俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、恋占いがしたいらしい。

「なんだ、これ」

 それが島根の空港に到着して、手荷物を受け取った後に窓の外を見た感想だった。

 出入口になっている自動ドアの前には、黒いスーツを着用した巨漢たちが6人いた。3人ずつに別れた彼らを挟むようにレッドカーペットが敷かれている。

 周囲には、世界的VIPでも来たのかと勘違いした野次馬たち。


「もう、わざわざ前乗りしてお出迎えとか必要ないのに」

 呆れ顔でレッドカーペットの上に立った小野寺さんを視線に捉えた黒服たちが、一斉に頭を下げる。

「心美様。お待ちしておりました」

 声を揃えた挨拶に呆気に取られていると、小野寺さんが近くに集まっている俺やいいんちょ、渡辺さんに言い聞かせた。

「今から使用人に荷物を別荘まで運んでもらうから、財布とか最低限の手荷物だけ持って移動します」


「使用人に荷物を運んでもらうなんて、お嬢様っぽいよ!」

 渡辺さんが目を輝かせた隣で俺は首を捻った。

「小野寺さん、まさか、ここにいる使用人も俺たちが行く別荘に泊まるのか?」

「そうね。彼らのために別の宿泊先を確保してるから、一緒の別荘に泊まらないんだよ。一応保護者役のヨウジイは同じ別荘に泊まるけど」

 小野寺さんは軽く説明しながら、目の前の自動ドアを潜り、外に出た。そんな彼女に俺たちも続く。


 その先には、3台の黒色の高級車がキレイに縦列停車していた。車のドアの前には2人組の黒服の男たちもいる。

「心美様。お待ちしていました」と声を揃えて挨拶した後、彼らは1番前の車のドアを開けた。

「小野寺さんってホントにお嬢様なんだな」とボソっと呟く声が聞こえたのか、先導する小野寺さんはクルリと体を半回転させ、ムッとした顔つきになった。

「……失礼ね。普通の中学生がファーストクラス貸し切りとかできるわけないでしょ?」


 すると、今度はドアが開けられた自動車の前で立ち止まり、いいんちょと渡辺さんの方を向いた。両手を合わせて。

「流紀ちゃん。渡辺さん。どちらか助手席に乗ってください。えっと、私は倉雲君の隣に座りたいから」

「ちょっと待て。俺が助手席に座るって選択肢はないのかよ。後部座席に仲良し3人組が座れば丸く収まるはずだ」


「ないよ」

 小野寺さんよりも先に答えたのは、いいんちょだった。一歩を踏み出し、ジッと俺の顔を見る学級委員長は、言葉を続ける。

「私は倉雲くんと心美ちゃんがイチャイチャしてるとこを見たいから、後部座席に座りたいな。特に倉雲くんの顔を近くで見たいから、挟む形で座っちゃおうかな?」

「流紀ちゃんは私の左隣に座ってほしいな。行きと帰りで席替えしてもいいと思うけど」

 その小野寺さんの意見に納得したのか、いいんちょは肩を落とした。

「分かったわ。じゃあ、渡辺さん。次は後部座席に乗っていいから、今は助手席で我慢して」

「別に構わないさ。倉雲の隣より、心美ちゃんの隣の方が楽しいからな」

 豪快に笑いながら、渡辺さんは助手席に座る。そして、後部座席は、いいんちょ、小野寺さん、俺の順番で乗り込む。ヨウジイが車のカギを受け取り、運転席に乗り込むと、すぐに高級車は俺たちを乗せ、最初の目的地に向かって走りだした。




「何の話も聞いてなかったのだが、ここは……」

 高級車に揺られて約1時間。松江市にある神社の前で俺は目をパチクリとさせた。正確に言うと、神社の敷地の奥にある緑っぽい池の前にいるのだが、そこで時間を気にする名前すら知らない女性たちがいる。

「縁結びの大親神とされる八重垣神社だけど」

 いいんちょが俺の言葉に続くように語り掛け、俺の右隣に立った。その手には和紙が握られている。


「縁結びだったら出雲大社もある。なんでここなんだよ」

「倉雲くん、ここに行きたいって提案したの私なんだよ。覚えてるでしょ? 放課後の教室でヒソヒソ話した時の心美ちゃんのリアクション。顔を赤くして承諾したでしょ? その謎の答えはここだよ。まあ、男子ならこういう話題には疎いと思うけど、周りをよく見て。みんな池の方見てるでしょ? 時間を気にしながら」

 言われるまま周囲を見渡すと、確かに殆どの人たちは池を見ていた。それから数秒後、俺やいいんちょの周りに、渡辺さんや小野寺さん、ヨウジイが集まった。小野寺さんの手にも和紙が握られている。

