第78日「わたしと、今日、会いたいですか?」
# # #
日曜日だ。昨日早起きした分まで、たっぷり寝る。日が出た後は暖かい布団の中でうつらうつらしているだけだから、完全に睡眠しているわけではないんだけれど。
とにかく。暖かくて、心地よくて、幸せな時間をたっぷりと味わって気力を回復させる。昨日は浅い考えをなんとかまともに見せようと苦心したから、とにかく疲れた。
父親がどこかに出かけるのだろう、玄関の音がばたんと閉まる音が聞こえた。リビングの方からは水が流れる音だったり、掃除機の吸引音だったりが聞こえてくる。母親がいつもの通りに家事をこなしているようだ。
そんな中、部屋のカーテンも開けずに、意識が落ちたり戻ったり。布団に包まれて、ふっと意識が途切れる瞬間がなんとも心地良い。
何度目かに目が覚めたタイミングで、枕元のスマホが鳴った。
まはるん♪:おはようございます
後輩ちゃんだった。
画面の上の方を見ると、時間はそろそろ昼の12時になろうとしていた。
だいぶすっきりしたし、いい加減起きるかなあ。そう考えつつ、スマホをいじる。
井口慶太 :おはよう
まはるん♪:さすがにもう起きてましたか
井口慶太 :いや、今起きた
まはるん♪:ほんとですか?
なぜ疑う。まあ昨日がイレギュラーだったのは事実なんだけど。
井口慶太 :ほんとだって
井口慶太 :まだ布団の中
まはるん♪:じゃあ信じます
特に証拠を提示するでもなく、一応、信じてくれたらしい。
ふむ。
特に返すような内容があるわけでもないから、LINEが途切れてしまった。布団から抜け出すにはちょっとまだ覚悟が足りないし、かといって寝直せるほど眠気が残っているわけでもない。
ネット小説でも読むかあ。頭からっぽで読めるやつ。俺はブラウザのアイコンをタップして、お気に入りの作品の更新分を開いたのだった。
* * *
んー。今日はどうしましょう。
きのうせんぱいと会ってるので、今週末のノルマ自体は達成してるんですよね。
まはるん♪:せんぱい?
前の投稿から、20分くらいが経っていました。せんぱいはもう布団から脱出したのでしょうか。
1分がたち、2分がたち、既読がつきません。
なにしてるんでしょうね。顔洗ったり、ごはん食べたり、でしょうか?
5分くらいで、せんぱいから返事がきました。
井口慶太 :どうした後輩ちゃん
名前を呼んだだけですからね。そりゃそういう返事が来ますよね。
えー、どうしましょう。
まはるん♪:えーと。
まはるん♪:「今日の一問」です
井口慶太 :ほう
そういえば、わたし昨日、せんぱいから「一問」聞かれてませんね。タイミングがなかったといえばなかったですけど。それはそれでさびしいような気がします。
まはるん♪:せんぱい、あのですね
まはるん♪:わたしと、今日、会いたいですか?
なんでこんな質問をしようと思ってしまったのかは、わかりません。
でも、せんぱいに聞いてみたくなってしまって、書いちゃったものはしかたありません。ラインで聞いてしまったんですから、わたしにできることはじっと待つことしかありません。
数秒だったでしょうか、それとも数十秒?
とにかく、しばらくたって、画面には既読という文字が浮かび上がりました。
そこから、またしばらく、画面の動きがなくなります。
上の方に出ている時計の文字が動いて、すぐに画面全体が動きます。
井口慶太 :んー……
井口慶太 :通話かけていいか?
はい!?
なんか久しぶりにその単語聞きましたけど。通話ですか。今から? このタイミングで?
まはるん♪:まあ、別にいいですけど
動揺はなるべく表に出さないようにして、軽く返事をします。
井口慶太 :じゃあ、かけるぞ
井口慶太 :[通話を開始しました]
# # #
「どうしたんですかいきなりー。わたしの声が恋しくなっちゃいました?」
電話に出るやいなや憎まれ口を叩く彼女の声を聞くと、ああ、いつもの後輩ちゃんだなあと思って安心感を覚える。
「昨日も聞いたっつの」
部屋のドアは閉まっているから大丈夫だと思うが、一応布団を頭からかぶって、抑えた声で返す。
「それもそうですね。で。今日もわたしの顔見たいですか?」
ストレートに聞いてくるなあ。
「あー、それなんだけど」
文字でのやり取りだと誤解が生じそうだから、わざわざ通話をかけた。
「結論から言うと、会いたくない」
「ひどい」
「結論しか言ってないだろ、こっちの事情を聞いてくれ」
「はいはい」
ネット回線の向こうで、苦笑している後輩ちゃんの顔が浮かんだ。
「あのね。期末テスト。いつか知ってる?」
「あー、なんか近いですよね」
「次の次の火曜から。もう土日は、今入れても2回しかないの」
「まだもう1回あるじゃないですか」
そういうことじゃないんだよ。これでも優等生なんだから、勉強したいんだよ。きっちりと。
「確かにね、後輩ちゃんと会いたくないわけじゃないんだけど」
「へー」
対面だったら絶対ににやにやしていそうな声色で、後輩ちゃんが相槌を入れた。
「うるせえ。昨日は用事の後に会ったから全然勉強できなかったし、今日くらいは集中させてくれ」
「へー」
「へーって何だへーって」
「いいえ。なんでもないですよ」
電話口で、彼女が軽く笑った声が聞こえてくる。
楽しそうだなあ、おい。
ぼーっと通話のノイズを聞いていると、昨日も聞いてなかったし、今日は一問くらい質問するべきだ、と思い立った。
「なあ、俺も『今日の一問』していいか?」
「はい、なんですか?」
「後輩ちゃんは、今日、俺と会いたいの?」
改めて口に出すと、結構傲慢というか、上から目線な質問だった。
「そりゃあ」
そんな質問にも一切の逡巡なく、彼女は答えを口にする。
「会いたいですよ。せんぱいと♪」
後ろ半分はマイクに向かって囁いてきやがった。背筋がぞくっとして、スマホが手から滑り落ちそうになってしまう。
「わかった。絶対会ってやんねえ」
「えー、なんですかそれ。聞いておいてひどいです」
「ダメったらダメだ。じゃあ、また明日」
追撃を食らう前に、一方的に通話を切った。
こんな会話すら楽しく感じてしまっている自分に、内心呆れつつ。
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