第4日「せんぱいが好きな食べ物は、なんですか?」

 # # #


まはるん♪:おはようございます!

まはるん♪:せんぱい♡


 LINEのメッセージ受信音で、目が覚めた。

 画面の時計を確認すると、目覚ましをかけている時刻の2分前だ。さすがに寝直せない。



 昨日は、少しのカタルシスと引き換えに、後輩ちゃんにLINEのアカウントを渡してしまった。

 どうせいつかは持っていかれたんだ、三連休が守られただけよかった……と思う反面、これからどれだけのメッセージの集中砲火を食らうんだろうと思って、授業にもおちおち集中できなかった。


 実際は、ぜんぜんメッセージは飛んでこなかった。

 トーク欄に残っているのは、登録した直後に交わした、このやり取りだけだった。


まはるん♪:せんぱい、これからどうぞよろしくお願いします!

井口慶太 :あ

井口慶太 :はい


 いくらなんでも、女子へのLINEとして「あ」は雑すぎたらしい。その場で訂正を要求されて、こうなっていた。


 しかし。昼休みも、放課後も、夜になっても、奴からのメッセージは届かなかった。

 あのおしゃべり好きな彼女のことだから、昼夜問わずひっきりなしにテキストが送られてくるものだと思っていただけに、少し拍子抜けしてしまったのは内緒である。


 で、朝に届く、と。

 タイミングも完璧すぎる。あいつ小型カメラとか盗聴器とか仕掛けてないだろうな。さすがに無いと信じてるぞ?

 気の利いたことを返すのも面倒なので、既読だけつけて放置した。伝家の宝刀・既読スルーの発動だ。俺は何もしないだけなんだけど。


 * * *


 せっかくLINEを交換したのに、昨日は特に何も送る気になれませんでした。その日の質問もしちゃってましたし。

 授業が無い日のために交換したので、確かに使う必要はないんですけれど、何もしないというのも癪です。

 ということで、今朝は「おはようございます」と送ってみました。


 すぐに既読はつきましたけれど、返事のメッセージは来ません。どうせ「面倒だ」とか思ってるんでしょうね。まったく。こっちはか弱い女の子なんですから、少しは大切にしてくれたっていいと思うんです。


 # # #


 いつもの電車に間に合うように駅に行くと、やっぱりいつものように後輩ちゃんはそこにいた。


「おはようございます。せんぱい」


「やあおはよう」


 無難な挨拶を返した。


「ところで、せんぱい。ひとつお聞きしますね。わたしがおはようございますと伝えるのは本日二度目なわけですが、どうして一度目の時せんぱいはお返事をくださらなかったのですか?」


 若干の皮肉を込めて、彼女は問うて・・・くる。


「どうしてって……スマホの画面フリックして返事するのが面倒だったから・・かな」


 問われた・・・・からには、きっちりと答えた。

 怒られそうな理由ではあるけれど、事実なのだから仕方ない。


「もうちょっと大切にしてくださいよ。これでも女の子ですよ? わたし」


「だってLINEって気の利いたこと返さないといけないんだろ? 昨日お前が言ってたじゃん」


「うっ……それは……」


「で、それ考えるのって結構面倒だし」


「読んだら読んだって合図が欲しい人だっているんですよ、せんぱい。わたしみたいに。スタンプのひとつでもいいので、お返事してくださるとうれしいんですけど……」


「その合図が既読機能だろ?」


「それはそうですけど……」


「はい論破ー!」


「……せんぱいって、意外とこどもっぽいところあるんですね。見直しました」


 後輩ちゃんが、楽しそうな笑顔を浮かべる。


「いやだって俺まだ未成年だし? そりゃ子供だよね」


 子供だから、今日もこの目の前の後輩ちゃんあくまにどうにか一杯食わせようと画策しているんだよ。昨日のあれで、ようやく対戦成績が五分になったんだから。


「そういうところですよ」


 後輩ちゃんは、そのまま話すのをやめて、左手で持ったスマホを突っつきはじめてしまった。

 え?

 いいの?

 読書していいの? スーパー読書タイムはじめちゃっていいの?

