げる。

「何か問題でも?」

「なんで、俺を班長に指名しようとしたんだ? リーダーシップがあるいいんちょの方が向いてると思うぞ!」


 そんな追求の声を聴いたウチのクラスの学級委員長が、優しく微笑みながらゆっくりと俺との距離を詰めていく。


「これは、倉雲くんのためだよ。あの係の中で他のクラスの子と接触する機会が1番多いのは、班長だからね。班長って、このメンバーをまとめる大切で責任重大な仕事だけど、いいことがあるんだよ。さて、ここで問題です。私が言うってなんだ?」

「全然分からないな」と首を捻る俺に対し、いいんちょは右手の人差し指を立てる。


「正解は、他のクラスの子と一緒に過ごす時間が他の係と比べて多くなることでした。修学旅行中は、どの係も他のクラスの子と集まる機会はないけど、班長には宿泊施設で毎晩行われる班長会があるからね。全ての班長が集合するから、もしも他のクラスの心美ちゃんも班長になったら、一緒に過ごせる時間が増える。因みに、心美ちゃんのクラスは、まだ修学旅行の班が決まってないらしいよ。ここで先手を取って、班長になったと次の休憩時間に心美ちゃんに報告したら、この修学旅行がもっと楽しくなると思う。修学旅行は別のクラスにいる心美と一緒に楽しめないって言ってたから、悪い話じゃないでしょ? 私も副班長として、できるだけサポートするから!」


 いいんちょの考えに背中を押された俺の中で、想いが強くなった。

 他のクラスにいる心美と一緒に過ごせる最後の希望。


 確かにあの時、俺は言っていた。

 修学旅行は別のクラスにいる心美と一緒に楽しめないと。


 それでも、一緒に楽しめるチャンスがあるとしたら、やるしかない。

 そんな想いが生まれ、俺は首を強く縦に動かした。


「いいんちょ、ありがとうな。俺と心美のために、ここまで真剣に考えてくれて。俺、班長になるよ」

「当たり前でしょ? 私は倉雲くんと心美ちゃんの恋を応援したいから。さて、さっきも言った通り、私が副班長になるから、残りは保険係と記録係だね。係が決まってないのはヒマワリちゃんと晴香ちゃんだけ。ということで、班長の倉雲くん。司会進行よろしくお願いします」


 突然指名された俺の顔に戸惑いが浮かび上がった。

 そして、俺は慌てながら両手を左右に振る。

「おいおい。なんで俺にバトンタッチしようとしたんだ?」

「私は副班長だからね。班長のサポートに徹しようかと。今後は班のメンバーで話し合って観光ルートも決めないといけないから、これはその練習だよ。じゃあ、あの2人にどっちの係になりたいか聞いてみて」

「ああ、そうだな」と同意しながら、これまで話したことすらなかった2人の女子と顔を合わせて、尋ねた。





「えっと、まとめると、班長が俺で、副班長がいいんちょ、保健係が南條さん、レク係が松浦で、記録係が遠藤さん」

 あっさりと決まった班員の役割をメモしてから復唱する。そんな俺の声を隣で聴いていたウチのクラスの学級委員長は、両手を合わせた。

「倉雲くん。この調子で班長のお仕事、よろしくね! 私も副班長としてサポートするから」

「ああ、分かった」と軽く言葉を返してから、数分後チャイムが鳴った。

 それと同時に、教室のドアが開き、別のクラスにいる心美が首を傾げながら顔を出す。


「奈央、さっきの授業、うるさかったけど、何かあったの?」

「ああ、東野吹雪とそっくりさんの学級委員長と修学旅行を一緒に過ごしたい男子が騒いでいたんだ」

 正直な答えを耳にした心美はジド目になる。

「もしかして、奈央も流紀ちゃんと一緒の班になりたかったの?」

「信じてくれ。俺は騒いでないからな。ただ、心美と一緒に過ごしたかったって……」


 そんな俺の声を聴いた心美は、微笑みながら俺との距離を詰めた。

 それからすぐに、俺の右手をギュっと握る。

「私も同じだよ。同じクラスだったら、奈央と一緒に過ごせたのにって考えたら、悔しくなる」

 自然と視線が合い、胸がドキドキとしてきた。そんな状態の中で、悔しそうな表情の心美の手を握り返す。

「だから、俺は班長になったんだ。心美も班長になったら、修学旅行中も一緒になれる時間が確保できそうだからな。修学旅行中の夜に開催される班長会で、班長が一堂に会するんだ。少しでも心美と一緒にいる時間を増やしたいから、心美も班長になってほしい」


 自然と願いが飛び出した直後、俺の目に心美の笑顔が飛び込んでくる。

「私も同じだよ。少しでも奈央と一緒にいる時間が増えせるんだったら、班長になるしかないでしょ?」


「みんなが見てるのに、イチャイチャできるなんて、倉雲くんはスゴイよ!」

 そんなウチのクラスの学級委員長の声が聞こえた俺はハッとして周囲を見渡した。殆どのクラスメイトたちが、俺と心美の方を見ていて、女子たちは赤面している。

 そのうち、ヒューヒューという茶化すような音も教室に響き、俺の顔は真っ赤になった。


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