第83日「後輩ちゃんって、テストとか、緊張するタイプ?」

 # # #


 金曜日の朝のホームで、ぐぐーっと伸びをした。


「いやー、今週もやっと終わりか」


「結局、今学期それ言いっぱなしでしたね、せんぱい」


 来週の月曜日まで授業はあるけれど、火曜日からは期末試験が始まる。試験期間中は朝もちょっと遅くていいし、帰ってくるのも早いから、精神的にはともかく、肉体的にはあんまり疲れないのだ。やったぜ。

 期末が終わったら、なんかもうあとは冬休みロスタイムというかフライングというかそんな感じのやつが来る。テスト返却と、あとはまあ終業式だ。終業式には、俺は大事なおしごとを抱えているんだけれど。うまくいくといいなあ。


「後輩ちゃんと違ってちゃんと授業聞いてるからな。疲れるんだよ」


「それもめっちゃ聞きました」


 うんざりです、と口では言っておきながらしれっと微笑んでいる後輩ちゃんの顔を、ついつい目で追ってしまう。


「せんぱい? どうしました?」


 俺の言葉が途切れたからだろう、彼女は怪訝そうな目を向けてきた。

 ちょっと首を傾けて、それからにやりとして俺をからかう。


「わたしに見とれちゃったんですか? まったく……」


「うん」


 どうせ、俺が口ごもることを想定してるんだろう。

 湧き上がる感情はこらえて、あえて真面目に、ただうなずく。


「そう、ですか」


 後輩ちゃんが俺から目を逸らす頃には、意識せずともにやついてしまっていた。

 たぶん見られてないからセーフ。


「あ、照れてる照れてる」


「照れてないです!」


 * * *


 電車に乗って、いつもの場所に収まります。

 もう照れてないです。わたしはシラフです。


「にしても、もう二学期も終わるんだなあ」


「二学期が終わるとどうなる?」


「知らんのか? 三学期が始まる」


 せんぱいが膝に手をやって、きっちり答えてくれました。


「冬休みどこ行ったんですか」


「あんなの長期休みを名乗る資格ないだろ。短すぎる」


「クリスマスにお正月に、イベントめじろ押しじゃないですか。いくら短いからってないがしろにしないでください」


「イベントかあ。ソシャゲがはかどるね、よかったね」


 いつから、日本人はソーシャルゲームで季節を感じるようになったのでしょう。


「よくないですよ」


「そう?」


「そうです」


 今年度の冬休みは、せんぱいにはいろんなところに行ってもらわないといけないんですから。

 まあ、わたしが連れ回すんですけれどね。

 ……できたら、いいなあ。


「テスト勉強、はかどってますか?」


 まあ、その前に、来週はテストがやってきます。

 クラスでも「やばい」って声はけっこう聞くようになってきました。まだ2回めですし、どれくらいやばいのかぜんぜんわからないですけれどね。


「はかどってない」


「へえ」


「お前のせいだよ」


「あら? 人のせいにするんですか?」


 それは……と、せんぱいが複雑な顔をします。


 # # #


 まあ、直接的に引っ張り回されてる時間は誤差だから全然大丈夫なんだけれど。

 ついついお前のことを考えちゃうから勉強が思うように進まないだなんて、言えるわけがないじゃんか。


 このまま黙り込んでいると余計なことを聞かれて大惨事になってしまう予感がしたので、無理やり後輩ちゃんに質問をすることにした。


「あー、『今日の一問』なんだけどさ」


「はい」


「後輩ちゃんって、テストとか、緊張するタイプ?」


 ぱっと思いついたような質問ではあるけれど、割と気になる。


「え、緊張する要素ありますか?」


「そりゃあるでしょ」


「ないですね。ぜんぜんです」


 薄々思っていたけど、ほんとに世渡りがうまいというか、なんだろう。「人生」を楽して、楽しく、行きているような奴だな、この後輩。


「逆にせんぱいは緊張するんですか? あ、『一問』です」


「まあ期末試験はあんまりかなあ」


「期末試験、というと?」


「実力テスト系の、ぶっつけ本番なやつはめっちゃ緊張する」


「はい?」


 後輩ちゃんが、眉根を寄せる。


「どう違うのかまったくわかんないです」


「えーとね、期末試験って要するに範囲が決まっているわけで、優等生である俺はそれはもう完璧とは言えないまでもがちがちに勉強するわけですよ」


「うわー……」


「そこ引くところじゃないからね?」


「どれくらいまでやるんですか」


「事故っても80点取れるくらいには」


「それ事故ってないですよね」


 85とか90点を超えてくると運も絡んでくるけれど、8割までだったら実力で取れる範囲だなあ、というのが、これまで通算4回、高校の期末試験というものを受けた俺の所感だ。


「まあ事故か事故じゃないかは置いといて、それくらい勉強すると結果も不安じゃなくなるから、あんまり緊張しない」


「共感はできないですけれど、理解はしました」


「おう、ありがとな」


 ふーむ、と後輩ちゃんが息をつく。


「つまり、実力テストは対策が十分にできないから不安、と」


「うん」


「心配性ですねえ、まったく」


 なぜか、呆れられてしまった。


 * * *


 このせんぱいは、ほんとに、心配性なんですから。

 いろいろ、考えすぎだと思います。まあ、考えないのもそれはそれで困りますし、この人はむしろこれくらいでいいのかもしれませんけれど。

 もうちょっと積極的でもうれしいんですけどねえ。


「後輩ちゃんはあれだろ。勉強しないけどどうせ取れるから緊張もしないってやつだろ」


「正解です」


「いっぺん痛い目見てみろ」


「あいにく要領がいいもので」


 てへ。


「……はあ」


 呆れられちゃいました。

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