第72日「せんぱい、ほしいですか? わたしの絵」
# # #
文化祭が終わって、一夜明けて。
別に祭りが終わったからと言って、打ち上げなどをするわけでもなかった。それは生徒会もだし、美術部だってそうらしい。
まあ、だから、昨日は後輩ちゃんと校舎をぐるぐるした後、すぐに帰ったわけだ。帰り道も一緒というのはなかなか無くて、新鮮な感じがしたけれど。
昨日休んだ分、今日は働かなくてはならないらしい。
いや、学校自体は休みなのだ。ただ、一応、スケジュール上では今日は「文化祭片付け日」になっている。教室の飾り付けを全部取り去って普段に戻し、机と椅子をえっちらおっちら運んできて元のように並べるのだ。
それくらいの単純な作業だから、生徒会は11時集合だった。というか、これ、文化祭終わった直後でもできたんじゃないのかなあ。そんなことを思いながら、机を運ぶ。
「会長で最後ですね」
そう。1時間もしないうちに教室は元の姿を取り戻し、後は俺の運んできた机を然るべき位置に納めれば完成である。
ちなみに、売れ残った商品はダンボールに詰められ、倉庫に投げ込まれたらしい。来年、スペースが余ればまた出すとか出さないとか。そんなんでいいのか生徒会バザーって。
「おう」
「はい、皆さん。これで文化祭、後片付けまで終了ですね。解散です。お疲れ様でした」
おつかれっしたー、と雑な返事がぱらぱらと聞こえて、ばらばらと教室から生徒会メンバーが出ていく。俺もその波に乗って外に出る。
うーん、どうしよう。なんかこれだけのために学校に来たっていうのも、ちょっとやるせない。
しばらく考えた末、美術部に行くことにした。別に他意はない。
* * *
文化祭が終わった次の日も、美術部は10時集合でした。またせんぱいと時間が合わなかったです。
今日は装飾を取りはらって、壁から吊った絵を外して、あとは教室の中の机と椅子の配置を元に戻す作業をしました。早い話が、いつもの授業ができるように戻すってことですね。
「米山さん」
「はい?」
美術部の先輩がわたしをちょいちょいと手招きしました。
壁に立てかけてあった、ハリセンボンのイラストを見ています。
「この絵なんだけどさ、美術部に置いとくって形でもいいし、米山さんが個人で持って帰るって形でもいいんだよ」
あ、そうなんですね。
てっきり捨てられちゃうもんだと思ってました。
「別に今じゃなくて、帰るときでいいから、どっちにするか決めといてくれる?」
「あ、わかりましたー」
と、返事をしたものの。
イラスト、ちゃんとパネル仕立てにしたせいで、結構かさばるし重いんですよね。
ひとりで持って帰るのは……と考えていると、扉ががらがらと開きました。
「こんにちは。米山は……」
「せんぱい!」
そこに立っていたのは、いつも通りにぶすっとした顔をしたせんぱいでした。
「せんぱい、どうしたんですか?」
「いや、暇だった――暇になったから。皆さん、うちの後輩がお世話になりました」
美術部の皆さんが、きょとんとした顔をします。
いいえ、ひとりだけ例外がいました。出塚先輩です。
「どういう関係なんだかなあ」
にやにや、と自分で効果音までつけて、先輩がせんぱいを煽ります。
「どうもしねえよ。ただの後輩だ」
「素直になっとけよ」
まったく、とひとつ息をついて、こんどは先輩がわたしの方を向きました。
「んー、じゃあ米山ちゃん。もう帰って大丈夫だよ、仕事終わったし」
下手くそにウィンクなんて決めて、わたしにせんぱいをどうしろと言うんでしょうか。
まあ、ありがたく受け取っておくとしましょう。
「いいんですか? ありがとうございます!」
「いやお前な、まて」
待ちませんよ。むしろ、せんぱいには持ってもらうものがあるんですから。
「じゃあせんぱい、これ持っていただけますか?」
大きな平べったいビニール袋を、すいっと渡しました。
「なにこれ」
「わたしのイラストです」
「いやお前持てよ」
「かさばるんですよ」
「自分で作ったやつだろうが。ちょっとは愛着持て」
んー。
「わかりました。半分ずつ持ちましょう」
「半分?」
「こうするんです」
わたしとせんぱいが横に並んで、左右の端をそれぞれ持ちました。
あんまり重くないのに、これする意味ってなんなんでしょう。
「ドア通れないぞ」
「その時くらいせんぱいが持ってください」
「いやそこはお前だろ」
言い合っていてもしょうがないので、教室を出ることにしました。
# # #
廊下をふたり並んで、まるで盾のように、パネルの入ったビニール袋を掲げて、歩く。人がいないのが救いか。でも空気抵抗が結構かかってくる。
そういえば、そろそろ昼の時間である。
「後輩ちゃん、昼って食べた?」
「まだですよ」
「弁当?」
「いいえ。いつ終わるかわかんなかったので」
「どっかで食べる?」
「行きましょうか」
そういうことになった。
流れで俺から誘っちゃったけど、あんまりそういうことってなかったな。
適当なファミレスに入って、かさばる絵をようやく手放せてほっとする。
「せんぱい、『今日の一問』なんですけど」
お冷を飲むのもそこそこに、後輩ちゃんが切り出した。
「何だよ」
「せんぱい、ほしいですか? わたしの絵」
おとといはあまり見れなかったから、見たいといえば見たい。
「ほしいって?」
「あげますよ、せんぱいに」
うーん……
「せんぱいが、ちゃんとほしいって言ってくれたら、ですけどね♪」
アニメのタペストリーとかを机の前に貼り出す趣味はないけれど。あの絵なら、部屋に飾ってもいいような気がした。
「じゃあ、ほしい」
「じゃあ、あげます」
結局、ファミレスを出てからは俺が持って帰ることになった。
* * *
帰りの電車の中で、せんぱいがこちらを向きました。
「なあ、『今日の一問』していいか?」
「はい」
「なんで、俺に渡したんだ? この絵」
大きな袋を持ち上げて、せんぱいがわたしに聞きます。
さすがに、題材が題材だから、とは言えなくて。わたしの口からは、こんな言葉がこぼれただけでした。
「せんぱいに、じっくりみてほしかったからですよ」
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