 最近は車両の中でのポジションが誰かさんのせいで悪いから片手で持ちやすい文庫本を今日は持ってきたんだけど、ほんとに読んじゃっていいの?

 まだ一駅しか過ぎてないよ?

 ほら。俺に聞きたいこととか、まだまだいっぱいあるんじゃないの?


 ……いいや。そういうことならいいや。

 俺も、本読むもん。


 # # #


 結論から言うと、ダメダメだった。

 いつ、彼女が質問してくるのかが気になって、そわそわしてしまって、ぜんぜん本の内容が入ってこなかった。今日はまじめな本を持ってきたのもいけなかった。

 どうしても視線がページの上を滑り、そのまま彼女の方に吸い寄せられていってしまう。


 別に、彼女のことが気になる、とか、そういうわけじゃないんだけど、ただ、いつになったらこいつの鼻を明かせるタイミングが来るのかと心待ちにしているだけで……

 とっとと質問してくれよ。


 質問してくれたら、「もう今日の・・・・・分は答えた・・・・・」って、精一杯のドヤ顔で言ってやろうと思ってるのに。


 * * *


 ふふふ。焦ってますね。

 さっきからこっちをちらちら見てるのがまるわかりですよ、せんぱい。


 おおかた、わたしが何も質問してこないのを不思議に思っているんでしょう。

 そりゃそうですよ。さっき、「どうしてLINEの返事をくれなかったのか」って質問したんだから。2問以上聞いても、この人は突っぱねてくるに決まっています。


 さて、どこまで気付いているか、ですが――


 # # #


「なぁ」


 降りるまでの駅数はじりじりと減っていき、ついに、ひとつ前の駅でドアが開いた時。

 俺は我慢しきれずに、相変わらず上機嫌にスマホをいじる彼女に声をかけてしまった。


「今日は、何も聞いてこないのか?」


 もはや、罠とか罠じゃないとかはどうでもよくなっていた。

 彼女から何も個人情報を抜かれないのは、なんとなく落ち着かないのだ。


「え?」


 瞬間、後輩ちゃんが舌なめずりをしたような気がした。

 まるで、罠に嵌められたのは俺だ、とでも言いたげに。



「せんぱい、そんなにわたしに質問してほしいんですか? もう、わたし、今日の分の質問はしましたよね?」


 マジか……!

 こいつ、そこまで意図して……

 完璧に一枚上手を取られてしまった。これではまるで、俺は聞かれたがりだ。


 せめて、抵抗を……


「あ、ちなみにこの2問は契約じゃなくて自由意志に基づく質問なのでせんぱいは答えても答えなくても嘘ついても何しても構わないですよ?」


 ああ、負けた。

 今日は、俺の負けだ。もう何したって、言い訳にしかならない。


 * * *


「……なんでも聞いてくれ。もう1問だけ答えてやる」


 わたしが待ち構えているところまでは、気付いていなかったようですね。

 戦利品は、もう1問、せんぱいに聞く権利みたいです。1日で回復するのに。まあ、いいです。


 ここは、今までのやり取りなんてきれいさっぱり忘れて、誠実に、めっちゃベタな質問をしましょう。


「せんぱいが好きな食べ物は、なんですか?」


「は? 食べ物?」


「はい。飲み物でもいいですけど」


「いちご、かな」


「へー」


「あの甘酸っぱさと、種と果肉の混ざった食感がなんか好きなんだよ」


「やっぱりせんぱい、けっこうお子様ですね! かわいいですよ」


「うるせー。子供で何が悪いってんだよ。後輩ちゃんこそ、何が好きなんだ? あ、この質問が俺の『今日の一問』ってことで」


 よっぽど、「せんぱい」とか「せんぱいとの会話」とか答えてやろうかとも思いましたけれど、それはまた今度。この人、どんな反応するんでしょうね。


「わたしですか? んー、パンケーキとか、甘いもの好きです」


「スイーツ(笑)」


「わざわざ『かっこわらい』まで発音しなくていいじゃないですか。いじわる」


 こんな話をしていると、電車はあっという間に次の駅、学校の近くに着いてしまいました。

 今日のおはなしはここまで、ですね。

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