第13日「せんぱいの好きな季節は、なんですか?」
# # #
「涼しく、というかもはや肌寒くなってきましたよねー」
今朝もいつものように駅に現れた後輩ちゃんは、クリーム色のカーディガンを着ていた。
お互い会話をしていなかったときからさかのぼって思い出しても、初めて見る服だ。きっちり萌え袖の長さに合わせて、手を半分隠しているあたりがとても腹立たしい。
まあ、俺もシャツを長袖にしていたりするし、確かに寒くなってきた。
秋分は……先週の土曜日だったか。祝日が潰れたの許さねえからな。ともかく、季節はすっかり秋だ。冬の足音すら、聞こえ始めているのかもしれない。
「冬服になるのっていつからだっけ」
「わたし知りませんよ。まだ1年生なんですから」
そうだった。敬語なのに言葉の端々が俺に刺さるから、ついつい後輩の1年生であることが意識から外れてしまう。呼び名は「後輩ちゃん」なのにな。
んーと。
「11月入ったときだっけ? 文化祭明けだっけ?」
「それこそ、校則に記載はないんですか?」
「制服を着用することって規定しかないな。夏服は冬服の略装って扱いだし」
「そっちはそんな細かく覚えてるんですね……」
「いや、お前が聞いてきたんだろうよ……ほら、これでも生徒会長なんだよ」
「生徒会長って割には一切仕事してる素振りないですよね、せんぱい」
「うう……」
実際、仕事が無いのが本当だから困る。
「実務的じゃなくてな、精神的な面で我が校の学生全体を支えるといいますか」
「へー」
うさんくさそうな目で、こちらを睨んでくる後輩ちゃん。
「そういうこと言い出すと、なんだか政治家みたいですね」
「どうして政治家ってそんなに不信感あふれるイメージなの?
「政治といえば、選挙、やるみたいですね」
「解散するらしいな」
「生徒会も衆議院みたく解散とかできないんですか? せんぱい、さっさと辞職しましょうよ」
「そんな規定は無いし、俺は任期はやり遂げる覚悟あるから」
「そんな本気にしないでくださいよー。うそですって」
「はあ」
総選挙、なあ。
「まあ、俺らはどうせ選挙投票できないからな」
「18からですもんねー。せんぱいは次はできるんじゃないですか」
「そうだな」
選挙権をもらったら、やっぱり、1票は1票なりに、悩んで、比べて、決めなければいけないんだろうか。
そんなことを考えもせずに投票する大人だっていっぱいいるだろうけど、俺にはやっぱり、「何も考えずとにかく投票する」みたいなことは、できそうにない。
* * *
「ところで、せんぱい。選挙なんてどうでもいいんですよ」
今日の質問は、もう決めてあります。
簡単な4択クイズです。
「『今日の一問』です。せんぱいの好きな季節は、なんですか?」
「え、春じゃね」
……この人、わたしの名前、覚えてるんでしょうか。
まあ、いいです。ノータイムで春って言ったのは褒めてあげます。心の中でですけど。
「どうして春なんですか?」
わたしは動揺は表に出さずに、せんぱいに聞きます。
「まず暑いのと寒いので夏冬は論外じゃん?」
「はあ……」
夏も冬も、いろいろとイベントのシーズンで楽しいと思うんですけど……
「そんで春か秋かの2択。まあどっちでもいいんだけど、個人的には冬のインフルエンザが怖くて、乗り越えるたびに胸を撫で下ろしてるから、春の方が好き」
「しょーもない理由ですね」
「いや自分でもそう思うわ」
「もうちょっとポジティブな理由とかないんですか。夏は海水浴ができる、とか」
「別に季節でやること変わらないし……」
「ほら、『春は出会いの季節』みたいな」
「春にお前と出会っておいて、話しかけもしないような男だからな、俺は」
せんぱいは、微妙に目を伏せて、息をひとつ吐きました。
「あ! 後悔してるんですか?」
「ああ、後悔してるよ」
お? ほえ?
