第84日「せんぱい、今、なにしてるんですか?」

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 珍しく、目覚ましの音で目を覚ました。珍しくってほどでもないかなあ。先週も別の用事で午前中に起きたし。

 覚悟していたよりは、頭も体も重く感じない。まあ、コーヒーは飲みたいけれど。布団から這い出すのが辛いってほどではなかった。


 なんで無理やり起きたかっていうと、テスト前最後の土日だから勉強しないといけない……のもそれはそうなんだけど、それ以上の用事があった。というか、できてしまった。

 後輩ちゃんの誕生日は、12日である。来週の火曜日。

 祝うのは当日じゃなくてもいい、とは言われたけれど、誕生日プレゼントは早めに確保しておいた方がいいだろう。というか、3日前って、一般的基準なら遅すぎるかもしれない。


 まあ、日程はともかく。

 何あげればいいかすら、結局検討がついてないからなあ。

 これって決まってればAmazonでOKなのに。たいてい、ちょっと安いし。でも何も決まってないから、俺は街に繰り出すことにした。


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 改札を入って、いつもとは反対側のホームに向かう。今日、行くことにしたのは、学校とは反対側に電車で何駅か行ったところのターミナル駅。

 ……後輩ちゃんと、はじめて「デート」したところだったな、そういえば。

 そんなことを思い出すと、線路2つを挟んだ反対側のホームを見てしまう。毎朝の定位置の柱の辺りから、目が離せない。


 こっち側から見ている人には、俺と後輩ちゃんはどんな関係に見えているのだろう。

 そもそも、俺はちゃんと年上に見えるんだろうか? あんだけ手玉に取られていて。

 会話が聞こえるくらいの距離なら、敬語でわかるかもしれないけれども、この距離だと完全に俺がからかわれてるのしか観測できないだろうなあ。うう。


 そんなことをぐでぐで考えていると、ホームに放送が入る。

 いつもより電車がやってくるまでの時間が長く感じたのは、単純に休日のダイヤだからなのか、それとも、普段は後輩ちゃんと話をしているからなのか。


 * * *


 来週の期末試験の勉強、したほうがいいんでしょうか。何やら、せんぱいはがんばるみたいでしたけれど。なにげに、せんぱいとおはなしするようになってから、はじめてのまともな試験です。

 ……まあ、その前にわたしの誕生日が来るんですよね。今年で16歳です。16歳女といえば、もう法律上は結婚ができてしまうそうですね。家庭科の先生がいってました。

 結婚、かあ。

 わたしは、結婚するんでしょうか。するとして、だれと結婚するんでしょうか。

 ……少なくともしばらくの間はしないと思いますし、保留にしておきましょう。


 今は朝の11時過ぎ。

 休日にせんぱいにLINEをおくるには少しはやい時間ですが……先週のこともありますし、もうおくっちゃいます。


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 俺も、無策で出かけてきたわけではない。女性が好きそうな、おしゃれそうな小物(?)を売っていそうな店が並んでいる場所はリサーチしてある。なんだかんだいってこの街はホームグラウンドだし、商業施設のそのフロアにはあっさりたどり着くことができた。

 とはいえ。ここからは、はじめて足を踏み入れる領域である。そこはかとなく、アロマだかシャボンだか、そんな感じのすっきりする香りがフロア全体に漂っている気がする。


 ……男ひとりで入るところじゃないでしょ、ここ。

 まあ、来てしまったものはしょうがないし、最悪でも目星はつけないといけないので、「あくまでも通行人です~~」という空気を醸し出しながら、店の立ち並ぶ前をゆっくり歩くことにした。


 なんか、色々あるなあ……

 こういうのと一切無縁の人生を送ってきた俺からすると、使い方がわからないものもちらほらある。あのガラス瓶にぶっささってるちょっと太いスパゲッティはなんですか?


