第61日「他の男の人から告白されたとき、せんぱいは、どうしてくれますか?」

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 今日が期限の課題はなかったし、今週はわりと暇な感じなので、昨日は早めに寝ることにした。

 普段は日付変わってから寝ているとはいえ、早く寝る分にはいいことしかない。タスクが詰まっていなければの話だけど。後輩ちゃんが寝る頃だという、23時くらいに合わせて布団に入った。

 どうせ今日も、LINEが飛んでくるんだろう。適当にあしらって、そのうちに眠れたらいいな。そう思っていた。


 が。

 10分が経ち、20分が経ち、ついには1時間が経過して日付が変わっても、後輩ちゃんからのメッセージが届くことはなかった。

 結局、俺が無理やり眠りに落ちたのは、いつもと同じ時間になってしまった。


 当然、今日の目覚めもいつも通り最悪である。眠いったらありゃしない。

 目をこすり、頬をむにゅむにゅとやりつつ自転車を漕いで、駅に着いた。後輩ちゃんはもうホームで待っている。


 が。

 おかしい。

 普段なら俺が近寄っていくと(どうやってかはわからないが)気付いて振り向いて、挨拶をしてくれるのだけれど、一向に気がつく気配がない。

 仕方ないので、こちらから声をかける。


「おはよう」


「……ああ、せんぱいですか。おはようございます」


 やっぱり、テンションが低い。なにかがおかしい。


「テンション低いな。風邪……じゃなさそうだし」


「げんきですよ?」


「はいダウト」


 ダウト、とは言ったものの、なんと続けていいかわからない。ふたりの間に、居心地の悪い沈黙のカーテンが降りる。

 電車がやってきたので、黙ったまま乗り込んだ。


「え、そんなにテンション低いですか?」


 いつもの位置に立った後輩ちゃんが、やっと息を吹き返したようにしゃべりだす。


「いつもよりワントーン低いんだよ。声が」


「あ、トーンの問題ですか?」


「そうじゃなくて。裏返ってるぞ」


 久しぶりに、有効な「今日の一問」を使える気がする。

 最近は使い忘れる日まであったし。まったく。


「『今日の一問』していいか?」


「だめです、とは言えないですもん」


 やっぱり、なんか、暗い。後ろ向きな感じだ。


「行くぞ。あのね、どうしてそんなにテンション低いの?」


 * * *


 心当たりがないわけではありません。それどころか、間違いなくこれが原因だろうってものはあるんですけれど。

 自分では、せんぱいにバレるほどテンションが低いとは思っていなかったので、ちょっととまどっています。

 とはいえ、答えないわけにはいかないので、しゃべり始めます。


「きっとこれでしょうってのはあるんですよ」


「ほうほう」


 せんぱいが手すりにつかまったまま、こちらにちょっと頭を寄せて、聞くポーズになります。


「あのですね。……やっぱり言わなきゃだめですか?」


「まあ、そりゃ」


 じゃあせんぱいも覚悟してくださいね、と心の中でつぶやきます。


「きのう、放課後、クラスの子に呼び出されたんですよ」


「呼び出し」


「はい。何かと思えばですね、手紙をわたされました」


「男かよやっぱり」


「百合の方がせんぱいはお気に入りでした?」


「いやべつに」


 うん。ちょっと調子が戻ってきた気がします。


「で、その手紙ってのは?」


「まあ、お察しの通りだと思いますよ」


 軽く目を閉じて、すー、と息を大きく吸い込みます。


「せんぱい。『今日の一問』してもいいですか?」


「それ自体が質問じゃねえか」


「あの、わりと真面目なやつです」


「まあ、そうだよな」


 せんぱいも、ひとつゴホンとのどの調子をととのえて、こちらをしっかりと見つめてくれました。


「わたしが、他の男の人から告白されたとき、せんぱいは、どうしてくれますか?」


 # # #


 いきなり後輩ちゃんが真剣な目をするものだから、眠気なんてすぐに吹き飛んだ。

 で、こんな質問を放り込んできて、意識してか無意識にかは知らないけれど、相変わらず俺をよく振り回してくれる。俺の心臓の身にもなってくれよ。ドキバキいっちゃってるよ。


「告白て」


「告白は告白ですよ。『好きです。付き合ってください。なるべく早く返事をください』みたいなことが書いてありました」


 まあ、こいつは、ひとことで言っちゃえば「かわいい」からな。ダッフルコートで全身が、チェックのマフラーで首元が覆い隠されたところで、正面から見える顔は相変わらず可憐だ。

 そんな後輩が告白されて、それで、俺が彼女にどんなことをできるのかを問うてきている。正直、何もわからない。

 わからないなら、わかるまで考えるしかない。軽口が勝手にこぼれて、時間を稼ぐ。


「ラブレター朗読される相手の身にもなってみろよ」


「朗読じゃなくて要約なので問題ないです」


「ああ、そう?」


 俺は相手の名前知らないし、セーフか。うん。たぶんセーフ。

 思考がまとまらない。俺は彼女にどうしてほしいのか。俺は彼女に何ができるのか。俺が彼女に対して抱えている気持ちに名前はつけられるのか。つけられるとしたら、何がふさわしいのか。彼女も俺に対して、似たような気持ちを抱えているのか。

 考えるべきことは多くて、そんな中で与えられた時間はとても短いので、何一つまとまらない。


「うーん……」


 思考の方に脳の領域を割きすぎて、適当な会話すらできなくなっている。


「まあ、いきなりこんなこと言っても困っちゃいますよね」


「うん困る」


 はぁ、と後輩ちゃんが大きくため息をついた。

 彼女が少し向きを変えて、窓の外に視線を向ける。


「じゃあわたし、今日は返事しませんから」


 せんぱいは優柔不断なので、一晩だけ待ってあげます、と。そう言われた。


「明日の朝、せんぱいの『答え』を聞きます。それで、クラスメイトにどんな返事をするのか、決めようと思います」


 今朝のふたりの会話は、それで終わった。

 俺もいい加減、覚悟を決める時期が来たのかもしれない。そう思った。

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