第75日「せんぱい、わたしの絵どうしてるんですか?」
# # #
「おはようございまーす♪」
昨日とはうってかわって、めっちゃ元気がいい。語尾に音符がついていてもおかしくないくらいに、後輩ちゃんの声が弾む。
「なんかいいことあったの?」
「いいえ、別に」
チェック柄のマフラーに口もとがうずまっていて表情はわからないけれど、目が笑っているように見えた。
「言ってくれてもいいのに」
「いや、ほんとにないですって」
こんな具合に生産性のない会話を繰り広げているうちに、いつものように電車がやってきた。
* * *
電車の中は暖房がきいていてあたたかく、ほっとしながらいつもの場所に落ち着きます。
思えば、おとといもきのうも、割と雑なことを聞いてしまっています。今日こそはちゃんとせんぱいのことを聞こうかなと、いろいろ考えてみました。
「あの、さっそくですがせんぱい。『今日の一問』なんですけど」
「うん」
考えてきたので、さっそく聞いてみることにします。
「せんぱい、わたしの絵、どうしてますか?」
いやー、やっぱり気になるじゃないですか。せっかくあげたんですし。
「あー、あれな」
「あれですよ」
せんぱいが窓の外を見て、ため息をつきました。
え?
「まず文句を言わせてもらおう。お前な、改めて言うけどな、いきなり押し付けてくるんじゃないよ」
「せんぱいが引き取ったんじゃないですか」
「お前が引き取らせたんだろうが」
「えっ」
「白々しいなあ、まったく」
まあ、かさばるから家まで持って帰るのは辛いし、家に帰っても飾る場所ないし、って感じだったので、ちょうどよかった感じはあるんですけれど。
「で、どうしてるんですか?」
「飾ってるよ」
頭をかきながら、答えてくれました。
「あら、ありがとうございます」
せんぱいが素直に飾ってくれてるなんて、ちょっとびっくりしてしまいます。
「机の横のところの壁に、こう、かける感じで」
「結構本格的ですね」
「だってあのフレームっつかキャンバスっつか、パネルか。結構まともな作りだったし」
近くの窓に、指で大きな四角形をなぞります。大きさはこれくらいですもんね。
「それで、どうですか?」
# # #
さて、と。
いつまでもこっちが後輩ちゃんのペースに乗りっぱなしだなんて、思わないでほしい。俺だってどうにか彼女を出し抜いてやろうと、日々、色々、考えているのだ。
だから、俺はスマホの電源ボタンを押しながら、こう言った。
「じっくり見てほしい、って言ったの、忘れてないからな?」
そうして、彼女の眼前に、ホーム画面の壁紙が映し出されたスマートフォンを掲げる。
もちろん、壁紙には後輩ちゃんの力作が設定済みである。
俺は、にやりと笑ったような気がする。
後輩ちゃんは、息を呑む。
「……もう。何やってるんですか」
「じっくり見ろって言うから」
「そこまでじろじろ見てなんて頼んでないです!」
結構、大変だったんだけどなあ。
元の画像データというかデジタルデータがあるわけじゃないから、カメラで写真を撮るしかない。でも撮るにしてもある程度のスペースがないとできないし、光の入り具合もちゃんとやらないとせっかくのイラストの中で変に明るい部分と暗い部分ができてしまうから。
カーテン閉じたり開いたり、結構調節に苦労しながら、やっと撮れた一枚を設定している。
「まあ、あれだよ。うん。きれいに描けてるんじゃないの」
2匹のハリセンボンが、サンゴのたくさん生えた海の中を気持ちよさそうに泳いでいる。
「ありがとうございます……」
後輩ちゃんにしては珍しく、俺の方を向かずにさらっとお礼を言った。まあいい。
これからもっと追い打ちかけてやるし。
「『今日の一問』だけど。なんでこの絵、ハリセンボンが2匹いるんだ?」
魚がペアでいるようなイメージは、俺はあまり持っていない。ひとりぼっち(「一匹ぼっち」かも)でいるか、大きな群れを形成するかのどっちかだろう。
それが、なんでここだけ2匹の組になっているんかが不思議だった。体の色が白と黄色と違うから、別々の個体のはずだし。
「え、そこですか」
「うん、そこ」
後輩ちゃんの視線が俺とよそとを行ったり来たりして、慌てている様子がよくわかる。
「その、あの、えーと」
「ほら早く」
「うるさいです。あのですね。もう言っちゃいますけど、せんぱいをモデルにしたからです」
「いやそれは知ってるし」
話すようになってから2日目、「ハリセンボン飲ます」の話をしていた頃から、ずっと構想を練っていたであろうことは知っている。
問題は、なんでハリセンボンが2匹もいるかということなんだ。
「せんぱいと、わたしがモデルというか、元のネタですよ」
驚きは、さほどなかった。
だって、ねえ。文化祭の時にこの絵を見た瞬間に、もしかしたらって思ってしまったし。
「ふーん」
「もうちょっと驚いてくれてもよくないですか?」
「いやだって、バレバレだし」
見る人が見ればわかるでしょこれ。
「え、そんな?」
「そんな」
逆に、俺は後輩ちゃんがそういうことに無自覚なことにびっくりだよ。
もう少し、自分が創作したものを他人がどう見るか、考えたほうがいいと思う。
「で、どっちが俺なの?」
白い方と、ちょっと黄色っぽい方。ハリセンボンは2匹いる。
「どっちでしょう?」
「わかるわけないじゃん」
二択を当てろとおっしゃいますか。
「じゃあ、せんぱいはどっちがいいですか?」
「んー……」
どっちがどっちとかあるんだろうか、これ。
「白で」
結局、「ハリセンボン」のイメージ通りの白を選んでみた。
「じゃあ、そういうことにしておきましょう。わたしはちょっと黄色っぽい方のハリセンボンですね」
そういうことになったらしい。
俺は白いハリセンボンだそうだ。
* * *
「ところでせんぱい。その絵、ずいぶん気に入っていただけたんですね? 壁紙にしちゃうくらいですもんね?」
わたしがにやっと笑うと、せんぱいはげえっという感じになります。
「わたしの絵、好きなんですよね?」
「いいだろ別にそんなことどうでも」
「よくないです」
まったく、素直じゃないんですから。
「ちゃんと言ってくれたらいいものあげます」
「いいものなんて要らん」
「ちゃんと言ってくれないといたずらしちゃいますよ」
「後輩ちゃんのイラスト、嫌いじゃない」
ほんっとに素直じゃないですね。でも、いいでしょう。
「んー、まあいいです」
いちど言葉を区切ってから、せんぱいと目を合わせて、ちゃんと聞きました。
「あの、データもほしいですか? イラストの」
「……へ?」
わたしの質問に、なぜかせんぱいはしばらく固まってしまいます。
ちょっと、いきなりすぎたでしょうか。
再起動したせんぱいは、わたしから視線をすっと逸らしてから、こうつぶやきます。
電車の車輪がガタンゴトンを音を立てる中で、不思議と、でもしっかりと、この言葉はわたしの耳に届いてくれました。
「そりゃ、くれるもんなら」
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