第71日「せんぱい、何食べたいですか?」
# # #
「あの、せんぱい」
ガラクタの並ぶ生徒会バザーの教室で、後輩ちゃんが思い出したようにこちらを向いた。
「なんだよ」
「明日って学校来ますか?」
「いや行くわけ」
学校的には、2日間の文化祭期間のどちらかに来ればいいことになっている。
なんでわざわざ、2日とも来なきゃいけないんだ。この辺は安全だからいいんだけど、あんなカオスな空間に無理に足を踏み入れることないんだぞ。いやほんとに。
「えー」
後輩ちゃんが、口をぷくーっと膨らませる。
「いいんですか? せんぱい。まだ見て回ってないじゃないですか」
「もう美術部は見たし」
むしろ他は歩くだけで危険だ。
「わたし何も見てないです」
「バザーは見てるじゃん」
「だってここつまんないし」
「じゃあなんで来た」
机をとんと叩いてから、両手を顔の横にあげて、わけわかんないのポーズをした。
「とにかく。せんぱい、明日も来ますよ。学校」
「え」
「朝10時に、駅集合です。わかりましたね?」
# # #
そういうわけで、日曜日だというのに制服に着替えて、家の最寄駅で電車が来るのを待っている。
「おはようございまーす」
いつもに比べれば、だいぶ遅い時間。それでもまだ午前中ではあるから、確かに「おはよう」でいいだろう。
「おう、おはよう」
いつも通りに制服の上からダッフルコートを羽織った後輩ちゃんは、なぜかいつもより少しだけ機嫌がいいように見えた。
「文化祭ですね」
「昨日も行ったじゃねえか」
「見て回ってないですし」
「なあ、一応もう一度だけ言っとくけど、カオスだからな」
「カオス?」
そう。うちの文化祭はカオスなのだ。
去年何も知らずにふらっと一周だけしようかなーって行ったらもみくちゃにされた。
「そう、カオス」
「わかんないですけど、おもしろそうじゃないですか?」
そうだった。こいつはそういうやつだった。
「それじゃ、行きましょう。せんぱい」
電車に乗って、学校に向かった。
* * *
昨日もくぐった校門には、「文化祭」という文字が大きく掲げられています。
「せんぱい♪」
返事がないので後ろを見ると、げっそりとした雰囲気のせんぱいが、足取り重く歩いていました。
「なあ、ほんとに行かなきゃだめか?」
「わたしひとりで行かせる気ですか」
「俺、行きたくない。お前、行きたい。じゃあ俺、ここで待つ。健闘を祈る」
そんなに嫌ですか?
でも、せんぱいといっしょに行ってみたいんですよね。
「だめです」
そういうわけで、手――はさすがに恥ずかしいので、せんぱいが肩からさげたかばんを引っ張ることにしました。
昨日は美術部と生徒会の部屋しか行ってませんでしたからね。楽しみです。
# # #
後輩ちゃんに引っ張られて、今年も魔の文化祭に足を踏み入れることになってしまった。
……うん。
今年もそれぞれの部活が、狙った獲物は逃さないようなブースを展開してて面白かった。それしか言えない。
吹奏楽部では「間接キスしちゃおう! 楽器体験会」に引っ張り込まれ、クイズ研究会では「10問答えるまで出られない部屋(ふたりで息を合わせて答えないといけない)」に閉じ込められ、漫画研究会では「漫画のシチュ体験してみよう会」に巻き込まれ……なんだこれ。どこのラブコメだおい。
いやでも、去年よりはマシだったかもしれない。相手が、後輩ちゃんがいたから。前はひとりぼっちでぐるぐるしてたから、大変だった。もう思い出したくないけど。
そんな感じで「文化祭」の洗礼を再度受けた後、廊下のはじっこで、後輩ちゃんがこちらを振り向いた。
「ところでせんぱい、お腹空きましたよね?」
時計を見れば、とっくに昼は回って、13時だ。
「たしかにな」
「『今日の一問』です。せんぱい、何食べたいですか?」
「よし、一旦学校出るぞ」
駅の方まで行けば、マックなり牛丼なりラーメンなりがある。
ちょっとは平穏なところに行ける。やったぜ。
「え?」
「駅前のどこかがいい」
「だめです」
「は?」
後輩ちゃんはこちらに視線を向けたまま、てこでも動こうとしない。
