第89日「明日の放課後、暇か?」

 # # #


 期末テストも、3日目ともなればさすがに慣れてくる。

 用紙が配り終わって名前だけは書いて、定時になるのを待つ間の緊張感とか、私語のない環境で、50分間頭をぐるぐる回す感じとか。


 朝の電車の中に後輩ちゃんがいないこと、とか。

 帰りの電車には後輩ちゃんがいること、とか。


 後半はテスト関係ないな。

 テスト「期間」特有のことではあると思うけど。

 とにかく、今日も俺はひとりで電車に揺られて、学校に向かうのだった。


 せっかく話し相手がいないし、テスト直前も直前だし、電車の中ではノートとか教科書とかプリントの確認をすることにしているのだけれど、やっぱり落ち着かない。そして眠い。昨日はちょっと、寝るの遅くなっちゃったし。誰かが流れ星見ましょーなんて言ってくるからだ。もう、まったく。


 いつもは後輩ちゃんがすっぽり収まるドア横のスペースを自分が占めて、いつもとは違う向きに電車の加速度を感じて、耳からではなく、目だけから情報を入れていく。

 うーん……落ち着かねえ……

 静かだし落ち着かないし微妙に眠いし、なんというか、本調子じゃない感じがすごいする。


 悶々としつつ問題たちを眺めていると、電車はあっという間に学校の最寄り駅に到着してしまった。ホームに出て、ぐぐーっと伸びをする。

 3日目。今日は2教科。明日も2教科だから、残りは4教科。

 せいぜい、生徒会長の肩書が傷つかないように、がんばろう。


 * * *


 ひとりで、学校に行く電車に乗りました。

 いつもより、1時間くらい遅い時間になります。

 せんぱいは、そろそろ教室についたころでしょうか。


 この時間になると朝の混雑もおさまって、すいているわけではないけれど、椅子もちらほらあいているくらいの状況になるようです。

 てきとうなところに腰かけて、ぼーっとします。


 テスト直前なのに、ぼーっとします。まあ、ワケがあるのですが。

 電車の中で本を読むと、なぜかわたしは酔ってしまうので。スマホならだいじょうぶなんですけどねぇ。

 きのうのうちに一通りは勉強してますし、教室についてから「マジやばいから」とかいって確認すればいいんですよ。そのためにちょっと早めの時間にしてるんですし。


 に、しても。

 今日で、せんぱいといっしょに登校しないのが、3日連続になります。

 なんか、今までは毎日いっしょに軽口を叩きあっていたのがなくなってしまって、すごくふしぎというか、違和感っていうんでしょうか、とにかく、落ちつかないです。

 週末とか、いくらでも間があく機会はあったはずなのに、平日の朝、せんぱいといっしょにいないってだけで落ち着かないです。


 はじめは、こんなになっちゃうなんて思っていなかったんですけれど。

 いつのまにか、生活の一部みたいになっちゃってました。せんぱいとおはなしをするのが、あたりまえになっちゃってました。

 ……むぅ。


 そんなことをぼーっと考えたりスマホをいじったりしていたら、気付くと電車は学校のそばの駅に到着しました。

 テストなんて、日をわけずに全部いっぺんにやっちゃってくれたっていいんですけどねえ。受験みたいに。今日は1科目だけですけど、ちょっとはがんばりましょう。せんぱいもがんばってることですし。


 # # #


 ふー。終わった終わった。

 まあ、テスト期間はあと1日あるんだけど。逆に言えば、あと1日だけ乗り越えれば、残りはもう冬休みみたいなものだ。

 冬休みが短い、というのはこの際無視しよう。ゴールデンウィークに毛が生えたくらいで長期休みを名乗ってるんじゃないよ。まあとにかく、もうすぐ冬休みなのだ。

 ……冬休みの前に、大事なことがあるけど。終業式で、全校集会で、ああもう。


 駅に向かう道を歩きながらそんなことを考えていると、ぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえた。


