第2話 初めてのデート

俺のクラスの学級委員長は、一肌脱ぎたいらしい。

「この本によれば、普通の中学生、倉雲奈央。彼には街一番のお嬢様、小野寺心美と結婚する未来が待っていた。昼休み、壁ドンで心美と奈央は急接近。そして、放課後、奈央は心美に週末の予定を聞いて……おっと、これは少し未来の話でしたね」


 本日最後の授業直前の休み時間、俺のクラスの学級委員長は、そっと文庫本を開き、クラスメイトたちに呼びかけた。現在、俺のクラスには、数学の教科書を俺に返しに来た小野寺さんもいる。もっとも小野寺さんは恋バナ好きなクラスメイトたちに取り囲まれているのだが。そんな中で、俺の彼女っていうことになっている小野寺さんは目を輝かせた。


「すごい。もしかして、その本に未来のことでも書いてあるの?」

「いや、いいんちょが持ってるのは、ただの恋愛小説だから、ねつ造だな」

 すかさずツッコミを入れた俺を前にして、学級委員長は胸を張る。

「壁ドンしたんだから、デートでもしちゃえばいいのにって言いたかったの。別に土日じゃなくても、今日やってもいいんだよ。放課後デートでカラオケに行くとか」

「それいいですね。えっと、誰でしたっけ?」

 小野寺さんは楽しそうに委員長との距離をグイグイ迫る。その直後、ジッといいんちょの顔を見た小野寺さんは思わず眉を潜めてしまう。

「椎葉流紀。みんな、いいんちょって呼んでる、このクラスの学級委員長だよ。心美ちゃん、よろしくね。二人の恋、応援してるから!」

「……流紀ちゃん、私、倉雲君とデートしたいです。スケジュール調整して、近いうちにデートします!」


 元気よく宣言する心美の顔を見てウットリしたいいんちょは、俺の方に視線を向け、首を傾げて見せた。

「そうそう、頑張ってね。それはそうと、倉雲君、受け身でいいの? もっとこう、自分から積極的になったほうがいいと思うよ。ということで、デートコース、任せたわ」

「だから、付き合ってもないのに、デートなんて……」

「そんなに難しく考えなくてもいいよ。ほら、友達と遊びに行く感覚でね。何なら私が相談に乗ってもいいよ。おすすめは隣町のホテルでやってる人気のケーキバイキングかな? カップル客が多いから」

「だっ、だから、まだ小野寺さんと俺は付き合ってないんだ。そんなカップルだらけのところに二人きりで行ったら、ホントに付き合ってるみたいになるだろう。小野寺さんと俺はただの友達だ」

「友達なら一緒に遊びに出かけてもいいじゃない。ケーキバイキングなら、私クーポン券持ってる。それに、あの店ならカップル割もあるんだよ。クーポン券との併用で500円でケーキ食べ放題できるらしいよ」


 財布からクーポン券を取り出したいいんちょが赤面する俺に近づく。その近くで小野寺さんはこっそりと携帯電話を取り出し、画面を見ていた。

「土曜日の午後なら大丈夫そう。それと、私はケーキバイキングより倉雲君が普段行ってるところのほうがいいな」

 頬を赤く染めた小野寺さんと目が合い、俺は思わずドキっとした。

「ホントにいいのか? 近所のゲーセンとかになるけど」

「いいよ。普段、どんなところで遊んでいるのか気になるから」

「そうか、じゃあ、今度の土曜日」


 約束が交わされた後、俺はハッとした。いつの間にか流れで小野寺さんとデートすることになっていたのだ。目の前の小野寺さんの笑顔を見て、思わずほっこりしてしまう。まさか、自分は小野寺さんのことが好きになっているのではないだろうか? そんな疑念を抱いている間、小野寺さんはなぜか唸っていた。

「倉雲君。流紀ちゃんの顔、誰かに似てるような……」

「いいんちょに似てる芸能人がいるって話、聞いたことないな。もしかしたら、何かのパーティーで会った人と似てるとか?」

「うーん。もうちょっとで思い出せそうなんだけど。まあ、それはそうと、デート、楽しみにしてる」

 かわいらしく微笑む小野寺さんが、教室から出て行った。



「いいんちょ、ケーキバイキング、クーポン券、使わないなら、一枚ほしい」

 そんなクラスメイトの声が近くで聞こえてきた。よく見るといいんちょの近くに女子たちが集まっている。この時、俺はおかしいと思った。いいんちょは呼びかけられているにも関わらず、何も答えようとしない。難しいことでも考えているような横顔。違和感を覚えていると、いいんちょは少し遅れて反応する。

