第48日「なんですか!? 明日の予定って」
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11時に、目が覚めた。
金曜日なのに、学校に行かなくて済む。こんな素晴らしい金曜日があるだろうか、いや、ない(反語)。
そう。今週の金曜日は祝日。11月3日は、文化の日だ。
ちょっと調べてみたら、祝日法によって、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨とすることが定められているらしい。知らなかった。自由と平和、か。
文化をすすめるって言っても、何をしたらいいのやら。
ハッピーマンデー制度とやらの影響で、土・日・月の3連休は結構多いけれど、金・土・日の三連休って結構めずらしいな、とそんなことを思ったりもしつつ。
布団の中に入ったままスマホをいじっていたら、窓から差し込むぽかぽかの日の光も相まって、また眠くなってきてしまった。今日、ほんとは早起きできたら、行きたいところがあったんだけどなあ。まあもうどうでもいいや。
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意識が落ちて、まどろみの中でLINEの通知音が聞こえた気がして、そして母親の声に起こされた。
まはるん♪:せーんぱい
まはるん♪:どうせいつも通りにねぼすけさんなんでしょう?
うるせえ。誰がねぼすけさんじゃ。俺か。
井口慶太 :おはよう
まはるん♪:あ、おそようございますせんぱい
井口慶太 :言葉を勝手に変えるんじゃないよ
まはるん♪:え、いいじゃないですか
うーん。文字にすると強烈な違和感。
後輩ちゃんの声で聞くと、また違うのかもしれないが。
* * *
おはようのあいさつ(時間的にはお昼でしたが)を送って、しばらく経って。
夕方になってひとつ思い出したので、またラインを開きました。
まはるん♪:きのういい忘れてたんですけど、
まはるん♪:今週末、やっと晴れるんですね
井口慶太 :台風が来ない週末は久しぶりだな
まはるん♪:今日はもう遅いんですけど、あした、あの
せんぱい、まさか忘れてはないですよね?
自転車の練習しようって言ったことです。
まはるん♪:その、自転車に、
井口慶太 :あー、あの。俺、明日予定あるぞ
はい???
せんぱいが、休日に、予定を入れているですって?
いったいぜんたい、なにがあったんですか?
まはるん♪:はいぃ?
まはるん♪:せんぱいが、予定?
まはるん♪:明日、雪でも振っちゃうんですか?
あまりにびっくりして、スマホを操作する指が震えていたり、漢字をまちがえたまま送っちゃったりしちゃっています。
これでは、らちがあきません。
井口慶太 :いや、べつに
もう。こうなったら。
まはるん♪:[通話を開始しました]
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ちょ、こら。
せめてひとこと言ってからにしてくれ。今家にいるの。家族が壁挟んだところにいるの。いきなりはやめて。
そんな俺の思いが届く日は、たぶん来ないだろう。
「あ、せんぱい? おそようございます」
この挨拶。実際に後輩ちゃんの声で聞いてみると、純粋にその日最初の挨拶という爽やかな要素と、朝起きるのが遅い俺を侮蔑するような要素が、耳ざわりのいい高さで入り交じっていて、なんだかとても複雑な気持ちになった。
週末限定と考えれば、悪くないかもしれない。
「あのな、いきなり電話かけてこないでくれよ」
「あれ? 布団かぶらなくていいんですか?」
「もう諦めたわ」
こいつの存在、母親に知られてしまったからな。もう隠すものは何もない。
何もないは言い過ぎか。まあ、こそこそ通話する必要はなくなったんだよ。
「で、ですよ。せんぱい。『今日の一問』です。こればっかりは正確にみっちり答えてもらいます」
いつになく厳重な前置きをして、スマホの向こうの後輩ちゃんが聞いてくる。
もし目の前にいたら、ずずっとこっちに詰め寄ってくるような語調だ。
「なんですか!? 明日の予定って」
なんですかって、言われてもなあ。
どこから話したものか悩んでいるうちに、彼女はさらに畳み掛けてくる。
「誰と行くんですか? 朝何時からですか? そもそもどこですか?」
「あーはいはい。答えるから答えるって」
「はい」
年に一度の楽しみなんだよ、あれ。
「まず、どこに行くかっていうと、神保町だ」
「はい」
「世界一の本の街」を名乗る、神保町だ。
秋葉原、神田とともに、音ノ木坂を囲むことでも記憶に新しい。
「でな、今日から明後日までの三日間、あそこで祭りをやってるんだよ祭り」
「祭り、ですか?」
「そう、本好きの本好きによる本好きのための祭り。その名も――『神保町ブックフェスティバル』」
「ぶっくふぇすてぃばる」
「何がすごいってな、ちょっと傷ついてたりもするけど、新品の本が半額とかで買えるんだよ」
「あの」
「本ってさ、ほら、再販制とかあるから、だいたい定価じゃん。アマゾンでもちょっと安いくらいじゃん。それが、出版社直販で、半額とかで買える、年に一度の祭り。それがブックフェスティバルだ。実際」
「もういいです。びっくりしたわたしがばかでした」
電話口の向こうの後輩ちゃんから、落胆したような声。
「そりゃどうも」
「いや、ほめてはないですよ」
「俺、本好きだからさ」
「知ってますよ」
「そっか。知ってたか」
「ええ。だいぶ前から」
* * *
予定があるって聞いたときは、どうしようかと思いましたけれど。
ちょっと安心しました。
というか、慌てた自分が恥ずかしいです。せんぱいのことだから、冷静に考えてみれば、どうせそんなところに落ち着くんだろう、くらいの予測は立ったはずです。もう。
さて。そういうことなら。
「ついていっても、いいですか?」
せっかく、せんぱいが行きたいところに出かけると言うのです。
わたしだって、本を読まないわけではないですし、せんぱいがそこまで言う「おまつり」が、どれほどすごいものなのか、知りたくもあります。
「うーん……」
電話口のせんぱいの声が、ちょっとびみょうな感じになりました。
やっぱり、そういうところでは、せんぱいはひとりでじっくり見る派でしょうからね。
思うところもあるとは思いますが。
「せんぱいのじゃまはしませんから」
むしろ、荷物をもつくらいならしてもいい、それくらいの勢いです。
「言ったな? 相手はしてやらないからな?」
やった! ついていっていいんですね!
「3歩下がって後ろをついていく大和撫子っぷりをとくとご覧ください」
嬉しくて、言葉がすらすらと口から出ていきます。
「お前、髪色明るいだろうが。大和撫子って言ったら、さすがに黒髪だろ」
「心がナデシコならいいんです」
「つまり心がピンクってことか」
「ピンクハートです」
「いやもうわけわかんないよ」
わたしも、なにがなんだかわからないです。
「あー、忘れてた。けっこう人出多いけど、大丈夫か?」
あら。いつかの満員電車で、わたしが気分悪くなっちゃったの、覚えてくれていたんですね。感激です。
「だいじょうぶですよ、せんぱいといっしょなら」
「お前のそういう言い方、ほんっとずるいと思うんだよ……まあ、それならいいや。明日の10時に神保町で」
早口で一方的に告げると、せんぱいは通話を切ってしまいました。
まったく。こっちだって照れちゃうじゃないですか。
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