「さっさと儀礼的に話して、上っ面だけの関係で固めておけばよかったなって」
そう言って笑うせんぱいの顔は、ことばとは反対に、まったく後悔しているようには見えませんでした。むしろ、楽しんでいるような、そんな顔でした。
安心しました。
「ひどいです」
「結局、秋になってから出会ったみたいなものだし。『春は出会いの季節』なんて嘘っぱちだ。『春はあけぼの』だよやっぱり。古典は正義」
まったく、せんぱいは素直じゃないんですから。
# # #
俺って、思った以上に、この後輩との出会いとか会話とかを、楽しんでいるんだな。
そう、気付いた。
「で、いつものごとく聞くけどさ。『今日の一問』ね。後輩ちゃんはどれが好きなの? 季節」
「せんぱい、知ってますか? わたしって『
「知らなかったわぁ……」
「ダウトです。毎日ラインしてるのに知らないとは言わせないです」
「すみませんでした」
「はい。そういうことで、春が好きです。せんぱいといっしょですね」
なるほど。普通だ。
普通すぎて面白くないな。
最近、この後輩に弄ばれてばかりな気がする。たまにはこちらから仕掛けて、先輩の威厳というものも保っておかなければいけないかもしれない。
幸い、ヒントは相手が用意してくれた。これまで罠だったら、まあその時はお手上げだ。
「なあ」
「はい」
後輩ちゃんがこっちを向いた。
目を合わせる。言葉はどこで切るべきか。どれくらいの沈黙が効果的か。俺の乏しい人生経験じゃあ、最善の解が得られるわけはないけれど、ベターな解を得るべく、考える。
よし。
* * *
「
せんぱいが、いきなり下の
わたしの記憶が確かなら、たぶんこれは、はじめての事態だと思います。
「は、はい!?」
緊急事態です。
いったい、何がはじまるのでしょう。
「か、か、……」
か?
それも、なんだか恥ずかしそうな顔をして、でもまっすぐにわたしの方を見ています。
まさか、ここでおとといの復讐をしよう、とか考えてますか?
素面の状態で「かわいい」とかいう気ですか?
なんかここ数日、周りに乗ってる人のわたしたちを見る目が暖かくなりつつあるの、せんぱいはきっと気がついてないですよね?
わたしは、ほら、人間観察が趣味なので気づいたんですけど。
せんぱいが、ひとつ咳払いを挟みます。
うう、今日は油断してました。というか自分の名前を不用意にアピールするんじゃありませんでした。
やっぱり名前って呼ばれる機会が多いから、なんか勝手に体が反応しちゃうんですよね。その読んだ人の声に集中するというか。
だから、今は、せんぱいの声がよく聞こえます。
「
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
いきなり流暢にしゃべるように回復したせんぱいにわたしは絶句して、久しぶりに電車の揺れる音を意識しました。
「は?」
あの。
わたし、けっこう怒りますよ、それ。
# # #
「せんぱい?」
あれ。どうしてだろう。
なんか、目の前の後輩ちゃんが、とても怖い。
俺より小さな体の全体が、「わたし怒ってます」アピールをしている。
「あのですね。他の子は知らないですけれど、少なくともわたしは、『下の名前だけで呼ばれる、呼び捨てされる』ってことは、けっこうだいじなことだと思ってるんです。それをこうやってネタとして消費してしまうのは、ちょっと不愉快というかいささか不誠実じゃありませんか、せんぱい」
「でも」
「だっても、でももないです。わたしは米山真春です」
「あの」
「何か?」
「いえ」
「
「はい……」
とっても、怖かった。
他人の地雷ってのは自分にはわからないっていうのは、こういうところなんだろうか。
「それじゃあ、せんぱい。罰として、ひとつ約束してください」
「約束? まあ、それくらいで許してくれるなら、いいけど」
「はい。次の日曜日、どうせ空いてますよね? また遊びに行きましょう」
彼女を見ると、さっきの怒りはどこへ消えたのやら、ぺろっと舌を出していた。
それとも、本当は演技だったのか? でも、あの圧力は演技じゃ出せないと思う。
うーん?
とにかく、彼女に、また、してやられたのは間違いないようだ。
ああ、俺の貴重な休日が……
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