「あっ、ごめんなさい。少し考え事してた。クーポン券、使わないから、はいどうぞ」

 クーポン券をクラスメイトに差し出した後、いいんちょは溜息を吐く。あきらかにおかしい。小野寺さんとデートの行先が近所のゲーセンに決まった辺りから、おかしくなっている。まさか、悪いことでもしたのか? 心配になった俺は、いいんちょの元へ駆け寄った。


「いいんちょ、もしかして、俺が何かしたのか?」

「……えっと、一応確認ね。ゲーセンって商店街の近くにあるあそこのことだよね?」

「ああ、そうだが、それが何か問題なのか?」

「……ううん、何でもない。それはそうと、次の授業はホームルームで月イチ恒例の席替えだったね。心美ちゃんのためにも、倉雲君の隣の席確保しないと」


 はぐらかされたと思ったが、これ以上追求する勇気が湧かない。

「おいおい。なんでアイツのための俺の隣の席を確保しないといけないんだ?」

「あっ、やっとアイツ呼びになった。ほら、隣の席に座っていろんなことしたいでしょう? 休み時間、お隣でおしゃべりしたり。放課後、隣の席に座って勉強を教えあったり。隣の席こそ学生カップルの自由の象徴と言っても過言じゃない。一緒に過ごす時間を増やすことで、距離も近くなっていく」


 目を瞑り力説するいいんちょの姿を見て、俺の頭にいくつも光景が浮かび上がった。休み時間、隣でゆっくり話す。放課後、隣の席に座って勉強を教えあう。いいんちょが言うように、隣の席だったら、いろんなことができる。そう理解できた後、なぜか小野寺さんの笑顔が頭を過る。

「いいんちょが俺の隣の席になったら、休み時間とか小野寺さんに席を譲るってことだな。そううまくいくとは思えないけど、その話、乗ってやる」

 照れながらそう告げると、いいんちょは悪戯な笑みを浮かべた。

「そう。約束ね」



 そして、席替えが始まる。いいんちょは、教卓の前に立ち、クジが入った正方形の箱を教卓の前に置く。黒板には席順を示す図が数字と共に書いてある。黒板の右端には、クラスメイトたちの名前が入ったマグネットが貼られている。

「はい。恒例の席替えを始めます。助手は、今日話題の倉雲君。よろしくお願いします。最初にクジ引いていいから」

「俺かよ」

 呟きながら、俺は教卓の前に立った。そして、箱の中をかき混ぜながらクジを引く。

「6番。一番後ろの席か」

 思わず呟き、自分の名前が書かれたマグネットを剥がし、図の中にある6番という文字の上に張り付ける。その時、俺は勝ち誇ったような表情になった。ここなら5番か12番を当てなければ、隣の席にはならない。確率にして2/35。これならいいんちょが俺の隣の席になる確率は低い。ニヤニヤと笑う俺の顔を見ても、いいんちょは表情一つ変えなかった。


 そして、一番右端の列から順番に、クラスメイトたちがクジを引いていく。その度に俺はマグネットを剥がし、数字の上にそれを張り直していた。

 10人目。制服の上に黒いパーカーを羽織っている女子が箱からクジを取り出し、いいんちょに見せる。その数字を見ても、いいんちょは顔色一つ変えなかった。

「黒夜さんは12番」

 そう読み上げた後、俺はいいんちょから紙を受け取った。そこには確かに12番と書いてある。この瞬間、俺は勝利を確信した。この時点で俺のひとつ前の席にいいんちょが座る確率は1/25になったのだ。余裕たっぽりな表情を浮かべながら、残り24人の誰かが5番を引くのを祈る。


 だが、その時はなかなか訪れない。次々と席が埋まっていき、残りは2人。5番か24番しか残っていない。気が付いたころには1/2の確率になっていた。明らかに何かがおかしいと考えている間に、左端の列の一番後ろの席に座っているクラスメイトが箱から手を取り出す。


「秋山くん、24番。ということで、残ってる5番が私の席になります」

 宣言した後、箱から5番と書かれた紙を取り出し、にっこりと笑う。そんないいんちょの姿を見て、俺は驚きを隠せなかった。

「じゃあ、カバンとか持って、新しい席に座りましょう。それと、倉雲君。お手伝いありがとうございました」

 そう言い席替えをお開きにした後、いいんちょは唖然とする俺の耳元で囁く。

「偶然って怖いね」

「いや、違う。いいんちょ、クジに細工しただろ?」

 顔を強張らせながら、疑念を口にするが、いいんちょはその声を鼻で笑ってみせた。

「まさかね。ただ運が良かっただけでしょう? 朝のニュースの星座占いコーナーで1位だったからね。これくらい余裕だよ」


 謎を一つ残し、運命の席替えは幕を閉じたのだった。俺の右隣の席には、いいんちょが座っている。次の休憩時間から、別のクラスにいる小野寺さんと椅子に座って話すことができる。こんな楽しい妄想をしながら、チャイムが鳴るのを俺は待っていた。

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