第81日「せんぱいって、どんなケーキがすきですか?」

 # # #


 今日も寒い。

 12月だし、そりゃ寒いか。とにかく寒い。

 自転車に乗って駅まで来ると余計寒い。耳が冷たい。顔も冷たい。手は手袋してるからそこまでだけど。


「おはようさん」


「おはようございます、せんぱい」


 今日も後輩ちゃんは、ホームで待っていた。

 はー、と吐き出す息が白い。


「寒いな」


「さむいですね」


 電車がやってくるまで、ぼーっと、後輩ちゃんの存在を感じながら、ただ立っていた。


 いつもの位置に立って、今日はじめて、後輩ちゃんの顔をしっかりと見た。

 ん?

 なんだろう。物言いたげに、こちらを見つめ返してくる。

 ほんのり赤く染まった頬が、心なしか膨らんでいる。美人はこういう仕草もかわいいからずるいと思った。


「せんぱい、なにか忘れてませんか?」


 ほんとに物が言いたかったらしい。

 とは言われても、なあ。実際忘れてるのだとしたら、こんなこと言われたって思い出さないだろうし。

 まあ仕方ない。ちょっと考えてみよう。


「今月って12月だろ?」


「はい。師走です」


「それは話したな」


 12月……12月……

 定番でいえばクリスマスだけどまだ先だし。その前に期末試験があるか。

 んー。

 あれ? そういえば、こいつの誕生日、12月だったよな。何日だっけ。えーと。

 確か1と2しか入ってなかったのは覚えてるんだ、日付に。


「……誕生日か」


 思い出した。1212。12月12日だった。あと1週間じゃん。


「あら、覚えてたんですか」


「いや、忘れてた」


「ひどいです」


 いや、そう言われるとほんとに申し訳なくなってくるんだけど。


「ごめんな」


 半ば真面目なトーンで謝ると、後輩ちゃんはふふ、と笑う。


「うそですって、怒ってないですよ」


「それひどくない?」


「せんぱいの方がひどいので」


「結局ひどいんじゃんかよ俺」


 なんだよこれ。


「で、あれか。来週か」


「そうです、来週です」


 今日が6日の水曜日。12日だから……火曜日か。

 ところで、12月12日の火曜日って、なんか手帳に書き込んだような記憶があるんだけど、なんだっけ。

 あー。


「テストじゃんか」


「そうなんですよ」


 困りました、と後輩ちゃん。

 そう。後輩ちゃんの誕生日である12月12日から、今学期最後のイベント、期末試験が始まる。始まっちゃうのだ。


 * * *


「まあ、そんなことはおいといて、ですね」


「置いちゃうのかよ」


 これは聞いてなかったんですよね。

 まあ、だいたい予想はつくんですけれど。


「せんぱい、『今日の一問』です」


「え、ここでなの」


 変なタイミングでの質問にびっくりしているせんぱいに、質問をします。


「せんぱいって、どんなケーキがすきですか?」


「好景気」


 表情をぴくりとも動かさず、ノータイムでボケられちゃいました。


「ほんとに、怒りますよ?」


「嘘だって。んー。やっぱり俺はシンプルイズベストってことで。チーズケーキとかかな」


「なんか、せんぱいっぽいですね」


「何だよそれ」


「なんでも、ないですよ」


 # # #


 後輩ちゃんがこう言って微笑むと、それだけで何にも言い返せなくなってしまいそうになる。

 「せんぱいぽい」って。俺、そんなに筒抜けなのかなあ。

 まあ、でも、食べ物の好みが透けるくらいには、仲良くしているかもしれない。


「そういう後輩ちゃんは、何ケーキが好きなんだ? 『今日の一問』」


 いつもの通りに質問をして、これが後輩ちゃんの聞かせたかったことだと、俺に伝えたかったことだと気付いた。

 ほんとに、最近ぼーっとしすぎな気がする。前はもう少し考えてから、後輩ちゃんに対して色々言ってたように思うんだけれど。

 まあ、いいか。弱みを握られるわけでもないし。


「んー。なんだろなあ」


 おとがいに指を当てて、しばし考え込んでいる。


「前はパンケーキ好きって」


「パンケーキってケーキに入れていいものなんですか?」


「さあ?」


 そもそも、「ケーキ」をどう定義すればいいのやら。


「小麦粉が主成分で、甘いやつだったらケーキに入れていいんじゃね?」


「それだとビスケットとかもケーキになりますよ」


「チーズケーキにビスケットついてるじゃん」


「そういう話ではないとおもいます」


 うーむ。


「じゃあなんだ、小麦粉が主成分でふわふわの甘いやつ?」


「ふわふわって」


「ふわふわだろ」


 ケーキってだいたいふわふわしているものじゃないかなあ。ショートケーキとか、パウンドケーキとか。


「それスポンジだけじゃないですか」


「まあいいんだよ。それより後輩ちゃんは結局、どんなケーキが好きなんだ?」


「単純なものより、せっかくケーキたべるんだから、ごてごてしてたほうが好きですね」


「ほう」


「それこそ、ショートケーキとか、ですかね」


 確かに、「ケーキ」感は一番ある。実際、俺の誕生日にもショートケーキだったしな。


「参考にするわ」


「期待、してますよ?」


「期待はしないで」


「えー、祝ってくれないんですか?」


 テスト中はさすがに余裕ないんだよなー。


「祝ってやんない」


「えっ」


 彼女のびっくりした顔が、なんだか新鮮だった。


「当日はさすがに無理だろ。こんなんでも一応成績いいんだぞ。勉強させろ」


 後輩ちゃんが、むー、と、安心したようなむくれたような表情を浮かべる。


「ああ、そうですよね」


「週末でいいか?」


「まあ、そうですね。テスト終わってから、ゆっくりでいいですよ」


 後輩ちゃんが、目を合わせてくれない。


「ごめんな、ほんとは当日できればよかったんだけど」


 俺が謝ると、彼女はやっとこちらを向いてくれた。


「いいですよ」


 ふっと微笑んで、後輩ちゃんは、俺に頼みごとをした。


「そのかわり、たくさん祝ってくださいね?」

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