第54日「きのことたけのこ、どっちが好きですか?」

 # # #


「秋ですよね」


「もう冬だろ。寒いわ」


「秋といえば、なんでしょうね」


「読書の秋だろ」


 この間、神保町で買った本に、ようやく手をつけ始めた。

 積ん読が多いと大変だ。大変だと言いつつ、溺れるように読めるのは嬉しい。今日だって、かばんには2冊の本を入れてきてしまった。

 目の前の後輩ちゃんのせいで、1冊だって読み切れる気がしないのに。


「いいや、食欲の秋です」


「スポーツは?」


「運動会、こないだやったじゃないですか」


「食事だって毎日してるけど」


「そんなこと言ったら、せんぱいは毎日読書してるじゃないですか」


 水掛け論をしていると、朝の空気の中を、電車が駆けてきた。


 * * *


 読書でもなく、スポーツでもなく。わたしが言いたいのは、食についてでした。


「秋ですよ秋」


「いやだからもう冬」


「なんでそんなに秋推してるのよ、今日」


「聞きたいことがあるんですよ」


 まあ、大したことじゃあないんですけれど、ね。

 秋が終わる前に、質問しておくべきだと思いました。


「いつものことじゃんかよ」


 確かに、わたしが、その日聞きたいことに関連して話を始めるのはいつものことですね。


「いいじゃないですか」


「悪いとは言ってない」


「ではですね」


「待て」


 きのうからあたためていた質問をしようとすると、せんぱいに止められてしまいました。


「当てるわ。あれだろ」


 どうやら、わたしの質問内容を当てようとしているみたいです。


「『食欲の秋』なんだろ? 秋の味覚だろ? で、質問になりそうなものだろ。決まってんじゃん」


「ほー?」


 ちょっと、わかりやすすぎましたかね? まあいいです。


「ザ・ウォー・オブ・マッシュルーム・アンド……」


「はいはい。それで正解ですからカッコつけなくていいですよ、せんぱい」


「たけのこって英語で何て言うの? バンブーベイビー?」


「ボが入ってないのが惜しいですね」


 そう言うと、せんぱいはスマホで調べ始めました。


「へー、Bambooバンブー Shootシュートとか、Bambooバンブー Sproutスプラウトとか言うんだってさ」


 竹の新芽ってことですね。なるほど。

 せんぱいの「ベイビー」も、案外惜しかったんですね。


 # # #


「で、きのこたけのこ大戦争なわけか」


「はい。『今日の一問』です。きのことたけのこ、どっちが好きですか?」


 ふつう「きのこたけのこ戦争」って言ったら、チョコレートのことを指すけれども、ここはあえて乗らない。


「キノコっつっても色々あるよな。マツタケ、シイタケ、エリンギ、あと……」


 俺がボケたとたんに、後輩ちゃんがずっこけた。


「想定外です、それ」


「最近考えが甘いんじゃないか? とはいえ。俺はタケノコの方が好きだな。あのシャキシャキ感は他にはないから」


「エリンギもこりこりしてておいしいですよ?」


「質が違うじゃん」


「まあ、それは」


 後輩ちゃんは、ぱん、と手を叩いた。


「そっちは置いといてですね。『きのこの山』と『たけのこの里』だったら、せんぱいどっちが好きですか?」


「『きのこの山』一択よ」


「えっ」


「だってそっちの方がチョコ多いんだもん」


 目の前の彼女が、ぐぬぬと唸っている。


「『今日の一問』。後輩ちゃんは、きのこの山とたけのこの里、どっちが好きなの?」


「たけのこ以外ありえません」


「は?」


「たけのこはクッキーなんですよ。土台部分」


「きのこはクラッカーだって言うんだろ? それが何だよ。きのこの方がおいしいだろ」


「いいえ、たけのこです」


 ダメだ。何か適当な根拠はないか。


「第一たけのこって文字数が多いじゃないか。その分言いにくいのがダメだ」


「『きのこの山』って6文字ですよ? 7文字の『たけのこの里』の方が、七五調っぽくて日本語のリズムに合ってます」


「たけのこってまだ未完成じゃないか。竹になるじゃん。その点きのこはもう成体だから」


「たけのこより大きいきのこなんて、そうそうないと思いますよ?」


「サルノコシカケとか」


 木につく、平べったいやつだ。


「あんなの硬すぎて食べれないじゃないですか」


 おいおい、よく知ってるな。


「あれは中国じゃ漢方に使われたりもするから。体にいいんだよ」


「チョコレート関係なくなってますよ、せんぱい?」


「いいんだよ。きのこはとにかくたけのこを上回ってると主張したい」


 この後も押し問答を繰り広げたが、どうにも、後輩ちゃんを説き伏せることはできなかった。


 * * *


「決着、つきませんでしたね」


 電車を降りて、せんぱいの方を振り向きました。


「ついたら困るからな、この戦争。主に明治が」


「まあ、それもそうですけど……」


 ふと目をやると、駅の売店に、『きのこ』と『たけのこ』が並んでいるのが見えました。

 まだ、始業までには余裕があります。朝ごはんを食べたばかりですけど、まあいいでしょう。買いました。


「布教です」

 

 照れ隠しにそんなことを言って、せんぱいの口に放り込みました。

 もうちょっとわたしに甘くなってくれたって、いいんですよ、せんぱい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る