「せんぱーい!」


 今日も元気そうに、後輩ちゃんがそこにいた。

 まったく。寝不足気味の俺とは大違いだ。


「ああ、おはよう」


 2限が終わったくらいの時間だから、まだ朝と言えなくもない。

 学校もなあ、2コマしかやらないんだったら2限と3限とかにしてくれればいいのに。どうして杓子定規に1限から始めるんだよ。


「おつかれちゃんですか?」


「なんだその響き」


「あ、おつかれくんですね」


「そういう話か?」


「だって、なんか、つかれてる感じですもん」


「まあそりゃ、テストとかテストとかテストとかあったし」


 疲れてないわけじゃない。


「……ごめんなさい」


 横に並んで歩く後輩ちゃんにいきなり謝られて、こっちがびっくりした。


「は?」


「きのう、夜ふかしさせてしまって。今日はテストなのに」


 あら。そこ気にしてたのか。


「だって、せんぱい、いつもは早く寝るんですよね」


「……まあ」


「だったら、わたしのせいじゃないですか。あんな時間に通話かけちゃって」


「気にしてないぞ」


 実際、今日のテスト解いてる感触は普段と変わらなかったし、1日くらいなら多少寝るのが遅くなっても問題ないことはわかった。

 ……2日連続になると、怪しい気もするが。明日は数学もあるんだ。さすがに寝不足で臨むのは避けたい。


「ほんとですか?」


 後輩ちゃんが、子猫みたいな上目遣いを向けてくる。


「きれいだったし。むしろありがとうって感じ」


 茶化す気には、なれなかった。


「……なら、よかったです。こちらこそ、ありがとうございました」


 俺もだいぶ、甘くなったなあ。


 * * *


 今日も、いつものように、いつもの場所で、向かいあいます。


「疲れたわ」


「わたしは1教科なのであんまり」


「あーはいはい。来年苦しめ」


「せんぱいこそ、来年はもっと科目増えるんですよね?」


「うっ……」


 そんな話は置いておきましょう。

 せっかく、明日でテストが終わるのです。今のうちに、約束をちゃんととりつけておこうと思ったんです。


「ところで、せんぱい」

「なあ、後輩ちゃん」


 そう思って切り出したところ、見事にせんぱいと声が重なりました。

 ここでゆずってしまったら、また、めんどうなことになります。古典的な「あっ……そっちからどうぞ……」「いや……そっちから……」みたいなことはやりません。


「『今日の一問』いいですか?」

「『今日の一問』なんだけどさ」


 せんぱいも、ひいてくれませんでした。


「俺が先でいいな?」


「わたし先です」


「いや俺でしょ」


「わたしですって」


 何回か言い合ったあと、せんぱいがこんな提案をします。


「わかった。同時に言おうぜ」


「お互いがお互いで聞こえなくなりそうです」


「それもそうか……」


 んー。どうしましょう。


「思いつきました」


「ん?」


「ラインで同時に送りましょう」


 そういうことになりました。


 # # #


 公平を期すため、カウントは交互に行うことになった。


「打ち終わったか?」


まはるん♪:[スタンプを送信しました]


 ヘンなスタンプが送られてきた。


「打ててねえじゃないか」


「だいじょうぶですよ、コピーしておいたので」


「ほう、じゃあ行くぞ?」


「3」


「2」


「1」


井口慶太 :明日の放課後、暇か?

まはるん♪:明日終わった後、時間ありますか?


「せんぱい、フライングですよ」


「いや、ほぼタイミング同時だっただろ別に」


 に、しても。


「結局、内容同じじゃねえか」


「そうですね」


 あはは、と笑って、後輩ちゃんがスマホに何ごとかを打ち込む。


まはるん♪:それで、お返事は?


「ああ、暇だよ」


「はい、わたしもです」


 どこで何しようかなんて、全く考えていないけれど。

 とにかく、一緒に何かすることは決まったのだった。

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