第15日「せんぱい、こういうの、好きですか?」
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本日、10月1日は メガネの日だ。
なんでも、「一〇〇一」がメガネに見えるから、だそうな。
世の中のだいたいの身の回りのものには、なんだかんだと理由をつけて記念日が設定されているものだけれど、これは、俺の知る限りではまだマシな方だ。
ひどいのだと、「メイクの日」がある。
ともあれ、今日から10月。すっかり残暑も消え失せて、読書の秋本番、といったところである。
4月から、ちょうど半年だ。意識の高い人なら、今日は自分の活動を見直して、残りの半年に向けて気合いを入れ直す、とかするんだろうか。
俺はそんなことするはずもない。普段なら家で寝転んで、だらだらウェブ小説でも読んでるところだ。あいにく、今日は出かける用事が入っているけど。
昨日は通話で言われただけかと思ったら、ちゃんと、夜にLINEでリマインドが来た。
まはるん♪:聞こえなかったとか言われるとめんどうなので、あらためて書いときますね♪
井口慶太 :おんぷサンドイッチ入りまーす
まはるん♪:明日は原宿駅の竹下口に、16:30集合です!
まはるん♪:たのしみですね!
井口慶太 :[スタンプを送信しました]
「はい」とか「了解」とか返すのは素直すぎるけれど(一応俺としては不本意なのだ)、何も返さないってのもなんか違うな、と思って、迷った挙句のスタンプ。こういう時は便利だ。
明確な意思とかメッセージを伝えるやつじゃなくて、よくわからないシュールなスタンプを送っておいた。なに、返事をした、という事実があればいいんだよ。
ということで、昨日3時間かけて選んだ服に身を包んで(けっきょくユニクロが主力だが)、俺は原宿へ向かう山手線に揺られているのである。
にしても、原宿かあ。
ワイドショーとかで「おしゃれー」みたいな感じで取り上げられている、ということは知っているけれど、実際どんなお店があるのかとか、本当におしゃれなのかとか、なんなら改札口がいくつあるのかも知らない。
竹下口って、あれでしょ? 竹下通りに面してるから竹下口なんでしょ?
で、池袋のアレじゃなくて、ほんとの乙女ロードが広がってるんでしょ、きっと。おしゃれな洋服屋とかクレープ屋とかパンケーキ屋とかがいっぱい並んでるんだろ。そういえば、後輩ちゃんの好物、パンケーキだったっけか。
……どうでもいいわ。
どうせ振り回されるんだ。電車の中くらい、気を休めよう。
* * *
あ、来ましたね。腕時計をちらっと見ると、4時20分を指しています。
せんぱいのことだからちょっと早く来るかな、と思って、わたしも早めに来てたんですよ。まあ、でも、ふつう10分前くらいですよね。
「せんぱーい!」
黒のパンツに、白いシャツ、羽織ってるジャケットが水色です。悪くないんじゃないでしょうか。
「あ、いたいた。待たせたか?」
「いえいえ」
待つのも一興ですし。
ほんとうに待ちたくなかったら、最寄からいっしょに来てますから、とはさすがに言い出せません。
「じゃ、行きましょうか」
「どこ行くんだよ。パンケーキ屋とか? 確か好きだったよな」
「よく覚えてましたね、せんぱい。でも、はずれです。不正解のせんぱいは、罰としてわたしに黙ってついてきてください」
「ちょ……理不尽!」
