第14話 ふたりの距離
俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、記憶喪失になったらしい①
何も見えない真っ暗な場所にいた。
どこかさえ分からない暗闇の中で浮かんだのは、心美の横顔。
悲しそうな表情の彼女は、しばらくの間、俺の近くにいた。
だけど、彼女は無言で俺から離れていく。
手を伸ばして呼び止めようとしても、俺の声は届かない。
その間にも、俺と心美との距離は遠くなっていく。
追いかけても、届かない。
やっぱり、俺と心美は生きている世界が違う。
重たい現実が俺を襲った頃、どこかからアラームの音が響いた。
ベッドから跳ね起きた俺は「はぁ」と深く息を吐いた。
「なんだったんだ? あの夢……」と呟いてから、机の上で充電されたスマホを手に取り、時間を確認する。
その直後、先程まで見ていた悪夢が頭の上に浮かび、胸が苦しくなった。
それと同時に、急に寒気も感じ、体が震え出した。
そんな日曜日の朝、いつものように朝食を食べ終え、皿を洗い場まで運んだ時、呼び鈴が鳴り響く。
その音を聞いた俺のお母さんは、洗い物をする手を止めてニヤニヤと笑った。
「心美ちゃんが来たんでしょ? 行かなきゃね」
嬉しそうな表情になったお母さんが、玄関に向かって足を進める。
それに対して、俺は慌てながらお母さんの後姿を追いかけた。
「待てよ。お母さん。別に俺が出迎えればいいだろ?」
「ダメよ。未来の娘を出迎えないわけにはいかないわ! そうだ。今日は3人で遊びに行こう」
「おいおい。心美の予定も聞いてないのに、勝手に決めるなよ」
心美と出かける気満々な俺のお母さんは、玄関のドアに手を伸ばした。
「おはよう。心美ちゃん」
そうして明るく笑いながら、ドアを開けた俺のお母さんは動きを止めた。
「はい。おはようございます」
玄関先で佇んでいたのは、心美とは似ても似つかない黒髪ショートカットの少女。
水色のワイシャツと黒いハーフパンツの上に白衣を纏った姿を目にした俺は目を丸くする。
「榎丸さん……」と呼ぶ俺の声に反応した俺のお母さんは、突然現れた少女の顔をジロジロと見つめた。
「奈央。この美少女は誰? どういう関係なの? まさか浮気……」
「違うんだ!」と言葉を遮るように慌てて両手を振った後で、榎丸さんは俺のお母さんに笑顔を向けた。
「榎丸病院の院長の娘の榎丸一穂です。心美ちゃんの親友として、長い付き合いになりそうな倉雲さんとの関係を深めています」
「……この子、どこかで会ったような気がするわ」
そう呟いた俺のお母さんは眉を潜め、ジッと突然の訪問者の顔を見つめた。
そんな反応を気にしつつ、俺は首を傾げる。
「榎丸さん。珍しいな。なんでウチに来たんだ?」
「一緒に来てほしいところがあったからね。表に車を待たせてるから、それに乗って榎丸病院まで行くよ。詳しい話は車の中でするからさ」
妙に慌てたような素振りを見せる榎丸さんに疑念を抱きながら、俺は靴を履く。
それから、高級車の後部座席に乗せられた俺は、右隣に座る榎丸さんの前で頭にクエスチョンマークを浮かべた。
「それで、何の用だ? わざわざ自宅まで出向いて……」
「そう。事故が起きたのは、昨晩都内某所のホテルで開催されたパーティー会場。そこで心美ちゃんは階段から落ちたんだよ。階段から足を踏み外してね」
淡々とした口調で明かされる事実に、俺は思わず目を見開いた。
「おい、何の冗談だよ!」
「ウソじゃないよ。頭を強く打った心美ちゃんは、榎丸病院のVIP専用病棟に搬送されて、今朝目を覚ましたそうなんだけど、様子がおかしいみたい」
「様子がおかしいって……」
「それは私にも分からないよ。お父さんに心美ちゃんが目を覚ましたら伝えてってお願いしたら、そんな報告を受けただけだから。それでね。心美ちゃんが入院してるVIP専用病棟は一般人が出入りできないから、彼氏の倉雲さんはお見舞いに行けないでしょ? だから、私と一緒にお見舞いに行こうと思って、自宅訪問しました」
事情が明かされてからしばらく経過した頃、高級車は榎丸病院の地下駐車場に停まった。それから、自動ドアを潜り、VIP専用病室に直結するエレベーターに榎丸さんと一緒に乗り込む。
エレベーターが止まり、ドアが開くと、病院とは思えない空間が広がった。
壁にはいくつもの絵画が飾られ、床はピカピカに輝いている。
「ここがVIP専用病棟か?」
住む世界が違うと肌で感じ取れるほどの豪華な内装に圧倒された俺は驚きを隠せなかった。
そんな俺の右隣で榎丸さんが首を縦に動かす。
「そうだよ。庶民が足を踏み入れることすら許されない禁断の病棟にようこそ! 心美ちゃんが入院してるのは、1番奥だからね」
説明しながら、榎丸さんは一歩を踏み出した。
それから、榎丸さんは真っすぐ進んだ先にある白色のドアを開けた。
そんな彼女に続いて、病室の中に入ると、今まで見たことがない光景が目の前に広がった。
中央にふわふわなベッドが置かれ、その先には大きな薄型テレビまで設置してある。
それだけではなく、病室の端には机を囲むようにソファーが置かれていた。
床や天井が輝いて見え、高級感のある薄いレースカーテンから朝日が差し込む。
どこかのホテルのスイートルームではないかと錯覚してしまうような空間に驚きながら、周囲を見渡していると、ベッドの端に見慣れた彼女が座っているのが見えた。
「心美」と名を呼びながら、彼女の元へ歩み寄る。
その声に反応した心美が振り向く。
そうして、頭に包帯が巻かれた痛々しい顔を向けた心美は、無表情でジッと俺と榎丸さんの顔を見つめた。
「……あなたたちは誰ですか?」
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