俺のクラスの学級委員長の妹も修学旅行を楽しみたいらしい。後編

 清水寺へと続く道を多くの観光客が歩いていく。近くに有名な観光スポットがあるということもあってか、その人数は軽く500人以上いるように思えた。


 そんな人混みの中を班ごとにまとまって動く。

「それにしても、人がいっぱいいるな。やっぱり、清水寺の人気はスゴイ!」

 俺が驚きの声を出すと、俺の隣を歩いている東野さんがマジメな表情になる。

「まさか、人気アイドルの東野吹雪がこの清水寺を訪れるって情報がマスコミに……」

 シリアスな雰囲気を漂わせた東野さんは顎に手を置いた。

「そんなに気になるんだったら、SNSをチェックすればいい」

「それもそうだね♪」と俺の意見に賛同した東野さんは、首を縦に振ってから、スマホを取り出す。そして、その場に立ち止まってから、アプリを立ち上げる。

 その間に、立ち止まった俺と東野さんを避けるようにして、他の観光客たちが動いていった。


「流紀ちゃん、何してるの?」

 そんな声が背後から聞こえ、東野さんと共に振り向くと、そこには遠藤さんが首を傾げていた。ツインテールの同級生の両脇には松浦と南條さんの姿もある。

「えっと、ちょっと気になることがあったから、スマホで調べてるんだよ。流石に、この人混みの中で歩きスマホなんてしたら、大怪我負いそうだから」

 東野さんが双子姉の同級生に事情を説明しながら、検索ボタンを押す。

 すると、すぐに結果が表示され、人気アイドルはホッとした表情を俺に見せた。


「大丈夫。今のところ目撃情報呟かれてないみたい。つまり、倉雲くんの言う通り、あの人たちはただの観光客……」

 東野さんが言い切ろうとした瞬間、俺たちの横を2人の若い男性観光客が通り過ぎた。

「ラッキーだな。旅番組の撮影見られるんだぜ!」

「ああ、ニッポン日帰りブラ散歩だろ? ゲストに東野吹雪ちゃん出てほしいなぁ」

 ホンモノの東野吹雪とニアミスしていることに気付かない観光客たちが、俺たちから離れていく。そんな2人の後姿をジッと見ていた東野さんが眉を潜める。


「ニッポン日帰りブラ散歩。まさかこんなところで、あの国民的人気旅番組の撮影に遭遇するなんて思わなかったわ。ここは事務所に連絡したほうがいいかも? いや、事務所に事後報告して、スタッフさんだけでも挨拶しとく? でも、この制服姿をカメラに撮られたら……」

 真面目な表情の東野さんが小声で自分の考えを呟く。その声はかなり早口だった。

「いいんちょ、何ブツブツ言ってんだ?  早く清水寺行こうぜ!」

 松浦が首を傾げながら、東野さんに話しかける。その右隣で遠藤さんは首を傾げていた。

「事務所に事後報告って聞こえたけれど、もしかして、あなた……」

 鋭い追求に東野さんが息を飲む。その瞬間、後ろから大勢の観光客が押し寄せた。背後を振り向き状況を認識した東野さんが一瞬頬を緩める。

 そして、人気アイドルは俺の右手を優しく掴んだ。そうして、手を引っ張られた俺は東野さんと共に遠藤さんたちから離れていった。この人混みが隠れ蓑になり、あの場に残されたクラスメイトたちは、完全に俺たちを見失っているだろう。


 そんなことと考えていると、東野さんが俺の耳元で囁いた。

「これって愛の逃避行みたいだね。こういうのって憧れちゃうなぁ」

「おいおい。何言ってんだ?」と呆れ顔になると、東野さんは目を輝かせた。

「最近、連続殺人犯と被害者の妻が駆け落ちするドラマがマイブームなんだよ!」

 その顔は俺に恋愛小説の話をするウチのクラスの学級委員長と重なって見える。

「その顔、いいんちょと同じだな」

「当たり前でしょ? 私は流紀姉ちゃんの妹なんだから!」

 そう言いながら、人気アイドルが胸を張る。


 そのまま、人混みに逆らうように2人揃って歩くこと3分、東野さんは清水寺近くの歩道の上で立ち止まった。ここはなぜか人通りが少なく、俺たち以外に誰もいない。

 それから、東野さんは視線を古民家に向けながら、スマホを取り出し、表示された画像と景色を見比べた。


「ここみたいだね」


 そこは、築60年は経過していそうな茶色い屋根の平屋だった。そんな場所に連れてこられた俺は目を丸くする。

「えっと、ここは……」

「心美ちゃんが用意してくれた古民家だよ。この時間帯は誰もいないから、自由に話し合いの場として使っていいって許可は貰ってるから大丈夫。この場所を示す画像と地図は流紀お姉ちゃんに送っといたから、多分、流紀お姉ちゃんは到着してると思う」


 そう説明をしながら、東野さんは木製の玄関のドアを開けた。そんな人気アイドルの後を追い、木目調のタイルが貼られた玄関に入る。

 その先にいたのは、俺の隣にいる人気アイドルと同じ顔の学級委員長。いいんちょは、ご立腹という気持ちがダイレクトに伝わってくる表情で腰に手を当てて、玄関が見渡せる廊下の上に立っていた。


「吹雪。よくもやってくれたわね。あなたが私のフリをして倉雲くんたちの前に現れた所為で、大変だったんだから。京都駅に待機している先生の目を盗んで、なんとかここまで来たんだよ。あなたがやったことは、絶対に許さないから!」


