第14日「せんぱい、今、なにをしてましたか?」

 # # #


まはるん♪:おはようございます

井口慶太 :もう昼なんだが


 彼女からのLINEが飛んできたのは、正午を過ぎた頃だった。


まはるん♪:え?

まはるん♪:だって、せんぱい、早すぎると文句言うじゃないですか

井口慶太 :それは……

まはるん♪:起こすなーって

まはるん♪:俺の貴重な睡眠時間がーって


 確かに、俺はまだ起きてから1時間くらいだし、そう言うだろうから否定はできない。

 ようやく、さっき飲んだコーヒーが効いてきて、目が覚めてやる気が出たところなんだ。

 ゲームのやる気だけど。さて、今日もシャケ退治をがんばろう。


 * * *


 あえてお昼に連絡したのには、理由がありました。

 別にランチに誘おうとか、そういうわけじゃないですけれど。


まはるん♪:さて、せんぱい

まはるん♪:お待ちかね、「今日の一問」の時間です

井口慶太 :別に待ってないんだけど

まはるん♪:わたしがお待ちかねなんです

井口慶太 :はあ

まはるん♪:まあ、いいです

まはるん♪:せんぱい、今、なにをしてましたか?


 普段は顔を合わせて質問するしか、ないですからね。

 週末、会えないときに、わたしといっしょにいないせんぱいがどんなことをしているのか、気になりました。これで「寝てた」とかなら笑っちゃいますけれど、さすがにこの時間ならだいじょうぶでしょう。


井口慶太 :えー

井口慶太 :話せば長くなるんだが……

井口慶太 :背景説明からしないといけないし


 なにしてたんですかね、せんぱい。


まはるん♪:いいから説明してください

井口慶太 :今パソコンじゃなくてiPadで見てるんだよ

井口慶太 :俺を腱鞘炎にする気か?

まはるん♪:パソコン使えばいいじゃないですか

井口慶太 :やだ

井口慶太 :ソファから起き上がりたくない


 ぐでーっと体を横たえて、タブレットを持った腕を真上に伸ばして見つつ、「動きたくねー」と言っているせんぱいを想像してしまいました。

 おうちでの普段着は、どんな感じなのでしょう。


まはるん♪:あ、じゃあいいこと考えました


 文字を打ち込むのが面倒だと、せんぱいが言うのなら。

 わたしもふだんはあまり使わないですけれど、LINEにはこんな機能もあるんです。


まはるん♪:[通話を開始しました]


 # # #


「ちょっ!?」


 油断していた。

 今、俺は、リビングのソファの上でくつろいでいた。

 そう。リビングにいるのだ。

 まして、今日は休日。父親は買い物に出ているが、母親はそのへんに座っている。


 つまり、何が言いたいかというと――母さんに、勘付かれる。

 ぜったい、見つかったら根掘り葉掘りあることないこと聞いてくるに違いない。そうなったら面倒だ。


 LINE独特の着信音が、床に放っておいた携帯から鳴り始めた。

 鳴り始める前に止めるのは、ちょっと間に合わなかった。

 

「あら。慶太、電話?」


「うん、ちょっと」


 あーあ。まあ、仕方ない。

 母さんの見守るような温かい視線を背中に受けつつ、俺は自分の部屋に引っ込んだ。扉を閉め、窓も厳重に締め切った後、布団を頭から被って(音漏れを防ぐためだ)、俺はやっと通話に出た。