せんぱいはこんなこと言っててもなんだかんだついてきてくれるのはわかっているので、さっさと歩き始めます。駅前の横断歩道、赤になっちゃうと面倒なので。
# # #
竹下口から降りたのに、竹下口には入っていかなかった。
俺は、よっぽど行き慣れているところ以外では、必ずスマホの地図アプリを起動しておいて、チラ見しながら歩くことにしているんだけれど、後輩ちゃんは脇目もふらずにとっとと歩いて行く。
俺の目にはおしゃれなのかわからないけれど、とにかく若者が好みそうな服屋に目もくれず、かと言って女子が好みそうなスイーツの店に視線を送るわけでもなく、ただひたすらに、前へ進む後輩ちゃん。俺は、彼女の後を追う以外なかった。
5分くらい歩いただろうか。大通りから1本中に入ったところにあるビルの前で立ち止まった後輩ちゃんは、くるりとこちらを振り返った。
「ようこそ! ヒミツキチへ!」
「ジャバリパークじゃないのかよ。で、ヒミツキチって何だ?」
ビルの地下の方に矢印を伸ばした看板には、確かに「ヒミツキチ」と書いてあった。
「んーとですね……謎解きゲームができるところです」
「謎解き?」
「頭の体操、知恵比べ、頭脳パズル、言い方はなんでもいいですけどそんなんです」
「へぇ」
「せんぱい、好きそうだなって、こういうの」
確かに、テレビで「脳の限界に挑め!」みたいなのやってると、ついつい見ちゃうくらいには好きだ。
「今やってるのは、全日本的な名探偵のコラボ公演なんですよ。チケットはあるので、行きましょう」
相変わらず、根回しがいい後輩で。
「ちなみに、成功率はだいたい10%くらいらしいですよ?」
「一般正解率10%のテレビの問題って、意外と解けちゃったりするよね」
「ふん、そんな余裕をかましていられるのも今のうちですよ」
階段をこつこつと下って中に入ると、スタッフに案内されて、6人がけのテーブルに通された。場内アナウンスが響く。
「本日は、リアル謎解きゲームにご来場いただき、誠にありがとうございます。本ゲームは、チームでの挑戦となっております。今同じテーブルに座っている方々、その6人……5人のところもある? あるか。その方々がチームです。運命共同体です。今のうちに、ぜひ自己紹介などをして仲良くなっておいてくださいね! それでは、開始までもうしばらくお待ちください」
運命共同体って、またものすごい表現をするなあ。
よくわからないまま原宿まで来たけれど、まあなんだかとにかく、今このテーブルにいる人たちと協力して、クイズを解けばいいと。なるほど。わからん。
ふむ。
隣ですました顔をしている後輩ちゃんに聞こうと思った瞬間、同じテーブルの人が口を開いた。
「みなさん、今日はよろしくお願いします」
「よろしくおねがいしまーす」
元気よく返したのは、やっぱり俺の隣の後輩ちゃんだった。俺を含め、全員が何かしらの挨拶をした。
男が俺含めて4人、女性が2人。合コンなら2人が余って悲しい思いをする組み合わせだ。
「おふたりはデートですか?」
向かいに座った、大学生くらいのお姉さんが口を開く。
「んー、どうなんでしょう」
後輩ちゃんが、返事をする。
俺の隣から、いつもよりほんの少しだけ高い、おそらくよそゆき用の声が聞こえてくる。
ん?
何か、違和感が背中を走り抜ける。
今、どうしてこいつが答えた?
というか、今、俺たちが話しかけられたのか?
