第10日「うちの高校の校則、全部把握してるか?」

 * * *


 きのうは、大変でした。

 いや、そりゃ大変ですよ。ノリで自爆しちゃったんですもん。

 「好きですよ」なんて言っちゃって。


 もちろん、言い訳は用意してありました。趣味の「人間観察の対象として」好きですって。好みの風味ですって。今まで会ったことのないタイプで、飽きませんって。

 もっとせんぱいのこと、いろいろ知りたいですって。


 言い訳のはずのなのに、話してるうちにわたしが恥ずかしくなってきちゃったときはもう焦りましたよ。

 舌は噛むし、ほっぺは少し熱くなるし、せんぱいはせんぱいでわたしから目を逸らして耳赤くしてるし、で。

 うーん……わたし、やっぱり、乙女的な意味であのせんぱいのことが好きなんでしょうか。自分のことなのに、はっきりとはわかりません。

 ともかく、昨日の時点では、わたしが観察対象として、せんぱいに興味が尽きないということになりました。これが結論です。これが、世界の真理です。


 さて、今日もまた、学校に行く時間がやってきました。

 今日はせんぱいに、どんなことを聞いてみましょうか。


 # # #


 昨日は、本当にびっくりした。

 後輩ちゃんが、趣味は人間観察ですとかいうわけのわからないことを言い出した。まあここまではわかる。

 問題は、その後だ。いきなり、「好きですよ?」とか囁かれて、心臓が肋骨突き破って出ていくかと思った。


 見た目通りに奥手な俺は、もちろん異性に恋愛感情を告白したことも、されたこともない。不快感を与えない程度の容姿だとは思うが、イケメンというわけでもなく、カースト上位に乗り出せるような何かを持っているわけでもない。勉強はできるから、そういう層との関係は悪くはないけど。

 そんな俺が、突然「好きです」と言われて、びっくりしないわけがないだろう。


 まあ、後輩ちゃんが言ってきたのは、観察対象として「好き」なだけだったらしいんだけれど。

 いつも俺を罠に嵌めてくる奴のことだ、きっと何か裏があるに違いない。


 一晩考えて、今のうちに、彼女に釘を刺しておこうと思った。そういうのは、ダメなんだと。


 とはいえ、自然に「そういう話」に持っていけるほど会話力があるわけでもない。だから、今日は、俺が先に「質問」をする。そう決めていた。


「おはようございます♪」


 来たな。


「ああ、おはよう」


 それじゃあ、俺の考えを受け取っていくといい。


 * * *


 ……ふつうですね。昨日、あんなことがあったのに。

 まさか、本当にわたしの言い分を信じて、特に何も考えていないのでしょうか。


「なあ。今日は俺が先に『質問』してもいいか?」


 ……このせんぱいに限って、そんなことはありませんでした。むしろ安心しました。


「順番なんて決めてませんでしたからね。わたしが文句を言うところじゃありませんよ」


 せんぱいと会話するようになって、10日くらいでしょうか?

 やっと、会話の主導権を握っていただけるようになったっていうのもうれしいです。


「じゃあ遠慮なく。改めて、『今日の一問』だ」


 いつも通りの位置から、せんぱいのことばを聞きます。どんな質問なんでしょう。


「後輩ちゃんは、うちの高校の校則、全部把握してるか?」


「はい?」


 こうそく? 拘束?


「校則だよ校則。あ、正式には『生徒会則』か。とにかく入学の時の冊子に書いてあるやつ」


 ああ、校則ですか。


「そんなめんどくさそうなの、覚えてるわけないじゃないですか」


「うん。そんなことだろうと思った」


「で、校則がどうしたんですか?」


「生徒会則第51条にな、こう書いてあるの」


「51個も条があることにびっくりですよ、わたしは」


 憲法なら国会に関する規定のあたりでしょうか。


「いやもっとあるけどな……とにかく、『第51条。本校の学生同士が男女交際をすることは、これを認めない』ってな」


「なんですか、その時代錯誤も甚だしい規定は」


「うちの高校、歴史だけは長いからなあ。昔から色々受け継がれてるんだよ、たぶん」


「それで? せんぱいはそんな古い規定を遵守しないといけないほど頭が固い人でしたっけ?」


「なんかちょっと言い方ひどくない?」


 色恋沙汰に積極的には見えないですけれど、興味がないわけではなさそうなんですよね。


「あのな、もう一つ理由があるんだ。『第8条。本校生徒会の会長は、成績優秀・品行方正な本校学生の中から選出すること。生徒会長は、全学生の模範たることを常に意識すること』って」


 へー。そういうこと言っちゃうんですか。


「生徒会長?」


「誰だっけ、みたいな顔するな。こんなんでも生徒会長だからね? 前にも言ったけど!」


「うふふ。心配しなくても覚えてますよ」


「いや絶対忘れてたよね」


「だって、わたし、生徒会長として高校のホームページに名前が載ってるの知ってますもん」


「え? 嘘? 名前載ってんの? そっちを知らなかったわ」


 この顔は本当に知らなかったって顔ですね。いいことしました、わたし。


「というか、せんぱい、校則丸暗記してるんですか? すごいというより気持ち悪いというか、脳の容量の無駄遣いだと思います」


「はっきり言うなあ……丸暗記はしてないよ。内容の概要だけ覚えておいて、あとはそれっぽい文章くっつければそれっぽく聞こえるんだ。どうせ目を通してる人少ないだろ。バレないって」


「32条」


「始業時間及び終業時間」


「108条」


「そんなものはない」


「334条」


「なんでや阪神関係ないやろ」


 # # #


「それで、生徒会長だから、校則は破れないと。そうおっしゃいますか」


「そういうことだ。誰も気にしてなくても、俺が気にするんだよ。なんか落ち着かなくない?」


「将来は立派な社畜になれますね。おめでとうございます」


「過労死したくない。やめて」


 なんか、最近、後輩ちゃんが丸い気がする。

 俺を崖から突き落とそうとしないというか、なんというか。当たりが優しくなった、気がする。


 今もそうだ。5日くらい前のこいつなら、最後の結論を俺に言わせて、それを取り上げてこっちをいじってきたに違いない。

 何か企んでいるのか、それとも企むことをやめたからこうなっているのか、それがわからない。


 後輩ちゃんが、ドアに寄りかかっていた体を起こし、こちらを見つめる。

 何だ。何が始まるんだ。


「でも、せんぱい、別に恋がしたくないわけじゃないですよね?」


「別にしたくないわけじゃないけど、規則とか破ってまでするもんじゃないとも思うぞ」


 恋愛小説というかラブコメというか、そういう傍から覗く感じのやつは割と好物だけれど、自分がとなるとなかなか面倒くさそうにも思えてしまうのだ。

 フィクションと現実は違うのです。


 ちょっと待った。

 ……今、気付いた。

 姿勢を正したから、真面目な話だと思ってついつい素直に答えてしまったけれど、後輩ちゃんはまだ『今日の一問』と言っていない。つまり、これから本題の質問がやってくる?

 やられた? もしかして、俺、ハメられた?


「へぇ。したくない・・・・・わけじゃない・・・・・・んですね」


 ちろりと舌を出して唇を一周させた後輩ちゃんは、挑発的な笑顔で、俺に質問をぶつけた。


「『今日の一問』です。その校則、第51条、変えてみようと思ったことはありませんか?」


 ははあ。改正、かあ。

 なんだこの規則は、と思った。改正を行うにはどうしたらよいかも、調べた。だから、答えるとするならば。


「……ないといえば嘘になるな」


 こう答えるしかないわけだ。


 * * *


 なるほど。

 まあ、そりゃ、ちょっとは考えますよね。


「変えられるか変えられないかで言ったら、変えられるんですね?」


 いちおう、確認しておきます。


「ん? ああ。そりゃ、変えられない規則とかどんな地獄だよ」


「昔から変わってないなら現状が地獄なのでは」


「それは……そうかも」


「どうやって変えるんですか?」


「結構厳しいぞ? 生徒会の役員会議通した後、教員に承認得て、その後全学生の過半数の賛成を得たらよかったはず」


 結構なハードルですね。むずかしいというよりは、根回しとかがめんどうそうです。

 まあ、それ以上に、色々とおもしろそうですね。


 そう思って、わたしはせんぱいに提案します。


「せんぱい。わたしといっしょに、その馬鹿みたいな校則、変えてみませんか?」

―せんぱい、わたしとはじめての共同作業で、いろいろがんばってみましょうよ。

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