人気アイドル疑惑の学級委員長は、握手会がしたいらしい。

 午後1時、俺たちを乗せた貸し切りバスは、広いグラウンドの上で停車した。

 ドアが開き、一番後ろの席から順番に降りていく。

 数十秒ほどで順番が回ってきて、俺といいんちょが横に並んで一緒に降りた。

 すると、姉妹校の土を踏んだ瞬間、目の前にテレビカメラを構えていた男性がいることに気が付く。その男の隣で黒い後ろ髪を一纏めに結った女性がマイクを握っていた。


「貸し切りバスから人気アイドルの東野吹雪さんのそっくりさんとして話題の女子中学生が降りてきました! このかわいらしいルックス、間違いなく人気アイドルと同じです。隣にいるのは彼氏でしょうか? 早速、お話を伺おうと思います!」

 テレビ局のレポーターらしき女性が俺たちとの距離を詰める。

 その直後、いつの間にか周囲に集まっていた新聞記者たちがゾっと俺たちの元へ押し寄せた。


「神戸テレビの増山です。まず、お名前をお願いします」

「椎葉流紀です。あの人気アイドルではなくて、ただの学級委員長です」

 ウチのクラスの学級委員長は、マイクを向けられたことに苦笑いした。

 

「声までそっくりですね」

「そうなんですよ。実家のブックカフェは、私を目当てにした東野吹雪ファンの人が殺到するくらい繁盛しています。東野吹雪さんには感謝しています」

 俺の隣でいいんちょが笑顔で答える。その後で、近くにいた新聞記者の男が手帳を開きながら、いいんちょとの距離を詰めた。

「椎葉さん。テレビ局の取材が終わったら、今度は関西新聞の取材を受けてもらおうかな?」

「そのあとは兵庫ケーブルテレビの独占インタビューです」

 次々と上がる取材申し込みに、いいんちょは深く溜息を吐く。

「そういえば、一度言ってみたかったセリフがあるんですよ。時間を押しているので、質問は1つまででお願いします。プライベートな質問や姉妹校訪問と無関係な質問はご遠慮ください」


「いいんちょ、序盤でプライベートなこと話しただろ? 今更かよ!」

 隣で黙って聞いていた俺のツッコミに対して、いいんちょがクスっと笑う。

「ウチのブックカフェの宣伝もしないとね。実は、ウチの学校には、あの小野寺グループのお嬢様も通っているんですよ。是非、そちらの取材もお願いします」

「おい、心美を巻き込みな!」

「まあまあ。別にいいでしょ? あっ、私の隣にいる男の子は、彼氏ではありません。ただのクラスメイトです。それと、倉雲くん。今から取材受ける新聞社やテレビ局とかの名前を全てメモってね。一応、放送予定日も聞いといて」

「ああ、分かった」と答えてから、俺は手帳を取り出した。



 囲み取材は3分ほどで終わり、校庭に集まっていた同級生たちに速足で合流する。

 そのあとで点呼が取られ、みんな揃って体育館へ向かう。

 この学校の生徒たちが集まっていた体育館に足を踏み入れた瞬間、騒然とした空気が流れた。


 体育館の床はブルーシートが敷き詰められ、その上に長机とパイプ椅子が置いてある。

 右側にのみ座っている在校生たちは、みんな揃って後ろを振り向き、あの人気アイドルと瓜二つな学級委員長の顔を見ていた。

 突然のサプライズ登場かと思った男子生徒たちの奇声が体育館に響く。

 そんな中で、開けられた左側の席に班ごとに座っていった。


 俺といいんちょと向き合うように座っていた2人の男子は、黒い縁のメガネを付けた小柄の子と細い目が特徴的な子。そんな彼らは目の前に座った人気アイドルらしい他校の女子生徒の顔をジッと見てから、興奮したような声を漏らした。

「マジかよ。鈴木、あの東野吹雪が俺の目の前にいるんだぜ! なんか人生の全ての運を使い切ったらしいから、明日死ぬかもしれん」

「せやな。姉妹校にあの人気アイドルが通っとったなんて、初耳やで。めっちゃスゴイわ」

「ウチの学校、あの小野寺グループのお嬢様も通ってるから。スゴイでしょ?」

 いいんちょが現地の男子中学生に対して、笑顔で囁く。

「声も同じや。ホンモノで間違いないで。サインや、サイン」

「うーん。サインしちゃうと、他の子にも同じことしなくちゃいけなくなるからね。お断りします。それに、私は東野吹雪じゃないから」

 いいんちょが両手を合わせると、ステージの上にマイクを握った黒スーツ姿の男性教師が立った。


「只今より姉妹校交流会を開催します。それでは、トークで交流を深めてください」

 そんなアナウンスの後で始まった両中学校の交流会は、思わぬ方向へ舵を切る。

 一瞬で他校の男子生徒の殆どが席から立ち上がり、ゾロゾロと動く。

 そして、気が付いたころには、彼らが俺やいいんちょの周りを囲んでいた。


「おい、鈴木、江藤、お前らズルいぞ! 俺たちも吹雪ちゃんと喋りたい!」

「そうだ、そうだ」

 そんな声が体育館に響き、俺といいんちょは互いの顔を見た。

 この場に集まった男子たちは、いいんちょがあの人気アイドルだと疑ってない。

 この状況をどう切り抜けるのかと悩むウチのクラスの学級委員長が唸り声を出す。

「うーん。それなら、持ち時間1分で握手会でもしちゃおうかな? 邪魔にならないように1列に並んでね。倉雲くんはハガシ担当ね」

「いいんちょ、ハガシって何だっけ?」

「時間になったら、交代するよう指示する人だよ。はい。みんな1列に並んで。最初は鈴木くんからだよ♪」


「いいんちょが東野吹雪を演じてやがる」と心の中でツッコミを入れた俺は、そのまま席を立ちあがった。


「はい。鈴木くん。今日はよろしくお願いします。早速ですが、この学校の良いところを教えてください」

「えっと、部活動が充実してるところやな。特に剣道部が強いねん」

「そうなんだ。スゴイですね。ところで、鈴木くんは、何部なのかな?」 

 いいんちょが興味津々な態度で問いかける。その一方で、他校の男子生徒は緊張しながら、目の前のアイドルと顔を合わせる。

「陸上部で長距離走ってるわ」

「速そうですね。流石です」

 

 いいんちょの会話を近くで聞いていた俺は、目を疑った。

 高いコミュニケーション能力で相手を褒めまくる様子は、何かの番組で見たアイドルの握手会の様子と似ている。

 いいんちょの演技力もスゴければ、ここに男子たちを集めた東野さんの存在感もスゴイ。


 東野吹雪の人気を改めて実感した頃、最初の1分が経過した。

 

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