第59日「せんぱいって、いつも何時頃に寝るんですか?」
* * *
「おはようございます……ふわぁ」
「ああ、おはよう」
いつもの通り、駅のホームでせんぱいにあいさつをしました。
こぼれてしまったあくびは、見逃してもらえませんでした。
「どうした、めずらしく眠そうだな」
「どうもしないですよ」
くわしいところまで聞かれてしまうとはずかしいことになるので、がんばってはぐらかします。
がんばってはぐらかすとそれはそれでばれちゃうので、がんばってないようにがんばるんですけれど。
「そうか」
電車が来たので、乗りこみました。
今日の一問は、きのうの夜から決めてありました。というか、きのうの夜に気付いちゃったんですけれど。
「せんぱい、『今日の一問』なんですけれど」
「早いな。あれか、さっさと話してさっさと寝たいってか」
「はい?」
「眠い時は寝るのがいいよ」
「さすがに電車で寝ませんって。だいいち、席が空かないじゃないですか」
寝顔を見られる趣味はありませんから。
「え、寝れるでしょ」
「はい?」
「立ってても寝れるでしょ。よっかかってたら特に」
「はあ?」
なに言ってるんですか、この人。
「寝たら体の力抜けるじゃないですか」
「うん」
「ひざががくんってなるじゃないですか」
「そう?」
「え、ならないんですか」
「ならないな」
どうやら、せんぱいとわたしでは体の構造がちがうようです。
「とにかく、ちがいます。寝ません。質問します」
「はいどうぞ」
# # #
「せんぱいって、いつも何時頃に寝るんですか?」
「結局睡眠関係じゃねえか!」
思わず声が出てしまった。
「ほら、『今日の一問』ですよ」
「はいはい。日付が変わったら寝支度して、実際に布団被って横になるのは0時半くらいかな」
「え、そんな遅いんですか?」
「まあ、日によってぜんぜん違うんだけど。平日の平均とったらそんなもん。これ遅いのか?」
「ええ。だから毎日眠いんですよ、せんぱい」
「なるほど~」
そんなに遅いかなあ。でも7時間睡眠確保できてないってことは、遅いんだろうなあ。
「後輩ちゃんは? 何時に寝るの? 『今日の一問』」
「わたしは、どんなに遅くても11時には寝ますよ」
「わー、健康的」
「せんぱいが不健康なだけですって」
「花粉症と近視以外は健康だっつってんだよ」
そのままじゃ体壊すぞ、みたいなやつなのかもしれないけど。きっと若いうちは大丈夫だと思う。信じてる。
「健康、って、なんか保健でやりませんでした?」
「あー、やったやった。WHOのやつ」
「それです」
保健体育の教科書に、「健康とは」みたいなのが乗っていて、みんなで朗読したのを思い出す。
「あれ厳密に適用したら、日本人で健康な人なんてぜんぜんいないよな」
「ほんとですよ」
「なんだっけ? 1年前だから忘れたわ」
「えーと、……忘れました」
「おい」
らちがあかないので、スマホでさっと調べる。
「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にもすべてが満たされている状態、だとさ。やったやった」
「理想ですね。ふわぁ」
あくびをして、もう片方の手は高く上げて、ぐぐっと後輩ちゃんが伸びをする。
「うん。理想すぎる」
「いつまでも健康でありたい」と願う以前に、「そもそも健康になりたい」と願うべきなのかもしれない。今の俺は、割と「健康」に近いとは思うけれど。
* * *
「で、後輩ちゃんはどうしてそんなに眠そうにしてるんだい?」
無意識のうちに、伸びをしていたようです。
二回目の質問をしてきたせんぱいはにやにやしていて、絶対にわたしから何かを聞き出そうとするような、そんな意志を感じました。
「……なんでもないですって言ったじゃないですか」
こういう理由だからいいですけれど、それこそ生理とかで眠れてないとかだったらどうする気だったんでしょう。
「あのなあ。何日の付き合いだと思ってるんだ」
「今日で59日目です」
「ありがとう。俺もしっかりとはカウントできてなかった」
ええ、と心の中でツッコミを入れてしまいました。
「で、だ。過去59日……58日か、で、こんなに眠そうな後輩ちゃんを、俺は見たことがない」
「は……い」
またあくびが漏れそうになって、無理やり「はい」に近づけました。
「それは、気になるだろうよ。やっぱり」
「じゃあ『今日の一問』で聞けばよかったじゃないですか」
ぽろっと、何も考えずにこういう言い方をしてしまうあたり、頭が回っていないことを自覚します。
「あ、やっぱりなんかあるんだな」
ほらー。ばれちゃいます。よくないです。
「何時に寝たの?」
「0時は回ってました」
嘘です。本当は1時くらいでした。
「あー。確かにいつもと1時間以上ずれると影響出るよな」
「はい」
「で、その原因は?」
うーん。どこまで言いましょうか。
「昨日、わたし言ったじゃないですか。せんぱいに、寝る前にラインしてもいいですかって」
「ああ、言ってたな。結局来なかったけど」
「せんぱいに、ラインしようか迷って、でももう寝てるかもって思って」
「それで、ひとり悶々としてたと? え、マジ?」
まあ、ほんとは他にも、どんなこと話せばいいのかとか、こんなことを送っちゃっていいのかとか、いっそ通話しちゃえばいいんじゃないかとか、どっちかが寝落ちしちゃったらどうすればいいんだろうとか、いろいろなことを考えていたんですけれど、それは言う義務がないので胸の奥にしまっておくことにします。
「はい……」
「アホか」
「アホって言う方がアホなんですー」
「それはバカ」
「バカって言う方が……はい。いいです」
せんぱいが、はー、とひとつ息をつきました。
「あのな。別にLINEくらいいつでも送ってくれていいから」
「でも」
「忙しけりゃ放置するから。見たけりゃ見るし」
「うわ、ひどーい。女の子からのライン放置するんですか」
「うん」
まさか、真顔でうなずかれるとは思いませんでした。
「まあ、夜にスマホとにらめっこして寝れなくなっちゃうような姫様からのメッセージは、極力見るようにするからさ」
朝日が窓から差し込んで、せんぱいを照らしています。
でも、そのライトアップで補正をかけたところで、せんぱいにそんなキザなことばは似合わないと思いました。
「かっこつけないでくださいよ、せんぱい」
「え、なんかあれだよ。弱みを一方的に握るのは申し訳ないというか」
「弱み?」
「俺にLINE送ろうとして何時間も考えるとか、弱み以外の何物でもないでしょ」
あれ、これもしかして、内容とかを考えたことまでバレてます? もうここまできたらどっちでもいっしょですけど。
顔がほんのり熱いのは、暖房のせいにしておきましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます