第80日「わたしの写真って、何枚もってますか?」

 # # #


「おはようございまーす」


 はー、と吐き出す息が白くなるほど冷え込んだ朝のホームに、いつものとおりに後輩ちゃんが立っている。


「おはよう」


 今日のテンションはふつう、といったところだろうか。

 彼女が特別わかりやすいのか、それとも毎日話しているからというだけなのかはわからないけれども、挨拶を交わすだけで後輩ちゃんの機嫌がだいたいわかるようになってきた。

 まあ、悪い気はしない。


 ともあれ、電車はまだ来ていないわけで、後輩ちゃんの隣に並んでやってくるのを待つわけだ。

 普段ならここでどちらかが話題を振るのだけれど、今日はふたりとも口を開かなかった。寒くて眠くて、俺は何か考える気にすらなれなかった。

 ふたりの間に沈黙が降りても、嫌な感じはしない。それだけのことが、とても不思議に思える。


 俺は横目で後輩ちゃんを見て、後輩ちゃんも横目で俺の方を見ていた。

 電車が来るまでの数分間、俺たちふたりは、安らかさ、みたいなものを感じていたのだと思う。


 # # #


 電車がやってきて、いつもの場所にささっと収まる。


「どうしたんですかせんぱい、黙っちゃって」


「それはこっちのセリフだ。どうしたんだよお前」


「どうしたってどうもないですよ。ただ特に話すこともないかなーって」


 頭の後ろを掻きながら、彼女が話す。


「あ、話すことというか聞きたいことあったんでした」


「あったんなら先に言えよ」


「いいじゃないですか、ちゃんと思い出したんですから。ほめてくれたっていいんですよ、せんぱい?」


 なんでこれくらいで褒めなきゃならんのだ。


「絶対褒めてやんねえ」


「あっはい。じゃあそんなツンデレなせんぱいに『今日の一問』です」


 どこがツンデレなんだよ。

 と、後輩ちゃんからの「一問」に意識を集中する。


「せんぱい、わたしの写真って、何枚もってますか?」


 * * *


 女の子どうしだとけっこう写真っていっぱい撮って、SNSに投稿するんですけどねー。

 せんぱいに写真撮られたことはないですし、撮ったおぼえもないです。


「あー……」


 電車の車両の天井の方を見つめて、何かを思い出そうとしたせんぱいからの答えは、予想していなかった方でした。


「1枚……いや、2枚か」


「は!?」


 ちょっと、おどろきました。

 1枚ってのはわかります。いつかの夜に、せんぱいに送りましたから。

 でも、2枚って、なんですか?

 口が勝手に回りはじめて、せんぱいの両方の肩をがしっとつかんでまくしたててしまいました。


「どうしてわたしの写真あれ以外にもせんぱいがもってるんですか隠し撮りですか隠し撮りなんですよねそれひどいですよいつの間に撮ったんですかそもそもだいいち肖像権とか授業でこないだ聞きましたけどあれどうなるんですかほらまず見せてくださいそれからさっさと消してくださいはずかしいので」