あれか。
「『今日の一問』。後輩ちゃんは何が食べたいんだ?」
「屋台、あったじゃないですか」
だからなんでそういうところに気がつくんだよ、お前は。
いや、確かに。文化祭実行委員の屋台部門が出してる屋台が、いくつか。
「嫌だ」
「はい。じゃあ行きましょう」
あの。最近、俺の意志が無視されすぎている気がする。
校舎の外、グラウンド側に、3つくらいの屋台が置いてあって、煙が少し立っている。
「と、ここですね」
いくらこの文化祭とはいえ、屋台くらいはまともなもの、売ってると信じてるぞ。
後輩ちゃんが、屋台にかかっている看板を読み上げる。
「ロシアンたこ焼き、アイスクリームの天ぷら、お漬物……」
「ああ。カオスだな」
「ですね。で、せんぱい。どれにします?」
漬物ってなんだよ。誰だ、文化祭で漬物売ろうなんてアイデア出したやつは。
「あの、今からやっぱり駅の方に行くって選択肢は……?」
「ほらー、そこのお兄さん! ここまで来ておいて俺たちの屋台無視ってそりゃないよねー? だってさ、ほら、せっかくの文化祭だよ? 今でしか味わえない体験しようよ!」
後輩ちゃんに言ったつもりのことばは、段ボールの看板を持ったチャラめの男にインターセプトされてしまったようだった。
「俺のおすすめはねー、ロシアンたこ焼き。今日も寒いじゃん?熱々のたこ焼きを、アツアツのおふたりさんで食べさせあってくれよな!」
セールストークがうまいな。でも、俺たち別にアツアツってわけじゃないんだけどなあ。
というかロシアンってロシアンルーレットのロシアンってことだよな。中に何が入ってるんだよ。
そんなことを考えつつ、どうやってこの状況を脱しようか検討していると、後ろから声がした。
「じゃあそれで」
小さな色白の手が伸びてきて、チャラ男に500円玉をひょいと渡す。
「彼女さんありがとう! たこ焼き1皿です!」
買われてしまった。
「彼女さん、ですってよ?」
「何のことやら」
* * *
勢いで買ってしまいました。ロシアンたこ焼き、8個入りです。
ご丁寧に、つまようじは2つつけてくれました。
「さて、せんぱい」
屋台の前には椅子が並んでいて、座れるようになっていました。
せんぱいと向かい合って座ります。
「食べましょう」
つまようじを持って、ずらっと並んだたこ焼きの中からひとつを選んで刺しました。
せんぱいにもようじを渡します。
「これ腹膨れるのかな」
「もう一皿食べます?」
「それはそれで嫌だ」
さあ。ロシアンたこ焼き、いったいどんな具材が入っているのでしょうか。
「はい、あーん」
「え?」
何やら視線を感じないこともないですけれど、気にしないで続けます。
「早くしてください」
別にわたしに食べ物放り込まれたことくらいあるじゃないですか。
「いや、熱いでしょぜったい」
「だいじょうぶですよ、ほら」
んー、とせんぱいが何やら考えます。
「わかった。食べるから。だからそっちも口開け、ほらあーん」
「へ、ほうへすか?」(え、こうですか?)
「ほうほう」(そうそう)
そして。お互いの口の中に、熱々……ではなかったですけれど、暖かいロシアンたこ焼きを突っ込んだのでした。
「かっら!」
「うわ、甘いです」
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感想は、正反対だった。
おおよそたこ焼きを食べて出てくるような感想ではない。
俺はシンプルに辛かった。わさびの辛さじゃなくて、芥子の、マスタードの辛さだ。
あー、辛い。水飲ませてくれ。
まわりの生地はたこ焼きのままなのは救いかもしれない。ソースがカリカリの生地と合わさっているあたりはふつうにたこ焼きっぽくて美味しい。辛さで全部打ち消されてるけど。
「俺、辛子だわ。やー、かっらい後輩ちゃんは?」
「チョコですね、これ」
後輩ちゃんは、変な顔をしてこう付け加えた
「甘さとしょっぱさが混ざって、微妙です」
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