第73日「せんぱい、わたしとちゅーしたいですか?」
# # #
文化祭が終わって、後片付けも終わって。
後はもう、今学期に残っているイベントといったら期末試験くらいだろうか。
今日からはまた、いつも通りの学校生活が始まる。
いつもみたいに、後輩ちゃんと話をしながら学校に行く生活が、また戻ってくる。
「おはようございまーす」
「ああ、おはよう」
礼儀正しくはないかもしれないけれど、コートのポケットに両手を突っ込んだまま挨拶をした。なにしろ寒いのだ。そろそろ12月になるし、いい加減ぼちぼち「冬」と言っていいだろう。
「眠い」
「まだ火曜日ですよ?」
眠いもんは眠いんだから仕方ないだろ。
もうこれからはひたすら授業受けるだけと思うと、気が重くなってくる。
あー、試験までに根回ししないといけないことがあるにはあるというかこれ超大事だけど、それを除けば勉強勉強勉強だ。うん。
「火曜日、なあ」
「
ん?
「
後輩ちゃんが、唇を突き出して、馬鹿みたいな洒落を言う。
電車が駅に入ってくる音ががたんごとんとうるさかったけれど、彼女の言葉はしっかりと聞き取れた。
* * *
「何言い出すかと思ったら……」
せんぱいが、電車に乗り込みながらため息をつきました。
そのまま、いつもの場所に収まります。
「なにも悪いことは言ってないですよ」
「まあ確かに、悪いかって聞かれたら悪くはないんだろうけどさ」
こんなことを話す予定はなかったんですけどね。
せんぱいが火曜日とか言うから、自然と思いついちゃいました。
「せんぱいって、キスしたことないんでしたっけ」
ずいぶん前に、こんな話をした気がします。
まだコートどころか、カーディガンも着ていなかったような。
「ないけど?」
むすっとしています。
「後輩ちゃんこそ、あるのか?」
「さあ?」
「おい。人には聞いておいて」
「ふふ。せんぱいは、どう思いますか?」
んー、とせんぱいが悩み始めます。
「ま、それはいいです。『今日の一問』です」
「は? 答えは?」
「答えはせんぱいの心の中にあるんですよ」
それこそ「今日の一問」でも使ってくれたら、教えてあげるんですけどね。
「せんぱい、わたしとちゅーしたいですか?」
# # #
「今日の一問」として聞かれた質問には、絶対に正直に答えなければいけない。それが、俺と後輩ちゃんの間で決めたルールである。決めた瞬間はあんまり詳しく覚えてないけど。
で、この質問だ。
困った。
うーん。
「なんだろな」
「早く答えてください」
後輩ちゃんを見ると、ちょっと俺から目を逸らして、心なしか赤くなっているような気がした。
「お? 照れてる?」
「照れてないです」
照れてる照れてる。
「せんぱい?」
「んーとね。したくなくはない、かも」
「じゃあ、しちゃいますか?」
待て待て。
「そんな軽く言うんじゃないよ」
一歩こちらと距離を詰めた後輩ちゃんを、軽く押しとどめる。
電車の中でやるとかさすがにやばいでしょ。
「いや、前にも言ったけどお付き合いもしてない人とキスする趣味はないからさ」
「じゃあしたくないんじゃないですか」
「そうかもな」
「じゃあ、わた……いや、やっぱりなんでもないです」
後輩ちゃんのセリフの続きを想像してしまって、しばらく黙り込んでしまった。
電車の、がたんごとんと言う音が耳に届いて、会話していたことを思い出した。
「じゃあ、俺からも『今日の一問』」
「はい」
やっぱり、俺たちの話はいつだって、この『一問』から広がっていくのだ。
「後輩ちゃん、結局さ、キスしたことはあるの?」
「あ、ないですよ」
すごく冷静に、事務的に、後輩ちゃんが答える。
つか、ないのか。一回くらいあるもんだと勝手に思ってた。
「したいと思ったことは?」
「さあ?」
もう二問目じゃないですか、と後輩ちゃんが笑みを浮かべる。
「意地悪だなあ」
「意地悪なんです」
「そこはサービスとか」
「あいにくですが」
「ほら、質問しそびれた分の積み立て、みたいな」
「それはなしって言ったじゃないですか」
うん。覚えてる。
「じゃあいいや」
「あら、いいんですか?」
「諦めも肝心だよ」
足掻いたところで無駄どころか、後輩ちゃん相手だと変な言質を取られかねない。
「じゃあ、そんなせんぱいにサービスです」
袖口を掴まれる。いや、摘まれると言った方が正確かもしれない。
「
そのまま、若干上目遣いになってすいっと迫ってきた。
一瞬だけくらっといきそうになってしまう。ほんとに一瞬だけ。危ない危ない。
直視するとどうにかなってしまいそうだったから、目を逸らして答えた。
「今、めっちゃ冬だぞ」
汗をかいていないかと聞かれたら、嘘になってしまうけれど。
逆に言えば、汗をかいている間は熱中症にはならないのだ。緊張だかなんでだかはわからないけどとりあえず汗をかいてれば、熱に浮かされる心配はない。
「こほん。せんぱい、よくわかりましたね」
彼女が咳払いして、元の位置に戻った。
「まあ、定番のネタだし」
あと、ね。
敬語じゃないのもおかしいんだよ。後輩ちゃんといえば、やっぱり敬語だ。
「あの、せんぱい」
「ん?」
そろそろ学校の最寄り駅に着こうかという頃、彼女は改めてこちらを向いた。
「キスしたいと思ったことはないのか、って質問ですけど」
どうやらサービスで、二問目に答えてくれる気になったらしい。
後輩ちゃんは俺と軽く目を合わせてから、ぺろっと舌を出す。
「こうやってせんぱいをからかってる方が、きっと、たのしいです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます