第16日「だーれだ?」
# # #
井口慶太 :あの
井口慶太 :あのあの
まはるん♪:なんですか?せんぱい
いやー、やらかした。
現在の時刻はというと、日付が変わって、10月2日の0時15分だ。
謎解き楽しかったなーってぼーっと考えて、夕飯食べて、ベッドの上でのんべんだらりとしていた。ウェブ小説サイトのマイページを、本日何度目かの再読込をして、
そう。
何作もの小説がいっぺんに更新されるなんて、そうそうあることではない。
そんな事態が生じたということは、多数の小説が更新される激戦区の時間に差し掛かっていたということ。すなわち、日付の変わり目である。
もう一度言う。日付が、変わったのである。
日付が変わってしまって、何がそんなに大事なのかというと、だ。
井口慶太 :『今日の一問』の権利って、
井口慶太 :繰越あるの?
これである。
帰りの電車の中で、後で使えばいいやーって放っておいた権利が、おそらく失われてしまったのである。
まはるん♪:決めてませんけど
まはるん♪:ありにします?
井口慶太 :んー
まはるん♪:でもそれだと、わたしにもせんぱいにも2問ずつ入りますね
え?
まはるん♪:最初の週末の分です
井口慶太 :なるほど
まはるん♪:正直、私的にはなしですけど
井口慶太 :そりゃまたどうして
まはるん♪:最近、ただでさえ『一問』の使い方が雑だと思うんですよ
まはるん♪:昨日のわたしはともかく
井口慶太 :それ自分で言うか?
まはるん♪:いいんです。
まはるん♪:とにかく、そういうことで、くりこしは「なし」です!
井口慶太 :へいへい
井口慶太 :おやすみ
まはるん♪:[スタンプを送信しました]
そういえば、こいつに「おやすみ」を言ったのは、はじめてのような気がする。
返事のスタンプは、猫が布団に入っている絵だった。かわいいなおい。
# # #
「だーれだ?」
翌朝。いや、日付は変わってないんだけれど。
今日もいつものように、ぼーっとホームであくびを噛み殺していると、真後ろから声がした。
同時に、にゅっと左右から腕が伸びてきて、色白の手のひらが、俺の視界を覆い隠した。覆い隠すと言っても、俺のかけているメガネには気を使っているようで、少し手が丸まっているから、隙間から普通に前が見える。
視界が塞がれたことよりむしろ、ひんやりとした指先がおでこに、手首あたりが目の下に触れていることに動揺してしまう。
まあ、答えなんて分かりきっている。
こんなことを、この場所で、この時間にやってくるであろう相手なんてひとりしか心当たりがないし(何人も心当たりがいるとしたらそれはそれで困る)、第一、声からして彼女しかいない。
そもそも、この質問(3文字しかないけど疑問文だ)、俺は答える必要があるのか?
少し鬱陶しいけど十分に前は見えるから、電車に乗り込むには支障はない。うしろの彼女がこの状態を保ったままついてこられるかは問題だけど。
前は見えるし、ふつうに答えるよりは、無視して、相手のリアクションを見たほうが面白そうだ。俺は、無言のまま、手を組んで、前に思いっきり伸ばした。まだ覚醒しきっていない体を目覚めさせるための、体操である。
「せんぱーい、はじめてこれやったんですから。こういう時くらいはちゃんと答えてくださいよ」
無視。
「別に『わからなーい』とかでもいいんですよ。むしろそっちの方が面白いかもしれません」
無視だ。
「あーもう。しかたないせんぱいですね。『今日の一問』です」
それは無視できないわ。
彼女の気配が近づき、俺の右耳をささやき声がくすぐった。
「だーれだ?」
* * *
「はいはい、後輩ちゃん後輩ちゃん」
わたしが耳もとでこしょこしょ話をすると、せんぱいはいつもびくんとします。耳が弱いんですね。
やっと電車が来たので、乗っていつもの位置につきました。
「あのなあ、昨日、LINEで『お互い使い方が雑だ』って話したばかりだよな?」
「はい」
「どうしてまた無駄遣いをする。『だーれだ』ってお前そりゃ答え決まってるじゃないかよ」
「赤の他人だったらどうするつもりだったんですか?」
「赤の他人はいきなり後ろから目の前に手を当てたりしないからな? 蹴り飛ばされても文句言えないわ。それに『今日の一問』って言っちゃった時点でどう考えても後輩ちゃん確定じゃないか」
「……それもそうですね」
「今気付いた、みたいな顔するな」
だって、今気付いたんですもん。しかたないじゃないですか。
「で、何で『だーれだ?』なんだよ」
せんぱいが、ようやくまともな質問をしてくれました。
わたしはにっこりと微笑んで、せんぱいの方を向きます。カードの切り時、年貢の納め時です。
「ん? ああ、そういうこと……ええ……まあいいか、アテもないし」
わたしに誘導されるのは気に食わないって顔してますねぇ。
「『今日の一問』。なんで、『だーれだ?』なんて古典的なネタをやる気になったの?」
「そこにせんぱいが前を向いて立っていたからです」
「は? マジ? まあこう聞いてる以上一応マジか」
割と、瞬間的に、というか魔が差した自覚はありますけれど。
「なんか、せんぱいにこういういたずらやったことなかったなーって」
「俺はされたくないわ。ハロウィンにしろ」
「ハロウィンならいいんですね! じゃあ10月中はいいってことですね!」
「どうしてそーなる」
「だってディズニーランドとかもうずっとハロウィンやってるじゃないですか。何が収穫祭ですか。金儲けしたいだけじゃないですか」
「ほら、きっと入場客から収穫するんだよ。何かを」
「です。10月中はハロウィンなのです。だからわたしはいたずらしました」
「納得はしてないけど理解はした」
「ご理解いただけたようで、なによりです」
まあ、でも、いたずらもたくさんの種類がありますよね。
さすがに「抱きつく」のは色々な意味で重いでしょうし、ホームだったらそもそも危ないです。なので、今日は「後ろから目隠し」くらいにしておきました。
「どうして目隠しを?」
「肩叩くやつは、せんぱい最初のころにするっと回避したじゃないですか」
逆方向から振り向いて。
あれほど自然な振り向き対策は、久しぶりに見た気がしました。そもそも、高校生になってまでああいういたずらをやる機会があまりないですけれどね。
「あれは小学校の頃の記憶が身体に染み付いててだな……」
「ほっぺを突き刺してくる友達はいたけれど、目隠ししてくれる女の子はいなかったんですね♪」
「改めて文章にするっとイラッとくるな、それ」
「まーまー。今はわたしがいるじゃないですか」
「お前にだけは頼りたくない」
「まーまー、そう言わずに」
こんな具合に、今日もとりとめのないおはなしをしながら、わたしたちは学校へと向かいます。
せんぱいの中で、いったいぜんたい、わたしはどんな位置づけなのでしょう。
せんぱいの普段をあまり知らないので、想像がつきません。ひょっとしたら、普段から本を読んでるだけなのかもしれないですけれど。
自分の全力をもって対応しなければならない、要注意人物?
気楽ではないけれど、楽しい会話のできる、好敵手?
それとも――かわいいかわいい、ただの後輩?
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