 せんぱいをがくがく前後に揺らして、何を言っているかわからないまま、とにかく言葉を吐き出しました。

 にしても、どこから漏れたんでしょうねー。まあわたし友だちも知り合いも多いですから、めぐりめぐってせんぱいのところまで、みたいな話はありえると思うのですが。

 と。せんぱいがどうしてか、にやりとしました。


「そんなに照れることでもないだろ?」


「は?」


 まだ文句を言われ足りないのかと思って、ふたたび大きく息を吸いこみました。

 もう一度言いたいことを言いまくろうかとした瞬間、せんぱいがネタばらしをします。


「いや、お前のLINEのアイコン、保存しただけなんだけど」


「……は?」


 拍子抜け、というのでしょうか。

 一人相撲、というのでしょうか。

 とにかく、勝手にわたしがはずかしくなっていたみたいですね。


 目の前に立つせんぱいが、あははは、と笑っています。


「別に盗撮したりしてないっての。LINEのやつ引っ張ってくるだけしかしてない」


「あんなのわたしの写真とは……」


「後輩ちゃんが写ってるなら後輩ちゃんの写真でしょ」


「あー、もう、いいです」


 このままだとちょっとくやしいので、お返しにせんぱいのこともいじってみます。


「そんなことよりせんぱいは、どうしてわざわざ保存なんてしたんですか?」


「は?」


 せんぱいがわたしの方を見て、ぱちぱちとまばたきをしました。


「いや、どうしてって」


「いつでも見れるじゃないですか、アイコンなんて。毎日ラインしてるんですし」


「ネットの情報はな、信用しちゃいけないし、いつ消えるかわかんないんだぞ」


 わたしから視線を逸らして、すこし茶化すような感じに、せんぱいはこう言います。


「だから、とっておきたかっただけ」


「へー、そうなんですかー」


「なんだよその信じてなさそうな口ぶり」


「いやいや、信じてますよ、せんぱいの言うことですし」


「ぜったい信じてないだろ……」


 # # #


 ここまで話してきて、俺にも気になることが出てきた。


「『今日の一問』していいか?」


「はい」


「後輩ちゃんは、俺の写真あれ以外に持ってるの?」


 パジャマ姿を送りつけたような記憶は、一応ある。


「もってないですよ」


 即答かよ。しかも、持ってないのかよ。


「隠し撮りは、なんかちがいますし」


「違うって?」


「ちょっとなんか卑怯な感じがします」


 卑怯、かあ。まあ「隠す」って言ってるくらいだしなあ。


「そういうもん?」


「そういうもんです。ということで、せんぱい?」


「何」


「写真、撮らせてください♪」


 機嫌よく、笑顔で、後輩ちゃんにこんなことを頼まれた。


「なんで?」


「いやー、毎日話してるのに写真一枚しかもってないなんて、おかしいじゃないですか」


「おかしくはないけどな」


「だから、撮らせてください」


 うーん。

 その論理だと、俺も後輩ちゃんの写真が欲しくなってくる。あの時の画像はメガネかけてるし、LINEのプロフの画像は横顔で、彼女のきれいな目があまりよく見えないのだ。コンタクトverの後輩ちゃんの写真もほしい。

 スマホのカメラを起動してこちらに向けてくる後輩ちゃんに、とりあえずこう言った。


「ここ、電車の中だから、とりあえずやめような?」


 * * *


 電車の中で撮っても、よかったのですけれど。まあ写りこんじゃったらよくないですね。

 とにかく、学校の最寄り駅に着きました。

 ホームの人もまばらで、ここなら迷惑がかからなそうです。


「じゃあ、撮っていいですかせんぱい?」


 こう聞いてせんぱいの方を見ると、せんぱいもスマホを構えていました。

 なにしてんですか。まったく。


「じゃあ撮るぞ、後輩ちゃん」


「なに言ってんですかせんぱいが写るんですよ」


「後輩ちゃんが写るんだよ。お前がモデルになるんだよ」


 押し問答をしていると、横を若い女の人が微笑んで通っていきました。こんな独り言を残して。


「ふたりとも入っちゃえばいいじゃない」


 そういうことに、なりました。


 # # #


 背景は適当にその辺の塀。それはどうでもいいのだ。

 問題は、結局被写体が俺と後輩ちゃんのふたりになってしまったこと。


 誰かにシャッターを押してもらうとか、そういうわけではない。

 俺の右側に立った後輩ちゃんが、スマホを右手に持って、腕を目一杯伸ばしている。


 俺は初体験である。

 イケてる女子高生がやる、「自撮り」というやつだ。


「撮りますよ?」


 隣で、後輩ちゃんが合図をくれた。


「はい、チーズ」


 後で送られてきた画像は、どうしてか、ふたりともすごく自然な笑顔をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る