第24日「せんぱいは、毎朝どうやって駅まで来るんですか?」
# # #
「おはようございます!」
こいつの声を「2日ぶり」に聞くのは、きっと、後輩ちゃんが話しかけてきた直後の週末以来だ。あ、でもあのときも3連休だったか。
そうすると、はじめてかもしれない。いつも、週末のどっちかは連れ出されてたから。
「元気が良くてうらやましいよ」
「せんぱいは相変わらずですね。むしろ安心します」
「だろ?」
今日も、電車のいつもの場所に乗り込んだ。
「そういえば、わたし、気がついちゃったんですよ」
なんかそういう言い方、すごく不穏だからやめてくれ。今度はどんな無理難題を押し付けられるかわかったもんじゃない。
「せんぱいの最寄り駅は知っていても、せんぱいが最寄り駅までどう来てるのかは知らないなーって」
ほー。
つまり、俺の家がどこにあるか知りたい、と。方面くらいはわかってそうなもんだけどな。
うわー、でも、教えたくねえ。今度はこいつ家まで押しかけてくるぞ……と思ったけれど、今でも結局LINEとかで引っ張り出されてるわけだし(俺が律儀なのも悪いのだが)、あんまり今とは変わらないかもしれない。
あ。でも親に知られるのは嫌だな。なんかやだ。
内緒にしておきたいというか、恥ずかしい?
「そこで『今日の一問』です。せんぱいは、毎朝どうやって駅まで来るんですか?」
住所を教えろってピンポイントで聞いてくるかと思っていたけれど、なるほどなるほど。「どうやって来るか」か。
交通手段もわかるが(選択肢は徒歩か自転車かくらいだけど)、詳細な位置まではわからない。そんなところかな。俺から情報を引き出しつつ、同じことを聞かれるであろう自分のプライバシーをできる限り守るのが狙いか。
まあ、とりあえず、俺の朝の日課を話してやろう。
「起きて飯食って着替えるだろ? 玄関から自転車出して、隣の家の猫に挨拶しつつ撫でるじゃん?」
「はい……」
ここからが本題だ――っと? 何やら、後輩ちゃんの顔が微妙に険しい。
地雷踏んだ? いや、どこに気が障る要素があるって言うんだ。俺の着替え? んなわけあるか。引っかかるとしたら……猫かな。そういえば動物の好き嫌いみたいな話、したことなかったけれど、後輩ちゃん、まさか猫が嫌いなのか?
余計な思考を走らせながら、説明を続ける。
左に曲がって、太い国道を横切って、コンビニの前を通って、みたいな話である。俺は毎日通ってるからわかるけど、後輩ちゃんは頭の中でちゃんと場所を思い描けているのだろうか。まあ、そこは努力していただくところとして。
俺がくすぐられそうな時に、カウンターで場に出せるカードが1枚もないのは理不尽だ。いい加減、こいつの弱点を1つくらい握っても怒られないと思うんだ。
猫、かあ。
猫、なのか?
でもなあ、猫苦手でもなあ。「そうですか」で終わりだよなあ。
猫じゃなかったら……まさか、ねぇ?
ダメ元で、これ聞いてみるか?
