第68日「せんぱいって、こういうお店来るんですか?」

 # # #


 11月23日木曜日は、なんと、祝日です。休みです。すべての労働者に感謝。

 勤労感謝の日だ。


 そんな祝日の午前10時、俺はなぜか、後輩ちゃんの隣を歩いていた。


「なんで俺が来てるんだよ、おかしいだろ」


「でも結局きてくれるんですよね、せんぱいは」


「じゃあ帰る」


 そうやって立ち止まると、後輩ちゃんに手首をぐっと掴まれた。


「だめです」


 ずるずると引きずられて行った先には、キンコーズがあった。

 コピー、プリント、ポスター印刷。その他「印刷」と名のつくことならだいたいなんでもやってくれる、すごいお店らしい。

 らしい、というのは、俺は来るのがはじめてだからだ。名前だけは、ネットの海でけっこう聞く機会が多いような気がする。


「えっと、ここですよね」


「なんで確認口調」


「だって来るのはじめてなんですもん」


「俺もだよ!」


 文化祭は土曜日からなのに、後輩ちゃんのイラストの締切が木曜日までだったのは、ここにデータを持ち込むからだ。このキンコーズというお店、なかなかすごくて、ポスターとかパネルとか、そういうちょっと特殊な印刷物も簡単に作ってくれるみたいだ。さっきググって知ったんだけど。

 後輩ちゃんがUSBを片手に、カウンターに近付いていく。

 ちょっとぼーっとしていると、いつの間にか、彼女はこちらに戻ってきていた。


「せんぱい?」


「ああ、終わったのか?」


「はい。明日までにはできてるそうです」


 早いなあ。すごいなあ。


「じゃあ、帰るか」


 地図アプリを起動して駅の方向を確認して、店の扉を出た。

 さーて、帰って寝直すか。


「ちょっと、せんぱい! なんで行っちゃうんですか」


「用事済んだし」


「だからって、そんな焦らなくても。どうせ、予定ないんですよね?」


「帰って寝るという予定が」


「ないんですね。わかりました」


 完全に無視された。

 

「お昼……には、早いかもですね。お茶しましょうよ」


 * * *


 手頃な場所を探して、けっきょく、目についたマックに入ってしまいました。

 せんぱいはアップルパイとコーヒー、わたしはココアを頼んで、2階の席に落ち着きます。


「ふぅ、あったかいな」


 息をほっと吐いて、せんぱいがコーヒーの紙カップを手で包み込みます。冷え症あるあるですね。


「あったかいですー」


「いや、あったかいです~じゃないんだよ」


「どうしました?」


 ココアをひとくち、すすります。甘さがほうっと広がって、疲れた体が癒された気がします。


「あのね。なんで美術部の案件なのに、俺がついてくることになったの?」


「いまさらですか」


「いまさらだけど」


 今日は文化祭開催の2日前です。学校の授業はないですが、文化祭の設営自体は始まっています。当然、美術部も例外ではないわけで。


「だって、美術部のひと、みんな学校にいるんですもん」


「あー、設営か」


 さすが生徒会長、納得するのが早いです。


「え、でも、後輩ちゃんも美術部の一員じゃん」


「わたしは設営の準備中です」


「マックでココア飲んでる人がなんか言ってるよ」


「設営の準備をしてるだけですから。いいですね?」


「それはキンコーズの方だろ……」


「いいじゃないですか、お茶くらい」


 # # #


 クラスメイトの美術部員、出塚に言いつけたらどうなるのかな、とちょっと思った。

 思っただけで実際にはやらないし、やったところで、幽霊部員たるこいつがどこまで戦力として考えられているかは怪しい。


「というわけで、せんぱい。『今日の一問』です」


 テーブル席に向かい合って座っているから、彼女の眼がよく見える。


「せんぱいって、こういうお店来るんですか?」


「他はあんまり行かないけど、マックはよく来るな」


 頬杖をついた後輩ちゃんが、なんだかちょっぴり、楽しそうだった。


「どんな時にどんなもの頼むんですか?」


「週末とか」


「週末、せんぱい、家から出ることあるんですね」


「そりゃあるわ。うるせえ」


 コーヒーを一口飲んで、喉を潤す。まだ晩秋かもしれないけど、空気が乾燥していて、冬が着実に迫っていることがわかる。


「へー」


「本買いに行った帰りとか」


「はい」


「古本買いに行った帰りとか」


 よくブックオフに行っちゃうんだよね。


「いっしょじゃないですか」


「本屋とブックオフを一緒にするな」


 ぜんぜん違うから。まず本の並べ方が違うし。


「で、そういう日は昼を買って帰ることがある。こういうの使って」


 財布から株主優待券を取り出して、後輩ちゃんに見せてやる。


「なんですかこれ」


「なんかね、株主がもらえるやつで、これでバリューセットをどういじっても無料で食べれる」


 後輩ちゃんが、すこし首をひねった。


「え、せんぱい株持ってるんですか?」


「あー、祖母が持ってるらしくてね、どうせ余るからってくれるんだ」


「へー」


 まあ、株主優待券を眺めていたところで、面白くはない。

 しまって、アップルパイをかじった。さくさくとした食感と、中のとろーっとしたりんごの甘さがよい。


「で、後輩ちゃんにも『今日の一問』。よくマックとかは来るの?」


「放課後おしゃべりしよう、みたいなときでお金があんまりないときですね」


「えらく具体的だな」


 淀みない返事が来た。


 * * *


「それで、ふだんは何頼むの? やっぱりココア?」


 せんぱいからのこの質問に、ちょっぴり考え込んでしまいます。

 ふだんだと……


「ポテトとか」


「ベタだな」


「ココアはあんまりたのまないですね」


「そうなのか。なんかしょっちゅう飲んでそうなイメージだけど」


「今日だけですよ」


 だって、ほら。

 たまには甘い気持ちだって、抱きたくなりますよ。せんぱい。

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