第76日「せんぱいって、神様とか信じてたりしてますか?」

 # # #


 昨日帰ってから、後輩ちゃんにイラストのデータをもらった。

 携帯の待ち受けを設定し直した。まあ、見た目にはあんまり変わってないんだけど。ちょっと見やすくなったような気がする。あとツヤツヤした感じが出た。


 そんなことはどうでもいいことで、重要なのは今日が金曜日ということだ。つまり、明日は休み。

 さんくすごっどいっつふらいでー。


「おはよう」


「おはようございますせんぱい」


 駅のホームに佇む後輩ちゃんに自分から声をかけていたことに気がついた。まあ、いっか。


「寒いなあ」


「ですねえ。もう12月ですもん」


 彼女に言われて思い出した。今日は12月はじめの日である。もう今年も、残すところ12分の1だ。多いんだか少ないんだか。


「え、ああ、そうか。昨日30日だったもんな」


「冬ですよ冬」


「そんなすぐに気温が変わるもんでもないだろ」


 冬は寒いから、そこまで好きではない。

 さっさと春になってほしいものだ。


「カレンダー上では」


「そんなこと言うなら立冬が来たら冬じゃねえか、暦の上だと」


「立冬っていつごろですか」


「いつ頃だっけ?」


 んーと。


「なんだ、せんぱいもわかんないんですか」


「わかんねーよ、そんな急に言われても」


 えっとね。無理。グーグル先生助けて。


「うん。11月7日とからしい」


「じゃあもうとっくに冬ですね」


「そうかもな」


 冬の空気を切り裂いて、電車が駅に走り込んできた。

 いつもの場所にいつものように収まって、また会話を始める。


「冬はともかく、12月ですよ12月。今年もあと1か月です」


「12月かあ」


Decemberディッセンバーですね」


「でぃっせんばーかあ」


「師走ですよ」


「しわーっす」


 後輩ちゃんが、がばっと体ごと俺の方を向いて、目をぱちぱちした。


「あの、せんぱい?」


「何だい」


「だいぶ疲れてませんか?」


「そりゃ金曜日だし」


「なるほど」


 それで納得するのかい。

 先週は文化祭で授業はなかったから逆にあんまり疲れてなかったけれど、今週はみっちり授業があったからなあ。さすがに疲れた。


「師走かあ」


 坊主が走り回るから師走、らしいな。

 年末は供養とか色々忙しいらしいけれど、正直俺たち世代にはあまりピンとこない話だ。


「そういえば、これまだ聞いてませんでしたね」


 後輩ちゃんが、何か質問を思いついたみたいだ。


「せんぱいって、神様とか信じてたりしてますか?」


「それは、宗教的な?」


「どっちでもいいですけど」


 「師走」は仏教由来のことばで、ふつうに「神様」って言ったら神社の話になる。

 これだけ、個人の中で宗教がごちゃごちゃしている国もなかなかないらしい。


 * * *


「んー……」


 少し悩むと、せんぱいがしゃべりはじめました。


「やっぱり俺は空飛ぶスパゲッティ・モンスター教かなあ」


「は?」


 何やら変なことばが聞こえてきました。

 スパゲッティの怪物ってなんですかそれ。


「端的に言ってしまえば、『アーメン』のかわりに『ラーメン』って言うの」


「ラーメン?」


「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教では麺が神聖視されてるからな」


 せんぱいは、そんなよくわからない宗教の教義をいろいろ教えてくれました。


「それで、せんぱいは本気でそれを信じてるって言うんですか?」


「いや、別に」


「わたしの時間返してください」


 なんだったんですか。今のふた駅分くらいの時間は。


「あのなあ、本気で信じてるわけじゃなくても、ちょっとは信じてるというか、そんなこともあり得るなあって思ってるだけだって」


「はあ……」


「とにかく、何か特定の宗教に肩入れするのは危険だなあって」


「空スパはいいんですか?」


「あれはパロディ宗教だからいいの。あとその略し方はじめて聞いたわ」


 せんぱいによれば、Flying Spaghetti Monsterismなので、FSMって略すらしいです。

 どうでもいいことを覚えてしまいました。


 # # #


「それで、後輩ちゃんは? 何か宗教に入信しておいでで? あ、『今日の一問』ね」


「別に、キリスト教もイスラム教も仏教も信じてませんよ」


「日本人はそんなもんか」


「でも、ぼんやりとはかんがえてます」


 後輩ちゃんが外を向いて、窓にぺったりと手を貼り付ける。

 そのままガラスを撫でながら、ぼそっと彼女が漏らす。


「きっとどこかに、わたしたちのぜんぶを作った、神様みたいな、創造主みたいな人はいるんじゃないかなって」


 空想を語る後輩ちゃんの眼が、きらきらとして見えた。


「人間だけ考えても70億人もいますから、その人だけでぜんぶを見通すのはむりなんだと思います」


 ちらっとこちらを見やって、また窓の外を向く。


「でも、たまには。わたしとか、せんぱいとかのことを、きっとちらっと見てくれてるんじゃないかなって」


 頭の中に、より高次元、空間の隙間みたいなところから俺たちの宇宙を覗く、何か絶対的存在のイメージが浮かび上がってきた。


「ロマンチストだなあ」


 俺の口から意図しないうちに感想が零れると、後輩ちゃんがびくんとなって、目を逸らした。


「いいじゃないですか、これくらい」


「悪いとは言ってないよ?」


 にやにやしてみると、後輩ちゃんはさらに恥ずかしがっている。


「別に恥ずかしいことじゃないし」


「じゃあなんでそんなに笑うんですか?」


「後輩ちゃんの反応が面白いから」


「なんですかそれ……」


 そうこうしているうちに、駅に着きそうだ。


「まあ、なんだ。今月もよろしく」


 どうせこいつとは毎朝顔を合わせるんだ。改めて挨拶しておいたって、いいだろう。

 一瞬きょとんとした後輩ちゃんは、すぐに笑顔を浮かべると、元気よく返事をしてくれた。


「こちらこそよろしくおねがいしますね、せんぱい♪」

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