まるまる同じ質問を返すのはつまらないし、彼女の計画を潰す感じで「住所はどこだ?」って聞いたところでストーカー扱いされるのがオチだ。冗談交じりに聞くにしても、LINEで十分。今聞く必要はどこにもない。
それに。別に、「後輩ちゃんと俺で対応した質問をし合うこと」なんて規則を決めたわけじゃない。質問内容は、それぞれが勝手に決めていいはずだ。
「『今日の一問』だ。後輩ちゃん、最後に、実用的な形で、自転車に乗ったのはいつだ?」
これならどうだ。
* * *
油断、していました。
せんぱいのおうちについて、大まかなヒントを得るための質問をしたところまではよかったんです。せんぱいの答えに「自転車」という単語が混ざっていたのが悪いんです。
そもそも、わたしはせんぱいが毎朝自転車をこいでいるなんて知らなかったのですけれど、そういうことではなくてですね。
わたし、自転車に、乗れないのです。
考えてみると、小さい頃に練習する機会がなかったんですよ。自転車乗り。
だから、そのままずるずると高校生まで、って、ほんとわたしらしくないですよね。でも実際、自転車乗れなくてもほとんど困らないものです。
それだけに、このせんぱいの質問にはめちゃくちゃ困るんですけれど。
そもそも、てっきり、わたしの家についての質問をしてくると思っていました。というか、もっと前のせんぱいなら、きっとそうしていたはずです。変わりつつあるってことでしょうか。
(きっとわたしの影響で)変わってきている、というのはとても喜ばしいんですけれど、今日に限っては素直でいてほしかったなあとも思います。せんぱいは、優しいんだか厳しいんだか、わかりません。この質問も、丁寧に丁寧に逃げ道を潰してあります。
「乗れるか?」だったら、「乗れます(ただし1秒)」とか、いくらでも弁解のしようがあるんですけれど、これは無理です。そして、答えないという選択肢はありません。
「乗ったことないです……」
せんぱいの罠から抜け出す術は、思いつきませんでした。わたしは白旗を掲げます。
# # #
よっしゃ! これは来た!
自 転 車 に 乗 れ な い !
飄々としていて、スクールカースト高そうで、なんやかんや俺に毒舌を吐いてくる米山真春さんが、あろうことか自転車に乗れないなんて。
まさか? と思ったけれど、念のために確認してみて本当によかった。これで、彼女に一方的にやられっぱなしにならなくて済む。
「へー、乗れないんだー」
「乗れなくて悪いことありますか? そもそもなんであんなに不安定なものが自立して動くんですか。絶対すぐに横に倒れるじゃないですかあんなの。おかしいです」
「力学的には動いてる限り安定してるって聞いたことがあったような」
「あんなの制御できるのは特殊な訓練を受けた人だけなんですよ。わたしは小さい頃にやってないので無理です」
「自転車に乗るのどんだけ特殊技能なんだよ、お前の中で」
「職人芸じゃないんですかあれ」
「ロボットでもできるやついるけど」
「えっ」
「村田製作所の、なんだっけ、ムラタセイサクくん?」
『子供の科学』に、めっちゃ低速でも自転車に乗れるロボットが出ていたのを覚えている。
「そんなの知りませんよ」
「ロボットは男のロマンなんだけどなあ……」
「わたし女の子です」
「はいはいかわいいかわいい」
「せんぱい、なかなか自然にかわいいって言うようになりましたね」
「あ、だめ?」
「いや、うれしいですけれど、いきなりは、その」
俺も、いきなり自分の口から飛び出した「かわいい」って言葉にびっくりしたのは秘密だ。
「すまん」
「いえいえ」
謎の沈黙が、俺と彼女を包み込んでしまった。
うーん。
まあ、今日はとことんこいつをいじってやろう。普段いっぱい振り回されているんだ。
たまに出てくるウィークポイントくらい、つっつきまくってみたって、神様は許してくれるだろう。
「よし。じゃあ次の週末はサイクリングにするか。それなら付き合ってやらんこともないぞ」
「わたしタクシー使うので、せんぱい後ろからがんばってついてきてくださいね。代金はせんぱい持ちで」
「サイクリングの意味ねえよそれ」
「だってせんぱいがいじわるするんですもん」
そんなこと言われましても。あ、意地悪はしてるか。
「あ、じゃあ、せんぱいが、わたしに自転車の乗り方教えてくださいよ」
「え? 今さら?」
「はい。いまさらです。このまま放っておくと、せんぱいにずっと言われる気がしてならないので。芽は若いうちに摘み取るみたいなそんな感じでやりましょう」
「それ、俺が教える意味ある?」
途端、下を向いて口ごもってしまう後輩ちゃん。
「どうした?」
「せんぱいくらいしか、こんなこと頼める人、いないんですよ」
真っ赤になった顔は、やっぱり、かわいかった。
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