第9日「せんぱいの趣味は、なんですか?」

 # # #


 今週もまた、月曜日の朝がやってきてしまった。

 いや……「また」というのは、ちょっとおかしいかも。前回の月曜日は祝日だったから、それはそれは丁重にお祀りされたわけで。

 ああ、起きたくねえ。

 そんなことを考えていても、時間は止まることなく進み続ける。ゆく河の流れは絶えずしてなんたらかんたら。西行じゃなくて、雪舟でもなくて、えーと、鴨長明かものちょうめいだ。この一分一秒は、もう二度とやってこない。

 何が言いたいかというと、だ。今、布団に横たわるという幸せを逃してしまうと、俺は永遠に「2017年9月25日月曜日の朝、ベッドでまどろむ幸せ」を味わえなくなってしまうということだ。


 つまり、眠い。


 スマートフォンで何重にもかけたアラームも、慣れてしまえば、画面を見ずに切ってしまえるものだ。一応、デッドラインを確認するために、画面は確認しないといけないんだけどね。

 最近は、それも必要なくなってきた。


まはるん♪:せんぱい、おはようです


 家の位置とかは教えていないはずなので偶然だと信じているが、後輩ちゃんが朝のLINEを送ってくる時刻がちょうどデッドラインだからだ。

 「おはようです」って表現、はじめて見たな。まあいい。起きるか……


 * * *


 週末が終わって、月曜日。

 1日ぶりに見たせんぱいは、相変わらずのボサボサ頭でした。この人に髪の毛を整えるって習慣はないんでしょうか。


「おはようございます、せんぱい」


「おう。こっちは『おはようです』じゃないのな」


「なんだ、やっぱり読んでるんですね。お返事してくれてもいいのに」


「だから面倒だっって」


「はいはい」


 平日の朝、毎日決まった時間にモーニングコールならぬモーニングラインをしているのですけれど、せんぱいはあんまり返してくれません。最初にわたしに「面倒だ」って言っちゃったから意地になってるんでしょうか。

 けっこう、そういう、自分の言ったことに責任を持つような人に見えます。


 さてさて。

 今日は、せんぱいとどんなおはなしをしましょうか。


 # # #


 今日もいつもの位置を確保して、後輩ちゃんが話し始める。


「よし。決めました。『今日の一問』です。せんぱいの趣味は、なんですか?」


 趣味かあ。趣味ねえ。

 よく、内申書みたいな、とにかく学校に提出する書類に「趣味・特技」みたいなのを書く欄があるけれど、俺は毎回毎回そこを埋めるまでに何時間もの時間を要している。

 理由は、色々複合的なんだろうけれど。一番大きいのは、一番の俺の趣味が、そういう欄に書くにしてはいささか面白みに欠けるから。


「やっぱり読書かなあ」


「つまんないです。もっと面白そうな趣味教えてください」


 この後輩ちゃんの対応にも悪意があるとは思うけれど、あまりにもベタすぎて書きにくい趣味、それが「読書」である。ミステリ読みとか、SF読みとか、いっそラノベ読みとか、特定のジャンルにフォーカスして読んでいるならばそれはそれで話のネタになるんだけれど、あいにく俺は雑食なのだ。「面白ければなんでも読む」のだ。

 と、「読書」を除外すると次に来る趣味だが、これもやっぱり内申書には書きにくい。


「じゃあゲーム。テレビゲーム」


「アバウトすぎます」


「最近だとイカになってシャケを延々倒してる」


「いったいどういうゲームなんですかそれ?」


「ニンテンドーの大ヒットのシューティングゲームだけど」


「はあ……」


 冗談はともかく、なかなか、公的な場所で「趣味はテレビゲームです!」とは言いにくいものだ。いや、言うこと自体は別にためらいはないんだけれど、それが理由で白眼視されかねないのがいただけない。


「そういえば、せんぱい、知ってます? 任天堂ってもともと」


「花札とかカルタの会社なんだよな。知ってる知ってる」


「せめて最後まで言わせてくださいよぉ……」


 今ので、思い出したというか思いついた。


「あ、あとクイズ番組見るのは好きだな」


「せんぱい、今みたいな無駄な雑学多そうですもんね。テレビの前で早く答えて親御さんにドヤ顔してる様子が目に浮かびます」


「なんでわかったの? あと無駄言うな」


「図星ですか……まあ、それは、なんとなく想像がつきますよ」


「え、そんなに俺って知識ひけらかすキャラなの?」


「そっちというか、むしろ、負けず嫌いみたいな」


 その単語を言われた瞬間、靄が晴れるような感覚がした。

 なんだ、今の?

 すとん、と入ってきたような、納得したような感じがする。

 納得?


「……せんぱい?」


「ああ、ごめん。いや、驚いちゃって」


「驚いた?」


「というよりむしろ腑に落ちたのかな、確かに俺負けず嫌いだわ」


 ここまで言って、気がつく。

 自分が負けず嫌いであることを他人に言い当てられて、素直に復唱して、何が「負けず嫌い」だ?


「……負けず嫌い、かもしれない」


「はい、はい」


 ともあれ。

 内申書に書けることが、ひとつ増えた。

 「負けず嫌いで、どんなことにも執念を燃やします」みたいな。


 * * *


「それで。後輩ちゃんの趣味は何なの? 『今日の一問』な」


 細々とした趣味はいろいろあるけれど、「今日の一問」で聞かれたら、やっぱりこう答えるしかないでしょう。


「人間観察、です」


 他のすべての趣味は、この「人間観察」のおまけといってもいいと思います。

 それくらい、この趣味は、わたしの根底にある、そう思います。


「ニンゲン観察? モニタリング?」


「それはテレビ番組でしょう」


「違うのか?」


 たぶん。


「違うと、思います。そもそもわたし、あれ見たことないのでわからないんですよ」


「おいおい……」


 せんぱいが、さっぱりわからないという顔をしています。


「そうですね。わたしは、見た目というより、内面の観察がメインなんですよ。他の人が、わたしと同じものを見て、どう思うか、どう感じるかが知りたいんです」


 理解したような、していないような表情で、せんぱいはまばたきを何回かしました。


「もしかして、俺って、観察されてるの? モルモット? 実験対象?」


「どんな実験ですか」


「根暗な男子高校生に女子がめっちゃアクティブに寄っていったらどうなるかの実験と観察?」


 わたしがアクティブに寄っていってる自覚はあったんですね。さすがに。


「ほとんど、間違ってないかもしれません」


「おい」


「でもせんぱい、そこまで嫌じゃないでしょう? ほんとに嫌だったら、今頃わたしから離れてどこか逃げてるはずですもん」


「それは最初にお前がストーカーしてきたからで」


「最初は最初、今は今、です。それに――」


 それに。


「わたし、別に、せんぱいのこと、根暗だとは思っていないですよ? むしろ、とてもおもしろい人だな、と思ってます」


 もうひと押し。

 これくらいなら、勢いで言っちゃっても、後でどうとでも誤魔化せちゃうんじゃないでしょうか。


「好きですよ、せんぱい」

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