 珍しくウチのクラスの学級委員長が怒っている。そんな学級委員長を前にして、俺は首を捻った。

「おいおい、いいんちょ。今まで東野吹雪のフリをしてきたお前が言うな!」

「そういう問題じゃないよ。私に無断で椎葉流紀に成り代わろうとしたことが問題で、2度も私のフリをしたことは責めてないから。まあ、どうせ、倉雲くんと一緒に修学旅行を楽しみたかっただけなんだろうけど、そういうことなら、ちゃんと前日までに説明してほしかったな。そうしたら、上手く入れ替わることができたのに……」

「えっと、2度もってどういうことだ? 全く心当たりがないんだが……」

 俺の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。すると、いいんちょはジッと目の前にいる同じ顔の妹をジッと見つめてから、溜息を吐いた。


「倉雲くん、気が付いてなかったんだね。昨日言ってたでしょ? 私と美術館デートしたって。でも、私には倉雲くんと一緒に美術館に行った記憶がない。つまり、吹雪は私のフリをして、倉雲くんと美術館デートした。違う?」

「なっ、なんだと!!」

 明かされた衝撃の事実に、思わず隣にいる東野さんの顔を見た。その頬は赤く染まっている。


「……確かに私は、流紀姉ちゃんのフリをして、倉雲くんとデートしたよ。でも、今日は違うの。心美ちゃんから流紀姉ちゃんがクラスの子に告られたけど、すぐに振ったって聞いたから。付き合えない理由は、私のためなんだよね? 私と流紀姉ちゃんが同じ顔だから、熱愛報道を避けるために好きになってくれた子と向き合わずに振った。違う?」


 そんな人気アイドル妹の追求に対して、いいんちょは素直に首を縦に振る。


「そうだよ。あの時、吹雪の夢を応援したいって決めたから。人気アイドルの足を引っ張るようなことだけはしたくない!」

「私のために恋愛を諦めるなんて、そんなの間違ってるよ。私は、流紀姉ちゃんを縛り付ける鎖になりたかったんじゃないよ。私のことを気にせず、自由に生きて!」

 互いの想いが激しくぶつかり合う。それから、東野さんは一呼吸置いてから、いいんちょの前で優しく微笑んだ。


「流紀姉ちゃんのフリをして、松浦くんと接してみて分かったことがあるの。あの子はまだ諦めてないって。それにしても、時々握手会にくるあの子が流紀姉ちゃんに告るなんて、予想外だわ。ということで、流紀お姉ちゃんは、素直に松浦くんと話し合いなさい。熱愛報道にならないように、全力でサポートするから!」

 そっと背中を押すように、東野さんがウインクする。そんな顔を見たウチのクラスの学級委員長は、溜息を吐いた。


「……分かった。そこまで言うんなら、倉雲くんと心美ちゃんと一緒にWデートしよっかな?」

 イタズラな笑みを浮かべるウチのクラスの学級委員長と顔を合わせた俺は目を点にした。

「おいおい」

「WデートのWはwin-winのWなのです!」と人気アイドルが目を輝かせながら、右手を前に伸ばした。

「WデートのWはwin-winのWなのです!」

 それに同意するように、双子の姉も右腕を前に伸ばす。


 そして、苗字が違う双子は手を繋ぎ、声を揃えた。


「WデートのWはwin-winのWなのです!」


「お前ら、仲良すぎだろ!」と双子らしくシンクロした姉妹を前にした俺は苦笑いした。


 丁度その時、俺たちがいる古民家の玄関の中で、スマホのバイブ音が鳴り響いた。慌ててポケットからスマホを取り出し、画面を見ると松浦という名前が表示されている。

 そんな俺のスマホを覗き込んだ東野さんは、右腕を伸ばし、いいんちょの右肩を優しく叩いた。

「流紀姉ちゃん、電話に出て。そして、人気アイドルの前で告るが良い!」

 イタズラに笑う双子の妹を見たウチのクラスの学級委員長が溜息を吐く。

「吹雪、まだ正式にお付き合いするかは未定なんだからね。あっ、倉雲くん。スマホお借りします」


 そう言いながら、いいんちょは俺の手の中にあったスマホを手に取り、右耳に当てる。


「もしもし。流紀です」

「いっ、いいんちょだとぉ!」

 そんな驚きの大声が俺のスマホから漏れた。その間に視線を右に向けると、東野さんがスマホを操作しているのが見えた。


「驚いたよね? 倉雲くんの電話したら、私が出たから。今、倉雲くんと一緒にいるから、清水寺の前で合流しましょう。それともう一つだけ。この前はごめんなさい。まだ付き合うかは決められないけど、今度デートしましょう。倉雲くんと心美ちゃんも誘って、Wデート。具体的な日程は後日相談するから。じゃあ、またね♪」


 切られた電話を俺に返しながら、いいんちょは顔を赤くした。

「はい、ありがとうございました。倉雲くん、これでいいんだよね?」

「そうだな。これで松浦も報われるだろう。東野さんもありがとうな。いいんちょの背中を押してくれて」


 視線を東野さんに向けると、人気アイドルは優しく微笑んでいた。

「流紀姉ちゃんのチカラになれて幸せです」

「それで、吹雪はこれからどうするの?」

 双子の妹の前でいいんちょが首を傾げる。すると、東野さんは顎に右手を置いた。それと同時に、東野さんのスマホに通知が届いた。



「近くでニッポン日帰りブラ散歩のロケやってるらしいから、スタッフさんを見つけて、挨拶してくるわ。さっき、心美ちゃんにメッセ送ったら、この家にある服なら自由に使っていいって返ってきたから、ここを物色して、制服風コーデを完成させて、ちょっとだけ番組に出させてもらうつもり。じゃあ、流紀お姉ちゃんと倉雲くん。修学旅行楽しんできてね」


 優しく笑う東野さんが俺たちに向けて右手を振る。

 そして、俺たちは人気アイドルに見送られて、清水寺へと向かった。

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