第25日「後輩ちゃんの好きな動物って、何?」
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週半ばの水曜日。と思ったけれど、今週は月曜日が休みで実質無い、みたいなところがあったからまだ半分じゃないな。今日が終わったら、やっと半分だ。
学生はつらいよ。
「おはようございます」
「ああ、おはよ」
「日日火水木金土……」
「いきなり曜日なんて並べて、どうしたんですか? しかも月曜日足りないですけど」
「これ今週」
「祝日なんだし、日祝火水のほうがよくないですか」
「まあまあ。月月火水木金金にならって」
「なんですか、それ?」
あら。知らんのか。
説明しようとして、気がつく。俺も、フレーズを知ってるだけで、細かいところは知らないわ。
「戦争中だったかな、毎日働けーって言うためにこんな歌があったらしいぞ」
「その頃は国がブラック企業だったんですね。ブラック国家?」
「笑えないからやめてくれ」
さすがに言い方がひどい気がする。
「なあ。たまには、日日日日日土日みたいな期間を作ってくれてもいいと思わないか?」
「せんぱい、それ夏休みとか冬休みじゃ?」
「確かに……」
言われてみれば、長期休みだった。
「せんぱい、ずっと家に引きこもってそうですよね」
ぐっ……
否定できねえ。
「あれ、せんぱい?」
後輩ちゃんがあくどい笑みを浮かべて、俺に迫ってくる。
「近い近い近い」
「いいじゃないですか、減るもんじゃないしー」
「台詞が男女逆じゃないか?」
俺のツッコミは、無視された。
* * *
今度の冬休みは、たっぷり振り回してあげますよ。
わたしは、心の中でだけですが、そんなことを誓いました。
電車が来たので、いつもの場所に乗り込みました。
今日はどんなおはなしをしましょうか。
「ふー。今日は俺から質問していいか?」
おや。めずらしいですね。というか、久しぶりです。
いつぶりでしょうか。2週間くらいですか? せんぱいからの質問なんて。
最近はせんぱいが積極的に会話をいじってくるようになったので、質問自体はわたしからのことが多かったのですけれど。
「はい」
「じゃあ、『今日の一問』。後輩ちゃんの好きな動物って、何?」
そういう聞かれ方をすると、こう答えるしかないんですけれど。正直にって約束ですから、仕方ありませんね。
「ヒトですね」
「ヒト? あの、あれで合ってるよな。ホモ・サピエンスってことでいいんだよな」
「はい」
「特定の個体とかではなく」
何を聞いてくるんですか、せんぱい。
「まあ、それは、家族とかはだいじですけれど、そういうのじゃなくて、種として好きです」
「はあ……」
「当たり前ですけれど、ヒトって、思考回路が私と似てるじゃないですか。割合、論理的な生き物じゃないですか。だから、観察してて面白いんですよ」
「あーやっぱそっちか」
「はい。わたしだったらどうなるんだろう、とか、この人の立場は、環境は、とか考えるとおもしろいです」
「そこまで言われても正直よくわかんねーけどな」
人間観察が趣味じゃなきゃ、わからないのも当然だと思います。
「ペット的な動物だと?」
「んー。なんでしょうね」
「およ、即答じゃないのか」
「せんぱいの『今日の一問』の効果は既に切れてますけど?」
「うっわ」
「冗談ですよ。安心してください」
即座に浮かんでこなかったのは、きっと。
「わたし、あまり、そういうペットみたいのが好きじゃないんですよ」
「女子はすぐ『キャー☆ かわいい!!!』みたいに叫んで走り寄るイメージあるんだけど」
「どんな固定観念ですかそれ。そもそもわたし、さわれないです。犬とか猫とか」
「女子の中で埋没できないじゃんそれ。どーすんの」
「アレルギーって言います」
「なるほど。でももったいないな、かわいいのに」
「かわいいですか?」
「かわいいよ」
『かわいい』と言われて、一瞬ドキッとしてしまった自分の心臓がうらめしいです。
「わたしは、猫よりせんぱいの方がかわいいと思いますよ」
だから、これは、仕返し。
「お前なあ……!」
せんぱいも赤くなってくれたので、よかったです。