「まさか……」と呟いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。


あのいいんちょが提案した観光スポット。

そこに行きたいと伝えられた小野寺さんの動揺した顔と、あの時のいいんちょの言葉。

「気になるんでしょ? 倉雲くんのこと」

時間を気にする女性たち。

少ない点は一本の線で繋がった。


「分かった。あれだ。恋占いだな」

「正解。鏡の池の恋占いって、結構有名だからね」

「だが、分からないことがある。なんでみんな時間を気にしてるんだ?」

 訳も分からず、池の前に集まっている名も知らない若い女性たちの姿を瞳に映すと、いいんちょは溜息を吐いた。

「やっぱり、そういうと思ったよ。あの人たちが時間気にしてるのは、占いやってるからね。あの鏡の池に予め受け取った和紙の上に100円玉か10円玉を1枚乗せた状態で浮かべるの。それで15分以内に紙が池に沈んだら、その縁は早く結ばれ、30分以上かかったら、縁が結ばれるまで時間がかかる」


 そう説明しながら、いいんちょは手にしていた和紙を俺に見せる。

「なるほどな。それで俺と小野寺さんの恋の行方を占おうとしてたわけか」

「そう。因みに手前で沈めば、結ばれる運命の相手は近くにいて、流されて遠くで沈めば運命の相手が遠くにいるんだよ。つまり、15分以内に手前で沈めば、倉雲くんと心美ちゃんが結ばれる未来は近いってことが分かるってこと♪」

「いいんちょ、俺たちをからかうつもりだな」


「そうだよ。まあ、近くで見守ってってほしいな。私と心美ちゃんの占いの結果。じゃあ、心美ちゃん。一緒にやろうか」

 いいんちょと視線を合わせた小野寺さんが頷く。そして、すぐに俺の前に一歩出し、そっと俺に耳打ちする。

「倉雲君。話したいことあるから、今晩2人きりで会いたいです」

 伝えることだけ言うと、小野寺さんはいいんちょと一緒に鏡の池の方へ向かい歩き出した。その後ろ姿を見ると、なぜかボーっとしてしまう。まさか、小野寺さんは今晩俺に告白するつもりなのだろうか?

 そんなことを考えていると、渡辺さんが俺の右肩を軽くチョップした。

「心美ちゃんに何を言われたんだ?」

「……なんでもない」

 なんとなく邪魔されたくないという思いが強くなり、咄嗟に隠した。


「そういえば、渡辺さんは恋占いやらなくて良かったのか?」

「ああ。そういうの興味ないから。アタシは心美ちゃんの別荘に行けたら、それでいいんだ」

 気まずい空気が流れた。あの2人の後ろを歩くヨウジイと一緒に行動したほうがいいのではないか。そう思えてきて、一歩を踏み出す。すると、近くにいた渡辺さんが声を出した。


「そういえば、こうやって2人きりで話すの初めてだったな」

「ああ。そうだったな。渡辺さんと話す時は、だいたい近くに小野寺さんかいいんちょがいたし……」

「そう、その呼び方、おかしいと思わないか?」

 唐突な問いかけに、俺は思わず首を傾げた。

「どういうことだ?」

「アタシのことみんな、渡辺さんって呼ぶだろう。倉雲はいつも通りでいいけど、心美ちゃんに名前を呼んでほしいんだ」

「俺はいつも通りでいいのかよ!」

「当たり前だ。好きでもないのに、名前なんて呼ばせるかよ」

「ああ、分かった。じゃあ、この旅行をきっかけにして名前で呼ばれるようになればいいんじゃないか?」

 こんな適当なアドバイスを聞いた渡辺さんの瞳に炎が宿る。

「倉雲、いいこと言った。こうなったら、この旅行終わるまでに温子ちゃんって呼ばせてやろうか」

「なるほど、渡辺さんの下の名前は温子っていうんだな」

 知らなかった事実に納得を示した俺は、渡辺さんと一緒に鏡の池へと向かう。


 ちょうどよく、小野寺さんといいんちょが並んで、恋占いを始めるところに間に合った。

 2人が100円玉に乗せた和紙が池の水の上で漂う。その様子を俺たちは見守っていた。神聖な場というわけか、周囲は静まり返っている。


 小野寺さんの紙は池の手前から全く動かない。それとは対照的に、いいんちょの紙は遠くに流れていく。

 そして、3分が過ぎた頃、小野寺さんは「あっ」という声を漏らす。目の前で和紙が溶け、池の中に沈んでいく。その瞬間を一緒に見て笑顔になった小野寺さんを見ていると、なぜか安心してしまう。

「ああ、やっぱり未来の旦那さん近くにいるんだ」

 そう囁くように、いいんちょが呟くと、俺たちの顔は同時に赤くなる。

「まあ、こうなるんじゃないかって思ってたが、まさか3分で沈むとはなぁ」

 照れながらそんな言葉を口にすると、隣にいた小野寺さんは明るい笑顔を俺に見せる。

「ホントにそう思ってたんだ。嬉しいかも」


「ここに行きたいって言って良かったわ。2人は将来結ばれる運命なんだって分かったからね」

 からかうように笑ういいんちょは、未だに沈まない紙に視線を向ける。それが沈んだのは恋占いを始めてから11分後のことだった。


 



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