 異国に迷い込んだような気分で(今まで、こういうものを大して気にしていなかったのだから仕方ない)歩いていると、ポケットのスマホが震えた。

 LINEの通知だ。後輩ちゃんから。

 休日にしては早いなあ。先週のこと覚えてて、またなんか企んでるんだろうか。


 とりあえず、ここにいては『一問』がこっち方向に飛んできた時に悲惨なことになる。返事をする前に、移動したいところだ。

 うーん……早めの昼飯にしとくかな。


 * * *


まはるん♪:おはようございまーす


 15分くらいで、お返事がきました。


井口慶太 :おう、おはよう


 んー。どうなんでしょうね、これ。

 せんぱいも賢いので、起きててわざと返事遅らせたパターンもありますからね。

 でも週末だと起床時間こんなもんですしねえ、あの人。

 さて。どう探りましょうか。


まはるん♪:今日の朝ごはんはなんでしたか?

井口慶太 :いつも通りだよ

井口慶太 :白米とコーヒー

まはるん♪:それ絶望的な組みあわせですよね

井口慶太 :そうでもない


 休日に、ちゃんと朝ごはん食べてるなんてイレギュラーですねえ。


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まはるん♪:さて、せんぱい。『今日の一問』です


 ん?

 何か嫌な予感がする。

 朝ごはんについて普通に答えただけなのになあ。


まはるん♪:せんぱい、今、なにしてるんですか?


 なんで俺が普段通りじゃないってバレてるのかなー?

 普段通りじゃない……ああ。普段通りだったら休日は朝ごはん食べないもんなー。そりゃバレるか。

 本当に、気が抜けない相手だ。気が置けない相手でもあるかもしれないけど。


 一応、防衛策をとっておいてよかった。

 お前のプレゼント探してた、だなんて恥ずかしいし。


井口慶太 :うどん食べてる

まはるん♪:うどん?

井口慶太 :[画像を送信しました]


 安いからね。天ぷらつけちゃったけど、それでも安い。


まはるん♪:しかも家じゃなくてお店なんですね

井口慶太 :丸亀だよ丸亀

まはるん♪:ああ


 後輩ちゃんでも、行くことあるんだろうか。ちょっと気になったけれど、それ以上に気になることがあった。


井口慶太 :『今日の一問』。後輩ちゃんこそ、今は何してたの?

井口慶太 :というか、俺にLINE飛ばしてくる前、か

まはるん♪:んー

まはるん♪:家でぼーっとしてました


 後輩ちゃんでも、ぼーっとすることあるのか。


井口慶太 :マジか

まはるん♪:はい

まはるん♪:試験勉強したほうがいいのかなあって

井口慶太 :いや、勉強はしろよ

まはるん♪:あいにく、わたし頭いいので

井口慶太 :はいはいすごいすごい


 天才型はほんといいよなあ。


まはるん♪:せんぱいこそ、勉強しなくて大丈夫なんですか?

井口慶太 :野暮用の方が優先だった

まはるん♪:へー

まはるん♪:野暮用なのに優先しちゃうんですかー

まはるん♪:へー

井口慶太 :なんだよ、それ

井口慶太 :別によくね?

まはるん♪:いいえ、別に?


 これ、絶対、俺が何してるのか察されたよなあ。

 今日は手玉に取られっぱなしで、ちょっと悔しい。


まはるん♪:どうせまだ終わってないんでしょう?

まはるん♪:がんばってくださいね!

井口慶太 :おう……


 これっきりで、LINEが途切れる。

 今日は、デートしましょう、とかは言ってこないみたいだ。まあ、それはそうなんだけれど。

 少し寂しさを覚えてしまっている自分に、びっくりした。


 さーてと。さっさとプレゼント決めて帰って勉強しよう。せっかく後輩ちゃんに捕まらないことだし。

 俺はコップの水をぐぐっと飲み干すと、うどん屋のカウンター席から立ち上がった。

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