第60日「寝る前とか、どんなこと考えてます?」

 # # #


 昨日の夜。

 のんびりと復習とかをだらだらしていると、いつの間にか時計は23時を回っていた。


まはるん♪:こんばんは

まはるん♪:まだ寝てませんよね


 スマホの画面が光る。後輩ちゃんからだった。


井口慶太 :まだ机だよ


 スマートフォンではなくパソコンから、返事をした。


まはるん♪:ですよねー

井口慶太 :なんだよ、話なら

井口慶太 :つきあうぞ?

まはるん♪:とかいって勉強してるんでしょうよ

井口慶太 :正解


 正直、まだあんまり眠くない。ちょっとは眠いけど。


まはるん♪:あの、せんぱいって

まはるん♪:やっぱいいです

井口慶太 :おい

井口慶太 :なんだよそれ


 そういう言い方をされると、俄然気になってしまう。


まはるん♪:今日はもうつかっちゃったので

まはるん♪:「一問」

まはるん♪:あした聞きます

井口慶太 :そうか


 # # #


 そんなことがあって、翌朝。


「おはようございます」


「おはよう」


 今日はさほど眠そうじゃない後輩ちゃんと、いつものようにホームで落ち合った。

 最近はもう寒いので、俺も彼女も制服の上にコートを羽織っている。後輩ちゃんはダッフルコート、俺はふつーのPコートである。


「寒いな」


 ポケットに冷えた手先を突っ込んで、震える。いや、普通に寒い。


「さむいですよね」


 早く電車来いよ、とふたりで念じた。


 * * *


 電車に乗りこんで、暖房に感謝して、さっそくせんぱいに質問をします。


「せんぱい、『今日の一問』です」


「あー、決めてたんだったか」


「はい。えーと、せんぱいって、寝る前とか、どんなこと考えてます?」


「どんなことって」


 いきなり言われてもなあ。どんなこと考えてるかな。


「ぜんぜん、意識してみたことがないからわかんねえや」


「たとえばの話でいいんですよ、きのうとか」


 昨日かあ。勉強終わって、布団被って、えーと。


「授業でどんなことやったのかとか」


「うっわ。さすが優等生ですね」


「おいなんだその白い目」


 授業だけじゃないから。他にも考えてるから。だから「この勉強馬鹿」みたいな視線やめて。


「明日、つーか今日か。どんなこと聞かれるのか、とか」


「え、もしかして、わたしですか」


「そうだよ、後輩ちゃんからの質問についてだよ。なんか悪いか」


 言い出して取り止められちゃったりすると、意識に残って気になるんだよ。目を閉じてぼーっと寝ようとしていると、そういうようなことがまず思い浮かんでくる。


 * * *


「いいえ」


 悪いはず、ないじゃないですか。

 からかわれたお返しに、「せんぱい、わたしのこと意識しすぎじゃありませんか?」と質問しようとも考えたのですけれど、覚悟が決まる前に、せんぱいが逆に質問をしてきます。


「後輩ちゃんこそ、『今日の一問』。どんなこと考えてんの? 布団の中で」


「んー、昨日だと、なんでしょうね」


 毛布とかけ布団を重ねてかぶって、スマホをぼーっと見ていました。


「せんぱいは返事早いなーとか」


「パソコン使ってたからな。入力は早いんだよ」


 ……そういうことじゃないんですけれどね。まあ、せんぱいが誤解している分にはいっこうに構いませんから。


「せんぱいはまだ勉強してるんだなーとか」


「まあ、あの時間は」


「おかげで早く眠れました」


「ならよかった」


 解答が全体的に雑だった気が自分でもするのですけれど、せんぱいには特に何も言われなかったので、いいと思います。


 # # #


 「お前俺のこと気にしすぎじゃね?」とからかう度胸は、さすがになかった。

 かわりに放たれたのは、後輩ちゃんからの質問だ。


「せんぱいこそ、ちゃんと眠れてますか? あいかわらず眠そうですけど」


「眠い」


 実際眠いんだよ。


「寝ていいですよ」


「いや無茶ぶりやめような。目の前に話し相手がいるのに」


 さすがに話してる人の目の前で寝られるほど神経図太くはないっつの。


「せんぱいの寝るところ見てみたいです」


「あのね。朝の電車でやることじゃないから、それ」


「じゃあ帰りの電車ですか?」


 うーん。


「帰りは、最近は誰かさんのせいでずっと読書だから」


「誰でしょうねー?」


 お前だよ。


「寝るのは家だけだって」


 学校の授業中に眠すぎて意識が落ちそうになることはなくはないけれど、あれはあくまでも「寝る」には入らないと勝手に思っている。


「じゃあ今度また伺いますね」


「あのな……」


 寝顔を見られるような趣味は、ないんだけどなあ。

 こんなバカみたいな話をする学生ふたりを乗せて、電車はがたんごとんと進んでいく。

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