俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、幻のこだわりプリンを買いに行きたいらしい。後編

 平日の朝、いつもの登校時間と同じ道をふたり揃って歩いていく。

 その間に集団登校する小学生たちが俺たちを追い越していった。

「おはようございます!」という元気な挨拶も聞こえ、右隣を歩く心美は微笑みながら挨拶を返した。

 それから、遠ざかっていく小学生たちの後姿を見つめた心美の頬が緩んだ。

「なんか嬉しそうだな」

 右隣の彼女の笑顔を覗き込むと、心美は首を縦に動かす。

「そうだよ。いつもならあの小学生たちみたいに通学路を歩いてるのに、今日は違う。平日なのに私服を着て、奈央とデートできるなんて、不思議な気分だよ」

「そうだよな。その気持ち、すごく分かるよ。俺も同じこと考えてたからな。平日に私服で出かける特別感は最高だ」


「あっ、そういえば、おつかいって10年ぶりくらいかも」

 心美がボソっと呟くと俺は驚きの声を出した。

「えっ、おつかいしたことあるのか? 資産家令嬢だからおつかいなんてしたことないって言い出すと思ったんだが……」

「ロンドンで暮らしてた時にね。本当のお母さんに頼まれて、紅茶を買いに行ったの覚えてる。あれは本当のお母さんとの最期の思い出だからかな」

「そうか。心美って小さい時はロンドンで暮らしてたんだな。初めて聞いたかもしれない」

 興味示すと心美は首を縦に動かす。

「そうだったかも。中学卒業後の留学先のイギリスは、私が生まれた国だから不安なんてないよ」


「ん? イギリスで暮らしてたって言うには、どう見ても日本人なんだよなぁ」

 クエスチョンマークが頭に浮かべた俺がジッと心美の顔を見つめる。

 一方で、心美は頬を赤く染め、見つめ返した。

「ハーフじゃないから。本当のお父さんも日本人だからね。まあ、本当のお父さんは私が生まれる前に突然いなくなったって聞いたから、会ったことないんだけど……」

「そうだったんだな」

「本当のお父さんは入籍する前に行方不明になったから、小野寺家に引き取られるまでは本当のお母さんの苗字を名乗っていて……あっ、こんな話、つまらないよね?」

「そうだけど、大変だったってことが分かったからいいよ。ところで、小野寺家に引き取られる前に名乗って苗字ってなんだったんだ?」

 同情の表情を見せてから、心美の右隣で首を傾げる。すると、心美はとぼけたような顔になり、俺の隣で両手を青い空に向けて伸ばした。

「シャルロット洋菓子店の幻のこだわりプリン、楽しみだね」

「唐突に話題変えやがった!」


 いつも通りなツッコミの後、不意に疑問が浮かび上がる。


 小野寺家に引き取られる前に名乗っていた本当の心美の苗字は何だろうか?


 心美の過去と10年前、海外の空港でお父さんの同級生が巻き込まれた通り魔事件の繋がり。


 夏休みに帰ってきたお父さんが心美の顔を見て呟いた「似ている」の一言。


 バラバラだったパズルのピースが一つに繋がる感覚がして、頭の中で抱えていた謎が疑念に変貌を遂げる。


 まさか、俺の隣を歩いているのは……


 渦巻く疑念を抱えたまま、俺はチラリと右隣を歩く心美の顔を見た。すると、彼女はキョトンとした顔を俺に見せる。

「奈央、どうしたの? ジーっと私の顔を見て」

「ごめんな。やっぱり、心美から話してくれるのを待つよ。なんか訳があるらしいから」

 隣で両手を合わせると、心美は頭を抱え、アスファルトの道路の端に立ち止まった。

「うーん、どうしよう。奈央は昔の私のことが気になってるけど、私は奈央を婚約者にするまで昔のことは秘密にしたいと思ってる。私、どうしたらいいんだろう?」

「心美、心の声、漏れてないか?」と心美の近くで立ち止まり、体を半回転させた

俺は目を点にした。


「待ってるからな。心美から話してくれるの。それまで追求しないから、安心してくれ」

 そのまま、右手を前に伸ばし、心美の頭に触れた。その瞬間、彼女の顔が赤く染まっていく。それから顔を上げた心美は、俺に笑顔を向ける。

「やっぱり、昔のことは奈央が私の婚約者になったら、話すよ。それまで待ってってね」

「ああ、分かった」と答えながら、心美の頭から手を離す。

 その直後、俺の目の前にいた心美は「あっ」と声を漏らした。その反応が気になり、首を傾げると、彼女は眉を顰める。

「そういえば、吹雪ちゃんのあの言葉、どういう意味だっただろう?」

「あの言葉って?」

「ほら、夏休みにプールで吹雪ちゃんに会った時、言ってたよね? カップルになったら隠し事できないからって。吹雪ちゃんのお母さんとはメイドとしてパーティーで会ってるから、私の正体が小野寺家のメイドだってことを吹雪ちゃんも知ってるということなのか? それとも……」

「小野寺家に引き取られる前の心美のことを東野さんが知ってるとは思えないだろ?」

「そうだといいんだけどね。さて、早く行かないと売れきれちゃうかもよ。シャルロット洋菓子店の幻のこだわりプリン!」

「そうだな」と短く答え、ふたり揃って歩き出す。それぞれに疑念を抱えたままで。



 それから10分歩き、横断歩道を渡った先に目的の洋菓子店が見えてくる。その入り口の前には、既に15人くらいの人が並んでいた。その列の最後尾にふたり揃って並ぶと、右隣の心美が深く息を吐き出す。

「結構並んでるね。行列に並んだの初めてかも」

「だろうな」と短く答え、ジーンズのポケットからスマホを取り出した。

「午前8時か。あと2時間待ちぼうけだな」

「それくらいなら待てそう。奈央と一緒だから、退屈しそうにないよ」

「どういう意味だよ!」



 いつも通りな会話を重ね、2時間後、店が開き、行列に並んでいた人々が店の中へと足を踏み入れた。






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