俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、手を繋ぎたいらしい。
自分でも緊張していることは分かった。ジーパンを履き、白黒のボーダー柄のTシャツの上にデニムのシャツを羽織る。そんなコーディネートの服を着た俺は、駅前を無意識にソワソワと歩いていた。
今日は、小野寺さんとの初めてのデート。まだ付き合ってないから、一緒に遊ぶだけだと心に言い聞かせても、ドキドキは止まらない。
ようやく落ち着きを取り戻した瞬間、待ち合わせ場所にリムジンが停車したのが見えた。運転席から初老の執事らしき男が降り、後部座席のドアを開ける。そこから、お金持ちとしての威厳を漂わせた女の子が下車した。服装は薄手の白パーカーに水色のミニスカート。前髪にはラベンダーの花をモチーフにしたヘアピンで止められている。待ち合わせ場所である駅の前に姿を現した小野寺さんは、運転手に頭を下げると、すぐに俺を見つけ走り出した。
「倉雲君。待ったよね?」
「ああ、今来たところだ」と適当な受け答えをした間に、小野寺さんは周囲を見渡す。
「そういえば、休みの日に駅に来るの初めてだけど、いつもこんなに人多いの?」
「いつもはもっと少ないんだ」
そう問われ、俺も周りに目を向けながら答えた。確かにチェック柄のシャツを着た男たちが大勢いる。そのうち、リムジンから降りてきた女の子に、彼らは視線を向ける。俺は思わず恥ずかしくなった。
スマホで珍しい自動車を撮影する人々も現れる中、近くで会話も聞こえてくる。
「恵一、リムジンなんて初めて見たね」
「ドラマでしか見たことないから、珍しいな」
一瞬だけ目が合ったショートボブの女の子は右隣にいる黒い短髪の少年の手をギュっと繋いで見せた。少し年上に見える高校生カップルの距離感は近くて、男の子の方は照れからか顔を赤くしていた。
そんなやり取りと横眼で見ていた小野寺さんは、頬を赤くして、ニンマリとした表情になる。
「倉雲君。私たちも付き合ったら、あんな感じになるのかな?」
「ああ、そんな感じになるんだろうなって、いきなり何を言い出すんだ」
「ごめんなさい。からかいたくなった。二人で遊ぶのも初めてだし、ゲーセンだっけ? そこに行くのも初めて。こうやって男の子と遊ぶのって、世間一般的にデートって呼ぶんだよね?」
「デートじゃなくて、友達を遊ぶだけだって言い聞かせていたのに、思い出させるんじゃねぇよ。大体俺も女の子と遊ぶなんて初めてだからな。いいんちょは、友達を一緒に遊ぶ感覚で大丈夫だって言ってたけど、冷静になれない」
なぜか赤面しながら小野寺さんと顔を合わせている自分がいる。ドキドキは強くなっている。これはどういうことなのだろうか?
「嬉しい。だって、一緒に初めてを経験できたんだから。4時間くらいよろしくお願いします」
小野寺さんが楽しそうに笑いながら、頭を下げる。
「ああ、そんなことより、リムジンで来るなんて、聞いてなかった。まさか、ここから車移動か?」
そう言いながら、大勢の人が集まり、撮影会が開催されているリムジンの方を見る。しかし、小野寺さんは首を横に振った。
「ううん。なんか商店街でイベントがあるみたいで、この時間帯は車の乗り入れできないみたいなんだよね。どうせならリムジンに乗せてあげなさいって言われたけど、これで良かった。だって、倉雲君の隣を歩けるから。リムジンに乗ってゲーセンに行くという稀有な体験を期待していたんなら、ごめんなさい。機会があったら、今度は乗せてあげるから」
「ってことは、ここに集まってるのは、そのイベントの参加者たちか? 時間余ったら、そこに行くのもいいかも……」
言い切るよりも先に、体が震え始めた。誰かに睨まれているような鋭い視線もする。
忙しなくキョロキョロと見渡しても、知り合いらしい影はない。
そのうち「どうしたの?」と小野寺さんが俺の顔を覗き込んできた。
「なんか誰かに見られてるような気がして。多分、俺のクラスメイトが俺たちの様子を観察してるだけなんだと思う」
「倉雲君のクラスに、そんな危ない人がいるんなんて、知らなかったよ」
そう言いながら、彼女はラベンダーをモチーフにした花柄のスマホを取り出す。その姿を見て、俺は慌てて両手を振った。
「通報しなくてもいい。偶然を装って俺たちに接触してきたり、客を装って店内に潜入したりするはずだが、気にするだけ無駄だ」
「相手はスパイね。面白くなってきたじゃないの」
「そいつの正体は俺のクラスメイトのはずだから、スパイじゃない!」
「大丈夫。尾行された経験もあるからね。こうやってここから離れたら、すぐに怪しい人、分かるから」
突然のことに赤面した。俺の右手を小野寺さんがギュっと繋ぐ。その距離は、先ほどの年上カップルとほぼ同じ。触れあった指の柔らかさを感じながら、ようやく言葉が出る。
「いきなり、何を……」
「一緒に行こうよ。4時間後、ここに戻ってこないといけないんだから、あんまり時間ないし」
小野寺さんに引っ張られる形で、足は動いた。横顔の頬は火照っている。ホントに彼女は俺のことが好きなのではないかと思ってしまうほど、彼女はかわいくて、つい見惚れてしまう。
「文献で知ったんだけど、恋人繋ぎっていうヤツがあるんだって。今度、やってみようかな?」
相変わらず俺と手を繋ぎ、隣を歩く小野寺さんがイタズラに笑う。そんな声を聴いて、さらに顔は赤く染まった。
「そういうのは、ちゃんと付き合ってからにしてくれって、文献ってなんだ? ドラマとか小説で知ったんじゃないのかよ」
「そういうのを、かっこよく表現したくて、文献って言葉を口にしたのだけど、分かりにくかった?」
「分からん」
こんないつも通りな会話を交わしながら、俺たちは目的地であるゲームセンターへと続く道を歩いた。
『小野寺さんとのデート?』は、まだ始まったばかり。
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