第74日「せんぱいはどうしてくれますか?」

 # # #


「せんぱい、おはようございます」


「おはよう」


 朝のホームで、後輩ちゃんと挨拶。

 ……なんか、ちょっとだけテンションが低い感じがする。暗い気がする。


「あれ?」


「どうした」


 後輩ちゃんがこちらを覗き込んでから、首をひねった。


「せんぱい、なんともなかったんですか?」


「何の話だ?」


 彼女が目をしばたかせてから、ぷいっと視線を逸らした。


「じゃあいいです」


「え、何だよそれ」


「なんでもないですよ、せんぱい」


 電車がやってきて、がたんごとんと音がして、ドアがぷしゅーと開いて乗り込んで。

 いつもの位置についた後輩ちゃんが、はあ、と溜め息をついた。


 うん。

 意図してるかしてないかはわからないんだけれど、そこまで露骨にされると、やっぱりこっちとしてもどうしても気になってきちゃうわけだ。


「で、何でございますでしょうか真春さま」


 まあ、真っ直ぐ聞いてやる義理もないので、こういう言い方になるんだが。


「なんでもないですって」


「教えて下さいますか?」


「せんぱいが慇懃無礼なの、きもちわるいです」


 そんな直接的に言わなくてもいいと思うんだけどなあ。


「ただ丁寧なだけじゃんかよ」


「似合ってないんですよ。雰囲気と」


「なんだそれ。で、何だったの?」


「言いません」


 あーもう。わかったって。


「『今日の一問』だよ。さっき、俺と会ってすぐ、何て言おうとしたのか教えてくれ」


 * * *


 うまくはぐらかせそうだと思ったんですけどねえ。ちょうど、電車来ましたし。

 でも、無理でしたね。ちゃんと聞かれちゃいました。『今日の一問』で。


「えーっと……」


「なになに」


「というか、せんぱい、ほんとに何も心当たりないんですか?」


 わたしだけがこんなことに巻き込まれてるわけじゃないと思うんですけどね。

 きっとせんぱいのことですから、気づいてないんでしょうね。おそらく。


「何、俺悪いことでもしたの?」


「俺、というか、わたしも、というか、わたし達、というか、です」


「はあ?」


 自分の言葉が、とても歯切れの悪いことになっているのに気付きます。

 まあこんなの大したことじゃないんですよ。早く言っちゃいましょう。


「あのですね」


「うん」


「友達に、『彼氏できたんだ! おめでとう!!』って言われたんですよ」


 それも、満面の笑みで。あれはなんの笑みだったんでしょうね。


「はあ……えっ?」


 はてさて。せんぱいの反応と返事が楽しみです。


 # # #


 昨日は、文化祭が終わってからはじめての授業日だった。言い換えれば、文化祭の後はじめてクラスの全員が集まって、噂話とかをするような日でもあったんだろう。


 うーん。

 「彼氏ができた」って、どう考えてもあれだよなあ。文化祭のどこかだよなあ。たこ焼きの屋台とか怪しいけどもはや犯人はどうでもいいわそれは。

 そもそも、本当に俺が彼女の相手なんだろうか。まずそこから。

 こいつ、平気で人のこと騙してくるからなあ。


「そいつはおめでとう。お相手はどんな人なんだ?」


 後輩ちゃんが、はあ、と肩を落とす。


「文化祭で一緒にいたところが目撃されたらしいんですよ」


「へえ」


「どのブースに行くにも一緒で、お昼にはロシアンたこ焼きを互いに『あーん』し合ってたとか」


 そうやって客観的視点から考えると、俺と後輩ちゃんってどういう関係なんだろうか。

 そういう関係に見えちゃうのか、もしかして。もしかしてどころか、きっと80%くらいでそういう関係で見えてるような気がする。


「ほーん」


 わかっていても、あえてわからないふりをした。

 後輩ちゃんには、きっとそんなふりをしていることすらバレてるんだろうけど。


「ちなみに」


 彼女が、俺の目を覗き込む。


「今、その人、わたしの目の前にいるんですよ」


「へー」


「いや、もうちょっと反応してくださいよせんぱい」


「ごめん、どう反応するのが正解かわかんなかった」


 な、なんだってー、とか言えばよかったんだろうか。


「まあ、いいですけどね」


 ぷは、と後輩ちゃんが笑った。


「いいのかよ」


 * * *


「え、というかせんぱい、ほんとに何も言われてないんですね、そういうこと」


「うん」


「きっと気付いてないだけですよ。噂されてますよ」


「カクテルパーティー効果はたらいてなかったから、大丈夫じゃね?」


 騒がしい中でも自分の名前はよく聞こえる、ってやつですね。

 自然とほころんでいたほっぺを引き締めて、せんぱいに聞きます。


「大丈夫じゃなかったら、どうしますか?」


「というと」


 ちょっと緊張してしまって、こほんとしてから、続きを言います。


「『今日の一問』です。せんぱいと私が付き合ってる、みたいな話が広まっちゃったら、せんぱいはどうしてくれますか?」


 せんぱいが、困ったみたいに、自分の頭をわしわしとかいています。


「うーん。まあ否定するしかないよね。俺生徒会長だし」


 はい。やっぱりせんぱいはそういう人ですよね。


「ね、やっぱりね。生徒会長としてはね。そうやってね、全生徒に模範を示さないといけないからね、一応校則に載ってる規定は、ちゃんと守らないとね。恋愛禁止だからね」


 ここまでを大真面目に言って、せんぱいはそっぽを向いてしまいます。

 そのまま小さい声で、こんなことが聞こえてきました。


「俺だって、とっとと改正したいんだよ」


 聞こえたんですけれど、面白そうなので、電車の音で聞こえなかったふりをします。


「え?」


「はい。以上」


 左耳をせんぱいの方に近づけて、もう一度。


「なんですか?」


「何でもないっての」


 さっきと立場がまるっきり逆で、なんだか面白いです。


「教えてください」


「もう言わねえよ」


 顔をほんの少しだけ赤くしたせんぱいは、決してわたしと目は合わせてくれません。でも、その動きを観察しているだけでも、飽きることはありませんでした。

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