女性はテーブルに2名。1名が話しかけてきた。残りの1名は俺と連れ立ってきた。
……なるほどね。
まさか、初対面の人にそんなことを聞かれるような身分になる日が来ようとは思ってなかったわ。
「せんぱい?」
いけない。ついつい思考に入り込んでしまっていた。
「俺の方がどうなんだろうなって聞きたいよ。誘ってきたのは後輩ちゃんだろうが」
「誘うとか誘わないとかじゃなくて、デートかそうじゃないかって話ですよ」
「その話、前に定義したよね? 男女が誘い合わせて外に出かけたらデートだって」
「……した気がします。じゃあ、デートですね」
コホン、と咳払いをして、後輩ちゃんがお姉さんに向き直る。
「デートだそうです」
「なるほど!」
なぜだろう。お姉さんの目が輝いて、俺達をきらきらと見つめている。
全身で「そういう関係、大好物です!」と主張して、こちらに向けて身を乗り出してくる。
「ちなみに、デートは何回目?」
「2回目ですね」
「えー、それはうそですよせんぱい」
「は?」
「だってせんぱい、わたしと電車の時間合わせてるじゃないですか、毎朝毎朝。誘い合わせて出かけるのがデートなら、あれだってデートじゃないですか?」
「あれってお前の方が合わせてきただけだろうが」
「合ってるならどっちにしろデートじゃないですか。違います?」
うっわ墓穴掘った。
「ということで、数え切れないくらいです♪」
「なるほどなるほど!」
この後、謎解きゲームが始まるまで、お姉さんに質問されまくった。
MCが舞台に上ってきて、こんなにほっとしたのは、生まれて初めてのことだった。
# # #
「皆さん。もう一度だけ確認しておきます。謎を解く上で大事なことは、情報共有と役割分担です! それでは、存分に楽しんでください。謎解きゲーム……スタート!」
謎の内容は、ネタバレ禁止と言われてしまったので、ここには書けない。
「絵本がすごかった」とは言っていいそうなので、言っておく。
絵本がマジですごかった。
いや、ほんとに。
結果は、あえなく失敗。
10%で当たりが引けるガチャだって、逆を言えば90%がハズレなのだ。まあ、順当というところか。
それにしても、これ、悔しいな。あと一歩だったのに。
うわー、また来たい。
「謎解き」という性質上、同じ公演に再び参加することはできないらしいんだけど、これは悔しい。また来たい。今度こそ謎を解いてみせる。
フィードバックのアンケートに「よろしければメルマガ登録を!」と書いてあったので、速攻でメインのアドレスを書いた。それくらい悔しい。それ以上に、楽しい。
こんな娯楽が、世の中にあっただなんて。
* * *
久しぶりに、謎解きゲームをしました。
せんぱいなら、もしかしたら、とも思っていたんですけれど、ちょっと難しかったですね、やっぱり。くやしいです。
そして、これはうれしいことですが、せんぱいはわたし以上にくやしがっています。これは、また連れてくるチャンスかもしれません。
会場から外に出ると、フル回転させて火照った頭を、秋の風がさーっと冷やしてくれます。
だいぶ暗くなってますね。行きはまだ明るかったんですけれど。
とはいえ、疲れちゃって、ごはんを今すぐに食べる気にはなれません。帰りましょうか。
原宿駅まで歩いて、せんぱいといっしょの電車に乗ります。
自然と、いつもの場所に体が向かっていました。せんぱいも、いつもの位置についてくれました。
いつもとは違う時間帯ですが、こうなってしまえば、やることはひとつです。
「せんぱい、『今日の一問』です」
今日も律儀に持ってきてるんですね、本を取り出そうとしていたせんぱいが、ぴくんとこちらを覗います。
「せんぱい、こういうの、好きですか?」
「こういう謎解きゲーム」の意味もありますし、「こういうデート」の意味も込めました。
「
せんぱいは、どこまで考えてくれるんでしょうか。
せんぱいは、どこまで答えてくれるんでしょうか。
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彼女は、後輩ちゃんは、米山真春は、この質問に、
俺は、どこまでの意味を込めて、答えればいいんだろうか。
答えはすぐに出なかったけれど、返事自体は、自然と決まっている。
嫌いなはずがない。好きじゃないはずがない。
だって、面白いから。だって、楽しいから。
いつだって、俺の知らないことを教えてくれるから。
「ああ、好きだよ」
だから、素直に、そのまま、答えた。
長ったらしい弁解は好みじゃないし、これ以上は彼女だって望んでいない、と思う。
だから、今は、これだけで。
「ありがとうございます♪」
俺のまっすぐな返事に、彼女もちゃんとお礼をしてくれた。
……って。
待て待て待て。待って。あの、なんかいい話みたいに終わったけどさ。これ、俺が『今日の一問』使うタイミング、なくない? いやほら、だって、同じこと、同じぼかし具合で聞いたってつまらないし。
まさか、ここまで織り込み済みだったとしたら……ほんと、恐ろしい後輩だ。
その場の空気を壊したくなかった俺は、そっと本を取り出した。
彼女への『今日の一問』は、後でLINEで聞けばいい。そういうことにした。
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