第70日「せんぱい、なんで来たんですか?」
# # #
金曜日。
文化祭の、生徒会の出し物――つまりバザーの準備は、つつがなく終了した。
そもそもバザー程度の準備に、手間取る理由がない。机を並べて、椅子を避けて、お会計スペース(交代で入るらしい。シフトはきっちり組まれていた)を作って、父兄から提供してもらった品をこれほんとに売れるのかと思いながら並べて、……それくらいだ。
とっとと終わってしまったので、とっとと帰ろうとした。帰ろうとして、そういえば後輩ちゃんがいる美術部の方を見に行ってもいいかなと思って一瞬足が止まった。
振り返って校舎に戻ろうとして、重大な問題が発生したことに気が付いた。
そう。
美術部が使ってる教室、わかんね。
探し回るほどのバイタリティは、俺にはない。
俺は祭りの空気を纏い始めた学校から脱出し、駅に向けて歩き始めた。
* * *
夜が来て、朝が来て。
11月25日、文化祭の日がやって来ました。
わたしが所属する美術部(活動、ぜんぜん行ってませんけど……)では、部員の制作した作品の展示を行います。
正直、不人気でしょうね。華やかさというか、にぎやかさというか、明るさが足りないです。会話もあんまりないですし。ざーっと見て終わりでしょう。教室に入ってきてくれるだけで嬉しいくらいですよ。
そもそも文化部は、人が少ないところが多いです。当然美術部も例外ではなく、つまり人手不足なのです。幽霊部員のわたしにも、展示教室の番をする役目が割り当てられました。
文化祭1日目の午前中、9時から昼すぎまで、出塚先輩(やっと名前をおぼえました)といっしょに教室内にいて、ということでした。
結局、昨日と同じ時間に学校に来ました。もちろん、せんぱいはいっしょではありません。あの人、昼すぎから学校に来るって言ってましたからね。しかたないです。
「おはようございます」
昨日いろいろ設営して、油絵や彫刻、それに混じってわたしのイラストが飾られている教室に入っていくと、出塚先輩はもう来ていました。
「あ、米山ちゃん。来たね」
「よろしくお願いします」
「まあ、去年もあんまり人来なかったからなぁ。気楽にやろうよ」
「あ、はい」
先輩と、何をすればいいかを確認します。
基本的には、展示物の見張り。興味を持った人がいたら様子を見つつ話しかけたりするらしいです。
「9時になりました。ただいまより、文化祭を開始します」
校内放送が入って、文化祭が始まりました。
* * *
ちらほらとお客さんは入ってきますが、ざーっと眺めてすぐに出ていってしまいます。
「うーん……」
もう、始まってから1時間が経ってしまいました。
わたしはそこまでですけど、美術部の他の人の作品がさーっと見られて終わっちゃうのは、なんだか寂しいです。
「まあ、こんなもんだろうな」
そんな思いを見透かしたかのような、せんぱいの、ちょっと皮肉ったような声がしました。
「うるさいです」
って、あれ?
「ん? せんぱい? なんでここに?」
教室の隅っこで座ったわたしの前に、せんぱいが立っていました。
ちょっとあわててしまったので、仕切り直します。
こほん。
「『今日の一問』です。せんぱい、なんで来たんですか?」
# # #
ぼーっとしていたかと思ったら、わたふたして、そしてこちらを睨むようにして質問をぶつけてきた。
というか、理由を聞く質問だぞ。そういうのしないんじゃなかったのか。
……まあ、いいか。
「このあと、バザーの係だからな。ちょっと早めに来て、ついでに」
ちょっとは、ここの後輩ちゃんの絵を見たかったってのもあるけど。
「それだけですか?」
ぐぬぬ。
嘘をつかない、と約束している以上、誤魔化せない。
「あとは後輩ちゃんの絵がどんなもんか見てやろうと」
「なんで上から目線」
「美術部なんだろ」
「幽霊ですけどね」
「誇らしく言うことでもねえよ……」
ま、俺の質問が流れ去ったのはいいことだ。
「それで、後輩ちゃんの絵はどれ?」
「見ればわかるでしょう、これですけど」
後輩ちゃんの座ったすぐ近くに、明らかに一枚、浮いているイラストがあった。
周りは油絵とかせいぜい水彩ばっかりなのに、ひとつだけデジタルイラストだ。
海の中の絵だ。
エダサンゴやテーブルサンゴがたくさん生えた南の海を、2匹のハリセンボンが泳いでいる。なんで、わざわざハリセンボンなんだろうな。いや俺が言ったからだけど。他にもチョウチョウウオとか、もっときれいな魚はいくらでもいるだろうに。
ハリセンボンの片割れは純白で、もう片方はすこし黄色がかっていた。
どっちがどっちなんだろう。そんなことを思ってしまった自分に何を考えているんだとツッコミを入れる。
「せんぱい、あの」
がたん、という音を響かせて、後輩ちゃんが座った椅子から立ち上がった。
* * *
「そんなに見ないでください」
「は?」
「はずかしいので」
自分の描いた絵がじっくりと見られるのって、こんなにはずかしいものなんですね。
今まで、描いたものはネットでしか公開していなかったので、わかりませんでした。
「いやお前人に見せるために描いたんだろ、いいじゃん」
「ありがとうございました。もう帰っていいですから」
せんぱいの背中を押して押して、教室から追い出してしまいました。
いやお前ちょっと、とかなんとか言ってましたけれど、気にしないことにしました。
元の位置に戻ってきたわたしに、出塚先輩が声をかけてくれました。
来場者のいない教室に、言葉が響きます。
「自分の作品を人に見せるって、そういうもんだと思うよ」
そういうもの、なんでしょうか。
どういうもの、なんでしょう。
こんなことを考えていると、交代の時間がやってきました。これでわたしは無罪放免ですね。きっと来年の文化祭シーズンまで、美術部に来ることはないでしょう。
さて。暇になったので――せんぱいのところにでも、行きますか。
生徒会バザー、と案内にあった教室は、校舎の一番上の階にありました。
なんで、こんな人の少ないところに。
がらがら、ととびらを開けたら、すぐ横にせんぱいが座っていました。
「いやお前何で来たの? 『今日の一問』」
いきなり質問されて、ちょっとどう答えるか迷ってしまいます。
でも、基本的には本当のことを答えるしかないわけです。
「せんぱいがいるので」
「おいこらどういう意味だ」
「何かおもしろいことが起こるんじゃないかと、来てみました」
「なにもねえよ……」
バザーらしいので、当然商品があります。
一周してみたのですが、その、なんでしょう。
「ガラクタばかりですね」
「掘り出し物は近所の人が朝一に来て全部買っていったらしいよ」
「なるほど」
それなら、もうこの教室に、人はあまり来ないかもしれません。
せんぱいと存分に、おしゃべりができそうです。
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