第79日「後輩ちゃん、耳当てとかってつけないの?」

 # # #


 今週も月曜日がやってきた。

 いい加減「テスト直前」の期間に差し掛かってきて、先生方もなんとか試験範囲を終わらせようとあの手この手で圧縮をかけて来る頃だ。詰め込まれるとノート取るの辛いし覚えるのも辛いからやめてくれって言いたくなる。

 ……まあ、これ言ったところでやめてくれる先生なんていないんだよな。はー、現実って辛い。


 まあ、まずは目の前の後輩ちゃんげんじつと、学校まで行くわけで。

 ひとまず挨拶を交わそう。


「おはよー」


「おはようございますせんぱい」


 12月4日。

 今日もコートとマフラーに小さな体と顔を埋めた彼女が、駅のホームに立っている。


「今日はE.T.の日らしいぞ」


「いーてぃー?」


「知らないか? まあ俺たち生まれる前だしなあ」


「あー、知ってます知ってます。映画でしょう?」


 説明しよう。『E.T.』とは、映画である。


「内容は?」


「そんなのしらないよう」


 冷たい北風が、冬のホームに立つ俺たちの間を、びゅうと吹き抜けていった。

 あー、寒い寒い。


「は?」


「ごめんなさい」 


 主人公と宇宙人が絆を結んでなんやかんやある物語らしい。観たことはない。


「自転車に宇宙人乗せると空飛べる、みたいなシーンが有名らしいぞ」


「あ、それなんか聞いたことあるかもしれないです」


「念力強すぎるよな。両輪浮かせるなんて」


「両方浮いちゃうんですかすごいですね。せんぱいも浮かせてくださいよ」


 内容のないことを話していると、電車がやってくる。


「片方ですら無理なのに」


「あー、なんかやってる人いますよね」


 テレビで見たことあります、と後輩ちゃんは言うと、電車のいつもの場所に収まった。


「ちなみに前だけ浮かせるのはウィリーって言うんだぜ」


 ありがとうマリオカートWii。


「へえ、そうなんですか。じゃあ後ろだけ浮かせるのは?」


「そんなのできるのかね」


 やってるところを想像する。確かにできそう、というか、理論上は可能そうだ。何て言うんだろう。

 好奇心に負けて、スマホを取り出した。助けてグーグル先生。


「カンニングするんですか」


「知らないもんはしかたないだろ」


 ジャックナイフ、と言うらしい。


 * * *


 そういえば、とせんぱいがこちらを向きました。


「最近、自転車乗ってる?」


 せんぱいに手ほどきを受けたのが、遠い昔のように感じられます。

 あれは確か11月の頭でしたから……ちょうど1ヶ月くらいなんですね。


「昨日、せんぱいが会ってくれるって言ってくれたら乗っていったんですけどねえ」


「お前、俺ん家来るつもりだったのか?」


「はい、もちろん」


 土曜日にお出かけはしてましたし。

 たまにはせんぱいのお母さまに顔を見せておかなきゃなあ、とも思っていたのですけれど。せんぱいが勉強したいというので、じゃまするわけにはいかなかったです。


「あー、よかった断っといて」


 すっきりしたような顔の中に、ちょっぴりだけさびしさみたいなものが見えた気がしました。


「なんですかそれ」


「いや、なんでもない」


「まったく……」


 素直になれない(ならない?)せんぱいも、見ていて楽しいです。 


 # # #


「で? それ以外は乗ってないの?」


「乗ろうとしたんですけどね」


「乗ればいいじゃん」


 まあ目的がないと微妙か。でもなあ、こいつは河原でサイクリングとか平気でしそうだ。


「さむいんですよ……!」


 後輩ちゃんがぷくーっとして、こう言った。


「ああ、なるほど」


「耳とかめっちゃさむいじゃないですか。つめたくなるじゃないですか」


「わかる」


 冷たい空気を切り裂くと、耳が自分の体の一部とは思えないほど冷たくなるのだ。


「だから、乗ってないです」


「うん」


 生返事をしてから、思考が追いついて、後輩ちゃんに聞いてみたいことができた。


「あのさあ、『今日の一問』」


「なんでしょう」


「後輩ちゃん、耳当てとかってつけないの?」


 頭の中で、後輩ちゃんがふわふわした耳当てをヘッドホンみたいに被った様子を想像してしまう。


「え?」


 ほんの一瞬だけ、フリーズして。

 それから彼女は、目をぱちぱちとさせながら返事をした。


「ああ、イヤーウォーマーですか。つけたことないですよ」


「ファーでもこもこしたやつとか」


「ないない」


「なんか似合いそうだけど」


 こう言った瞬間、彼女が息を飲んで、俺から目を逸らした。

 ん? 照れてる?


「そんなこと、ない、ですよ」


 絞り出すように、否定の言葉を紡ぐ後輩ちゃんを見ていると、悪戯心が芽生えた。

 なんでこんなに恥ずかしがってるのかは知らないけれど、せっかくだしもっと恥ずかしがらせてやろう、と。


「絶対かわいいって」


 真っ白で、うさぎのしっぽみたいなかたまりが彼女の耳を覆っていて、左右のもこもこが頭の上でつながっている様子が、ありありと浮かんできた。

 ヘッドホンみたいな構造が、彼女の艶やかな髪を少しだけ押し潰したりしちゃったりして。


「…………ん~~!」


 後輩ちゃんが、声にならない呻きを漏らす。

 こんなに恥ずかしがる彼女は、いつ以来だろうか。はじめて見たかもしれない。そういえば久しく「かわいい」って言ってなかったな。

 満足したので、後輩ちゃんから視線を外して、窓の外をぼんやりと眺める。

 電車はそろそろ、学校の最寄り駅に着きそうだった。


 ややあってフリーズから戻ってきた後輩ちゃんが、俺の足元を見て、こう呟いた。


「せんぱいの、ばか」


 * * *


 なんなんですか。

 なんなんですかもう。

 いきなり「似合う」とか「かわいい」とか言いはじめちゃって。もう。せんぱい。こっちの身にもなってください。まったく。ああもう。


「『今日の一問』です!」


 やっと落ち着いてきました。腹いせに、せんぱいにも一問をぶつけます。


「せんぱいは、イヤーウォーマーしないんですか!」


「いや、しないよ。もこもこの奴とかつけても、絶対ミスマッチだし」


 目の前のせんぱいの耳に、ふわふわした耳あてがくっついたようすを想像してみます。


「ああ……」


 これは。


「だろ?」


「なんでこんなに似合わないんですか?」


「いや、知らんわ」


 考えがなにもまとまらないうちに聞いてしまったわたしの一問は、完全に不発だったのでした。

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