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不意打ちはやめろっての。
「んー、そもそもわたし、予測から外れすぎるのが怖いんですよ、たぶん」
後輩ちゃんは、何事もなかったかのように真面目な話を始めた。
「というと」
「人間って、ヒトって、まあ普通は理性的で、だいたいこうするだろうな、みたいなことしかしないじゃないですか」
まあ、そうだな。電車の中でいきなり裸になって逆立ちして1両目から8両目まで縦断するようなやつはいない。
「それに、予測から外れたとして、他人――というかわたしに危害を加えるようなことって、そうそう起こらないじゃないですか」
「通り魔とかは?」
「レアすぎますって」
「逆に、ペットみたいなのって、暴れるじゃないですか。ヘタしたら噛むじゃないですか。怪我するじゃないですか。そういうのが、きっと嫌なんだと思います」
「噛むなんてこと、あるか? 撫で方が悪いんじゃね?」
人の扱いはうまいのに、動物の扱いはうまくないらしい。
「ありますって、きっと。とにかく、予測がつかないのが嫌なんですよ」
「ふーん」
今度、どこかで撫でさせてみようか。毛の感触が気持ちいいのに。あんなのを経験しないなんて、もったいない。
「それでは、わたしから『今日の一問』のお返しです。せんぱいこそ、どんな動物が好きですか?」
まあ、そうなるな。
「やっぱり猫かなあ。毎朝撫でてるし」
「お隣が飼ってるんでしたっけ?」
「そうそう」
喉の辺りを撫でると、めっちゃ気持ちよさそうに目を細めてゴロゴロ言うのだ。かわいい。
「それだけじゃつまらないので他にもどうぞ」
「他? 無茶振りはよしてくれよ」
他かあ。
「オーストラリアに行った時、コアラを抱っこしたんだけどな」
「コアラくらい縁が遠くなると、逆にかわいく思えるかもしれません」
その幻想をぶち壊す。
「コアラな、あいつな、ずっと木の上で暮らすじゃん」
「ユーカリですよね。実は毒っていう」
「それそれ。でな、めっちゃ爪が発達してるわけ。腕に食い込むの」
実際痛い。
「うわあ……一気にかわいくなくなりました。動物なんですね」
「そう。あれでもやっぱり獣だよ」
* * *
なぜか、チョコが食べたくなりました。
「せんぱい、トリック・オア・トリートです」
「今!?」
「コアラの話してたら、コアラのマーチが食べたくなっちゃいました。駅着いたらでいいので、売店で奢ってください」
「お前なあ……」
「いたずらされるのとどっちがいいですか?」
「太るぞ? 朝飯は食ってるんだろ」
「女性にそんなこと言っちゃいけません」
大丈夫なはず、です。最近、スイーツはあまり食べてないですし。
「はい……」
「じゃあ、お願いします♪」
「……半分寄越せよ」
「あれパック分かれてましたっけ」
「たぶん分かれてない」
* * *
せんぱいが持つ六角形の箱からお菓子をいただきながら、学校までの道を歩きました。なんだかんだいっても、ちらちらこちらを見つつ、歩調を合わせてくれるのは嬉しいです。こっちの道は、高校の子はぜんぜんいないですし。
「んじゃ、また」
高校が見えてきたあたりで、せんぱいはいつものように歩くスピードを早めます。早めるというか、こちらがきっとせんぱいにとってのふつうのペースなんでしょうけど。わたしも、あえて合わせるようなことはせず、自然にふたりの間隔が広がっていきます。
裏口、なんですよ、こっち。校庭の方なんですね。
わたし達の校舎の教室の窓から、こっちの門は丸見えなんです。そこを毎日いっしょにくぐるのは、さすがに嫌だと。数少ない友人に見られたらどうなるかわかったもんじゃない、と言われてしまいました。
わたしといっしょの電車に乗ることはやむなく飲んだせんぱいでしたが、ここは譲ってくれませんでした。
そういうわけで、このあたりで、自然なくらいの間を取ってから、高校に入る。そんな不文律みたいなものが、わたしと先輩の間にできていました。
前を行くせんぱいとの距離が、まだ、わたしの詰め切れていない部分なのかもしれません。ふと、そんなことを思いました。
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