「せんぱい、おっそーい、です」


 何年か前に流行った、某駆逐艦の声真似だろうか。結構似てるからビビる。


「いやお前な、いきなり通話してくるなって」


「せんぱい、ちなみにですけど、女の人と通話したことってありますか?」


 通話。通話か。

 親とは家族で契約してるから電話できちゃうし。


「ないな」


「あれ、じゃあわたしがはじめてなんですね。やったあ♪」


 家にいるのにこいつと話すのは、なんだか落ち着かない。

 まったく、現代の技術にも困ったものだ。


「で、なにしてたんですか、せんぱい」


 あんまり声を張ると、親に聞こえてしまう。

 なるべく小さな声で、スマホに話しかける。


「ひとことで言うと、2ちゃんねるを見てた」


「2ちゃんねる」


「うん」


「わたし見たことないです」


「俺だって普段は見ないよ」


「どうして……どうしてせんぱいは、闇に飲まれてしまったんですか……あんなにやさしかったせんぱいが……せんぱいを返して!」


「あの、俺、闇落ちしてないからね?」


 布団被って扉閉じて、天照大神みたいにはなってるけど。


「あのね。『どうぶつフレンド』って知ってる? たぶん知ってるんだろうけど」


「『うー、がおー!』ってやつですよね。見ましたよ」


「おおう……」


 どこから知識が来てるのやら。


「あれの監督がね、変わっちゃうらしいの」


「監督が変わるなんて、よくある、とは言わないですけれど、なくはないんじゃないですか」


 ふつうはそういう認識だよなあ。


「あんまりにも突然、それもTwitterでの発表だったからな。それで今炎上してるんだよ」


「それだけで?」


「それだけで」


「バカなんですか?」


「バカなんだよ、きっと。俺も含めて」


「それと2ちゃんねるが関係あるんですか?」


「いや、2ちゃんの方が情報集まるから」


 さすがに、自分から書き込む度胸はない。ROM専である。りーどおんりーめんばー。


「なるほど。非生産的な週末を過ごしていたんですね」


 否定できないから困る。

 まああれだ、だらだら過ごしたいんだよ。

 週末だし。休みだし。


「逆に生産的な週末を過ごしてる高校生って、どれくらいいるんだよ。そうそういてたまるか」


「それもそうですね」


「ていうか、せんぱい、声なんかこもってませんか?」


 うげ。さすがにバレるか。


「なんか、カサカサ音がしますよ」


「俺の携帯が調子悪いんじゃないの?」


「せんぱい、白々しいですね。それに、さっきから声押し殺してる感じもします」


 何こいつ。エスパー?


「今どこにいるんですか?」


「家だけど」


「家のどこですか」


「俺の部屋」


「せんぱいの部屋、ソファあるんですか? ゴージャスですね」


「いや、ないぞ」


 言ってから、しまったと思った。


「じゃあ、せんぱい、わざわざ移動してきたんですね。わたしの電話に出るために」


 ほら、こうなる。


「どうしてですか?」


「いや、ほら、リビングに親いるし」


「じゃあなんですか、せんぱいはわたしとの会話を御家族に聞かれたくなかったってことですか」


「ああそうだよ」


 声に出して確認しないでくれ。

 恥ずかしくなっちゃうだろ! なんかよくわからんけど。


「つか、ふつう、電話取ったら話し声邪魔にならないようによそ行くもんじゃない?」


 声が震えそうになるのを無理やり止めて、反論を試みる。


「家ならそのまま取りませんか?」


 あっ。

 電話するような関係の人、いなかったからなあ。わかんねえや。


「まあ、どっちでもいいです。これからもたまに通話すると思うので、よろしくおねがいします」


「お願いされたくないんだけど」


「いいじゃないですかー」


 * * *


 家族に聞かれたくないから自分の部屋に引っ込む、だなんて。せんぱいはこういうところはシャイなんですね。


「つーかさ、そっちこそ何してるの? 俺の『今日の一問』はこれで」


 最近、お互いに「今日の一問」の使い方が雑になってきている気がします。

 使い方自体が雑というよりは、その決め方でしょうか。


「ともだちとランチ中です♪」


「は?」


 携帯からせんぱいの慌てた声が聞こえてくる。


「何、この会話お前の友達に聞かれてるの?」


「聞かれてる、って言ったらどうします?」


「……まあ、どうもできないけどさ」


 変なところで諦めがいいというか、やっぱり合理的ですよねこの人。

 なので、早めにネタばらししてあげます。


「安心してください。今はちょっとお手洗いって言ってあるので」


「それ、長くなったら怪しまれるやつじゃん」


「だいじょうぶですよ。女の子のお手洗いはメイク直しも入っているのです」


「はあ……」


「とはいえ、さすがにそろそろ戻らないとまずいですね」


「じゃあ通話かけてくんなよ」


「いいじゃないですか。それじゃあせんぱい。明日は夕方の4時半に原宿駅に来てくださいね♪」


「は? 原宿? なんで?」


「お出かけしようって昨日言ったじゃないですか。それでは、また明日、です」


 なんだかんだ言っても約束は約束だ、とかぶつくさ言いながら、せんぱいは来てくれる人だと思うのです。


 # # #


 どうにも気が抜けるような独特のサウンドが入って、通話が終わった。

 昨日、そういえば、怒られたどさくさに約束を交わしていた。あれか。

 

 なんでよりによって、原宿とかいうおしゃれタウンに……ファッション選べとか言われても無理だよ? 俺。

 どーすんだ?

 つーか、そもそも、そんなおしゃれな雰囲気のところに着ていく服がないかもしれない。

 俺の主力衣料品はユニクロなんである。最低限のラインならこれで十分だ。


 最低限以上を求められる、こういう時が来ちゃうと困るってことが、たった今判明したけどね。


 今から買いに行くか? うーん、さすがに面倒だしなあ。

 家にあるもので、なんとかするしかないか。


 翌日着ていく服を決めるのに、俺はこの後、3時間を要した。

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