俺の家の隣の洋館に住んでいる同級生は、自分の気持ちをぶつけたいらしい。

 終礼が終わった瞬間、教室を飛び出した。

 一目散に向かう先は、心美がいる隣のクラス。

 その教室のドアからゾロゾロと出てくる同級生たちに混ざる彼女を視界の端に捉えた俺は、右腕を前に伸ばした。


「心美。待ってくれ。話があるんだ!」

 大声で叫び、立ち去ろうとする心美を呼び止める。その声に反応した心美は、足を止め、背後を振り向いた。

「……話って何?」

 立ち止まってくれたらが、視線を逸らされてしまう。そんな彼女を前にして、胸が苦しくなった。

 それでも、俺は心美と話がしたいという想いは消えない。

 自分の気持ちに自信を持ち、一歩を踏み出す。


「心美は、俺が榎丸さんと浮気しているんじゃないかって疑ってるみたいだけど、俺にとっての心美は大切な人なんだ! あの言葉はウソじゃない!」

「ごめんなさい。その言葉、信じられないわ」

 淡々とした口調で自分の気持ちを否定された後で、俺は思わず心美の右腕を掴んだ。

「なんだだよ! 俺が好きなのは心美、お前だ!」

「だったら、どうして、一穂ちゃんに会う度、何か贈ってるの? 私は奈央からあのヘアピンしか貰ってないのに……」

「分かったよ。今度、何かプレゼントするからな。不安にさせたお詫びを兼ねて」

 表情を暗くした彼女を慰めるように提案すると、彼女の頬から涙が落ちた。


「それだけじゃないよ。奈央が私に黙って、一穂ちゃんと密会してるって知った時、私、すごく不安になった。相手は、男女問わずモテモテな一穂ちゃんだからね。奈央も一穂ちゃんを好きになっちゃうんじゃないかって。それに、私、分かっちゃったの。一穂ちゃんは奈央のことが好きなんじゃないかって」

「えっ、どういうことだ?」

 突然すぎる推測に俺は戸惑った。

「そのままの意味だよ。将来的に付き合いが長くなるからって、今の内に親交を深めているって誤魔化してたけど、ふたりきりで会おうとするのは、おかしいと思う。あの言葉がホントなら、私もその場に呼んでもいいのに……」

 そんな心美の指摘を受け、俺は首を捻った。

「そうか? 榎丸さんは、プリンが食べたいから、俺を呼んでるんだと思う。庶民の店に行きにくいからって言ってた」


「プリンを食べたいという口実で、倉雲くんを呼び出して、一緒の時間を過ごす。不倫相手さん、考えたね♪」

 声が聞こえた右隣に視線を向けると、そこにはウチのクラスの学級委員長が佇んでいた。そんな彼女に驚き、思わず後退りしてしまう。

「いいんちょ、いつからいたんだ?」

「ふたりきりで会うのはおかしいってとこから。中々、教室に来ないから様子を見に来たら、廊下の中心で痴話ケンカをしてて、驚いたよ。なんか、周りに他の子たちも集まってるし」

 いいんちょは、ニヤニヤと笑いながら、周囲を見渡した。同じように周りを見ると、俺や心美を囲むように、同級生たちが集まっているのが分かる。その視線は、確実に俺たちに向けられていた。


「これ以上、廊下を占領したら迷惑だから、続きは教室でね。プリン食べたいからって不倫相手に呼び出された倉雲くん」

 呼びかけられた後で、いいんちょは腹を抱えて笑い始めた。

「いいんちょ、何がおかしいんだ?」

「ごめん。プリンと不倫をかけたダジャレが面白くて」

「笑いどころがおかしい気がするが、そこがいい」



 そして、俺と心美はいいんちょと共に、教室に戻った。

 いつもの教室の中には、俺たち3人しかいない。 

 おそらく、他のクラスメイトたちを追い出してくれたのだろうと思い、視線を右隣にいる、ウチのクラスの学級委員長に向け。頭を下げた。俺と向き合うように立つ心美は、今も視線を合わそうとしない。

「いいんちょ、ありがとうな。こんな仲直りできる場所を用意してくれて」

「いいよ。修学旅行前に破局とか絶対に許さないから。それで、どこまで話したの?」

「俺は心美のことが好きだって話したら、信じられないって。心美は俺と榎丸さんの浮気を疑ってるんだ。やっぱり、いいんちょの推理通りだったよ」


「やっぱりね。心美ちゃんも私と同じこと考えてたんだ。じゃあ、心美ちゃんに質問。榎丸さんってどんな子? 榎丸病院の院長先生の娘さんで、明るくて話しやすい子だってことは、倉雲くんから聞いてるけど……」

「いつも明るくて、気遣いもできる優しい子だよ。将来の夢はお医者さんで、頭も良くて、スポーツ万能。誰とでも分け隔てなく接するし、女子も見惚れてしまうほどのかわいらしい顔で、男女問わずモテモテ。小学校で一緒だった時は、毎日のように誰かに告られた。そんな子だから、奈央が心変わりしてもおかしくないと思ってね」

 心美が不安な表情でウチのクラスの学級委員長に打ち明ける。

 それに対し、いいんちょは頷いてみせた。


「そうなんだ。ラブコメ小説のヒロインみたいな子だね。会ってみたいなぁ。じゃあ、次は倉雲くんの番だよ。そんな子が告ってきたら、どうする?」

「そんなの、断るに決まってるだろ。俺には他に好きな人がいるって。だから、心美、今度の日曜、俺と出かけないか? 一緒に修学旅行で使うモノとか買いたい」

 顔を赤くして、言い切る俺を見て、いいんちょはニヤニヤと笑い始めた。

「やっぱり、倉雲くんって心美ちゃんのことが好きなんだね。このカップル、見てるだけでドキドキしちゃうよ」

 その一方で、俺の前にいた心美は、赤面しながら視線を俺に向けた。久しぶりに顔を合わせてくれて、思わず頬が緩んでしまう。

「そういえば、久しぶりだね。ふたりだけで出かけるの。日曜日なら予定ないから、大丈夫そうだよ。私、楽しみにしてるから!」


 久しぶりに向けられた彼女の笑顔にドキドキしてしまう。

 今度の日曜日は心美と久しぶりにデートする。

 そこで何かをプレゼントしようと考え、喜びが頭の中を埋め尽くした。


 


 


 

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