第67日「せんぱいって、夏休みの宿題はどう進めるタイプですか?」

 # # #


「おはようございます」


「おう、おはよう」


 朝の駅で、後輩ちゃんと挨拶をする。

 今日の彼女は、ほんの少しだけ、いつもよりは疲れているように思った。たぶん、声のトーンだろうか。


「絵の締切、明日だろ?」


 彼女が文化祭に出す絵というか、イラストの話である。週末で終わらせちゃうのかと思ってたら、終わってなさそうでほんのちょっぴり心配だ。


「だいじょうぶですよ、もう終わりましたから」


「まじかよ」


「ほんとです」


 びっくりしていると、電車がやってきた。


 * * *


 暖房であたためられた車内で、せんぱいをちょっとからかってみようと思いました。


「なんですか、せんぱい。心配してくれてたんですか?」


「何をだよ」


 ぶっきらぼうに、せんぱいがそっぽを向きます。


「わたしがしめきりに間に合わないかもって思ったんですよね?」


「まあ」


「間に合いますから。だいじょうぶです」


 せんぱいが目を合わせてくれません。まったく。


「ところでせんぱい、『今日の一問』ですよ」


「えらく急だな」


「関連はあるので。せんぱいって、夏休みの宿題はどう進めるタイプですか?」


「どう、って……」


 まあ、答えはほとんど予想がついちゃうんですけどね。

 いちおう、念のためというか、せっかくなので聞いてみました。


「いろいろあるじゃないですか。ためちゃうタイプ、早く終わらせすぎるタイプみたいな」


「ああ。そんなん決まってるだろ」


「はい」


「早めに取りかかってサクサク進めるけど、」


 まあせんぱいはぜったいそうですよね……って、『けど』ってなんでしょう。


「自由研究とかレポートとか最後まで引っ張って結局ギリギリまで奮闘するタイプ」


 思わず、軽くずっこけたくなってしまいます。


「え、そんなの一番最初に終わるじゃないですか」


 適当に埋めて出せばいいのに、なんで最後まで引っ張るんでしょう。


「うるせえな。やりたい時はやりたいんだよ、そういうの」


「そういうものですか?」


「そういうものだよ」


 # # #


「じゃあ俺から『今日の一問』。後輩ちゃんこそ、どうなんだよ、夏休みの宿題は」


 聞かれたからには、聞き返してやる。

 イラストがもう終わったって以上、最後になって泣きながらやるタイプではなさそうだけど。


「とっとと終わらせちゃいますよ」


「あー、やっぱり?」


「でも終わらせたことは、周りにはないしょにしておきます」


「え? なんで?」


 なんで秘密にしとかないといけないんだよ。


「え?」


 後輩ちゃんの方が、逆にびっくりしている。


「え、せんぱいわかんないですか?」


「わからんよ」


 逆に優秀さアピールできて、先生とかにはウケがいいんじゃないの?


「あのですね。終わってるとですね、来るんですよ」


「はあ」


「夏休み終盤に、終わってない人が、いっぱい押し寄せてくるんです。『写させて』って」


 ホラー風の台詞回しなのに、ぜんぜん怖くない。


「へえ」


「もうちょっとまともな反応くださいよ」


「いや、へえとしか反応できないんだけど。実感わかないし」


「え?」


 また、後輩ちゃんが意外そうな声を上げる。


「せんぱいも早めに終わらせるんですよね、そういうのは」


「まあ、レポートとか除けば、基本的には」


「写させろって言われないですか? せんぱいみたいに優等生なら特に」


「……言われないな」


 えー、と後輩ちゃんが唸る。


「あ、レポートとかで忙しいから人の相手してる余裕がないとかですか」


「それもあるんだけどさ」


 後輩ちゃんの予想がついていないような答えを、放り込んでやる。


「おんなじ宿題の、要するにおんなじクラスに、そこまで仲いい人ができないんだよね」


「うわー……」


 いやー、だってさ。

 「宿題を写させる」って、割と信頼関係が要る行為だし。レポートとか記述とか、そのまんまは写さないって信頼できないと貸さないし。コーヒーとかこぼされたらたまったもんじゃないし。

 4月から数ヶ月間のうちに、そんな信頼できるほどの級友ができるほど、俺は社交的ではない。


「ぜんぜん気付いてませんでした。せんぱい、おともだち少ないですもんね♪」


「他人が笑顔で言うことじゃないよな、それ」


 後輩ちゃんはとても楽しそうに、電車の壁に寄りかかる。


「せんぱいだから、いいんです」


「俺の気持ちは無視なの?」


 別に、友達が少ないくらい、構わないんだけどな。


 もっと欲しいとか、増やしたいと思ってれば、それなりの行動をしているはずだ。

 それをしていないということは、俺は現状に満足しているのだ。


「無視はしてないですよ。黙殺してるだけで」


「それ一緒だからね?」


 それに。

 話し相手なら、目の前のこの小憎たらしい後輩がいるから、別に他はいらないかもしれない。

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