俺のクラスの学級委員長は、取り調べしたいらしい。
昼休みも中盤に差し掛かった頃、ウチのクラスの学級委員長の椎葉流紀は、赤面しながら俺の机の前に立ち、優しく微笑んだ。
「倉雲くん。見たよ。誰かに壁ドンしてるとこ。あのドジで冴えない倉雲くんが、あんなことしてるなんて、私、驚いちゃった。ねぇ、教えてよ。相手は誰? 顔は見えなかったけど、ウチの学校のスカートが見えたから、相手は女子でしょ? もしかして、このクラスの誰かかな?」
学級委員長は、俺にグイグイと近づき、追及していく。その瞳は明るく、輝いているようだった。
「ああ、勢いで小野寺さんに……」
ゾッと俺の机の周りにクラスメイト達が押し寄せる。全員が聞き耳を立てて、俺の話を聞いている。
「へぇ、相手のこと、小野寺さんって呼んでるんだ。まだ苗字呼びってことは、まだ付き合ってないんだね?」
「だから、小野寺さんは、ただの友達で……」
慌てて否定すると、委員長はいきなり机を叩いた。
「はい、ダウト。ただの友達で壁ドンなんてありえないよ。何なら、この場でアンケートやろっか? みんな、目を閉じて正直に答えて。この中で異性の友達同士で壁ドンしたことある人、手を挙げて」
当然の結果だが、誰も手を挙げようとしない。それを受け、学級委員長は胸を張る。
「ほら、誰も異性の友達と壁ドンなんてやったことないってさ。友達以上恋人未満ならあり得るかもだけど。じゃあ、次の質問。小野寺さんの名前は?」
「心美だ」
「小野寺心美ちゃんね。どこのクラス? このクラスには小野寺って名前の子なんていないから、別のクラスだよね?」
みんなからいいんちょと呼ばれている少女は、すかさずメモ帳とシャープペンシルを取り出し、小野寺心美という文字を記す。それを見た俺は首を横に振る。
「それが分からないんだ。同級生だってことくらいしか、知らない」
ハッキリと答えた俺の目をいいんちょはジッと見つめる。
「うん、ウソは言ってないみたいだね。何か手がかりとかないの?」
「そういえば、体育のサッカーで俺がこけるところを窓から見ていて、面白かったって言ってたな」
「なるほど。じゃあ、C組かD組のどっちかってわけね。体育は隣のクラスと合同でやってるから。次はみんなが気になってそうなこと聞こうかな? ズバリ、心美ちゃんとどこで出会ったの?」
「えっと、2週間くらい前の雨の日だったな。その時、俺は傘を忘れて困っていたんだ。そんな時、小野寺さんが傘を指し出してきて……」
「そのまま一緒に相合い傘して帰ったっと。みんな、聞いた? 初対面で相合い傘お持ち帰りだってよ」
いつの間にかメモ帳に、雨の日、一緒に相合い傘をして帰ったと書かれ、俺は思わず顔を赤くした。
「人の話を最後まで聞け! その時は一緒に帰らなかったんだ。それで、この前の日曜、小野寺さんは俺の家に突然やってきて……」
「そのまま、婚約はちょっと法律的に早いから、自宅デートしたっと」
「だから、人の話を最後まで聞け! 小野寺さんは俺に会いにきてくれたんだ。隣の家に住んでるから、いつでも会えるって言ったのに」
「隣の家……あっ、分かった。幼馴染さんだ!」
「違う。俺の家の隣に、大きな洋館がある。小野寺さんは、そこに住んでるらしいんだ」
「ああ、確か、この街一番の大金持ちだっけ?」
「でも、あの家に住んでいるのは大金持ち。そんな家の娘が、こんな中学に通ってるわけないんだが。まあ、俺の母さんは、応援してくれてるけどな。これで結婚したら、玉の輿だって」
「家族公認カップルとして認められてから、数日後に壁ドン。祝え! このクラス初めてのカップル誕生の瞬間であるっと。ああああ、もっと早く教えてよ。サイコーな恋バナ。ダメ。聞いてるだけで、胸がドキドキしちゃうよ」
ウチのクラスの学級委員長は、頬を赤く染め、両手で自分の顔を隠した。そんな顔を、クラスメイトたちはこれまで一度も見たことない。それから、数秒経過し、いいんちょは、再び俺の机を思い切り叩く。
「そうだった。私は応援するからね。このクラス初めてのカップル誕生。それを祝して、倉雲くんと小野寺心美ちゃんの恋物語を、改めて朗読します」
「朗読だと!」
いいんちょは呼吸を整えてから、クラスメイトに言い聞かせるように語り始める。
「二人が出会ったのは、ある雨の日。その時、倉雲くんは傘を忘れて困っていました。そんな時、小野寺さんは彼に傘を指し出して、そのまま、一緒に相合い傘をして帰りました。それから、この前の日曜日、隣の洋館に住んでいる小野寺さんは、倉雲くんの家を訪ねてきました。二人は自宅デートをして、いつしか家族公認の仲になりました。そして、今日、倉雲くんは小野寺さんに壁ドン。彼氏になったんだから、俺だけでも見てろ的なことを言いました。祝え! このクラス初めてのカップル誕生の瞬間である」
クラスメイトたちが、一斉に拍手した後、いいんちょは頭を下げた。その話を最後まで聞いた俺は、慌てて両手を振る。
「ウソだ。俺はまだ小野寺さんと付き合ってないんだ。信じてくれ! 頼む!」
こんな戯言を、クラスメイトたちは一切聞かない。周囲から喜びの声が沸き上がり、家族公認カップルコールが響く。そんな時、いいんちょは両手を叩いた。
「そうだ。倉雲くんの彼女の顔、見たいよね? 倉雲くん。小野寺さんの写真とか撮ってないの? ないんだったら、見に行っちゃおうかな?」
「倉雲君」
突然、ドアが開き、小野寺さんが顔を覗かせた。「小野寺さん」と俺が彼女の名前を呼ぶと、いいんちょやクラスメイトたちは一斉にドアの前に立つ少女に注目する。
「コイツが倉雲の彼女か?」
「倉雲にもったいないくらいかわいいじゃん」
そんな声も聴き、次の瞬間には、恋バナ好きなクラスメイトたちは小野寺の周りを取り囲んでいた。
「倉雲君、次の授業で使う数学の教科書借りに来ただけなんだけど、これは何? なんか歓迎されてるってことは分かるけど……」
輪の中から困った声を聞いた俺は、彼女を助けるために席から立ち上がった。数学の教科書を手にして。
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