第8日「わたし以外の女性と、1対1でラインしたことありますか?」

 # # #


 今日は日曜日。

 失われた休日を、今日こそは謳歌してやろう。ひとまず、昼までは寝よう。


まはるん♪:おはようございます♪


 そう思って布団の上でぐでぐでしていたのだけれど、携帯が鳴った午前9時。

 昨日、俺を「デート」に連れ出した後輩からのLINEだった。


 まだ眠いので、ぼうっとしているうちに開いてしまった。開いたということは「既読」がついたということ。世の高校生はこの「既読」がついたつかないで日々揉めているそうな。

 アホらしいと思っていたけれど、俺ももはや気にせずにはいられない立場に置かれてしまった。


井口慶太 :[スタンプを送信しました]


 昨日、キャンペーンでもらったスタンプを送りつけておく。「読んだ」サインだ。これなら文句はないだろう。


まはるん♪:きのうはおたのしみでしたね


 びっくりして、スマホを取り落としてしまった。

 この後輩、「そういう」ネタも知ってるの?

 うん。ひらがなだし、確実に意図的。でも、なんで? 見た目、ただのウェイ系じゃん。


井口慶太 :それ、当事者じゃなくて第三者のセリフ……


 どうしても、マジレスを返さずにはいられなかった。

 ついでに、眠気が吹き飛んでしまった。


まはるん♪:細かいことはどうでもいいんです

まはるん♪:よくわかんない映画でしたね

井口慶太 :ほんとだよ

井口慶太 :選んだの誰だよ

まはるん♪:せんぱいです

井口慶太 :はい。

井口慶太 :その節はすみませんでした。


 ベッドにごろごろしたまま、文字のやり取りをする。


まはるん♪:ところでせんぱい

まはるん♪:今、何してましたか?

井口慶太 :寝てたのにLINEの音で叩き起こされた


 いっそ、寝る時は着信音はOFFにした方がいいんだろうか。でもそうすると、本当の緊急連絡まで届かなくなっちゃうし……


まはるん♪:いくら休日でも、リズムを崩さないほうがいいですから

まはるん♪:後輩ちゃんからの優しさです♪


 八分音符がうるさい。


井口慶太 :ぜったい意図してなかったよね・・・

まはるん♪:いいえ?

井口慶太 :嘘だ

まはるん♪:賭けます?「一問」

井口慶太 :いや。

井口慶太 :どうでもいい


 一日一問しかないのだ。どうでもいいことに無駄撃ちはしたくない。

 そもそも、この後輩との会話自体が「どうでもいい」ことかもしれないけど。


まはるん♪:じゃあ、わたしからせんぱいに「今日の一問」です


 普通にLINEで聞いてくるのかよ。


まはるん♪:せんぱい、わたし以外の女性と、1対1でラインしたことありますか?


 はいぃ?


 ふむ。

 それくらい俺にもある――と言いたいところだけれど、業務連絡だけなら該当のグループトークで事足りてるんだよな。LINEで女子から挨拶されたのは、少なくともこいつがはじめてのはず。

 一応ログ遡ってみるか。


 ……あった。あるわ。

 女性・・との1対1のLINEのログが、端末に残っていた。


 * * *


 そろそろ、せんぱいの周りの環境が知りたくなってきたわたしは、すごい質問を考えました。

 きっとこの質問、せんぱいは「YES」と答えるでしょう。あえて穴を塞いでないんですから。

 わたしが興味を持っているのは、その先。せんぱいの説明の部分にあるんです。


井口慶太 :あるぞ


 もし学校の同級生とか生徒会の人とかとやりとりがあるのなら、そっちを先に言うでしょう。

 もし無いのなら、次に考えられるのは家族でしょう。幼馴染とかいそうな感じはしませんし。

 家族といえば、そうです。家族構成がわかります。

 わたしの質問のメインの意図は、「せんぱいに、きょうだいはいますか?」ということだったのです。さっきの聞き方をすれば、ついでに交友関係までわかって、一石二鳥です。

 この質問を思いついた時、わたしは自分で自分を褒めたくなりました。帰り道の途中だったので、コンビニでハーゲンダッツを買って帰りました。それくらいすごかったと思います。


まはるん♪:へー

まはるん♪:彼女さんですか?

井口慶太 :いねーよそんなもん

まはるん♪:いたらわたしとデート行かないですもんねー

まはるん♪:彼氏さんですか?

井口慶太 :そもそも「女性」じゃなくねそれ?

井口慶太 :あと、一応俺恋愛対象はヘテロだから


 ヘテロ? テロ?

 爆破しちゃうんですか?


まはるん♪:ヘテロってなんですか?

井口慶太 :「ホモ」の対義語だよ

井口慶太 :この文脈だと異性愛のことな。厳密な用語かは知らない


 知らなかったです。


まはるん♪:で、どなたですか?

井口慶太 :あ、知りたい?

井口慶太 :なんと!

井口慶太 :俺の……!

井口慶太 :……母親です!

まはるん♪:

まはるん♪:

まはるん♪:そんなことだろうと思いました

まはるん♪:それだけなんですね、姉も妹も兄も弟もいないなんて

まはるん♪:かわいそうです

井口慶太 :どうせ一人っ子だよ俺は

まはるん♪:でもだいじょうぶですよ、せんぱい

まはるん♪:わたしが記念すべきふたりめなんですね!

井口慶太 :そういう言い方されると嬉しくないんだな


 せんぱい、一人っ子だったんですねえ。

 確かに、あの周りをあまり気にしない感じは、きょうだいがいるようには見えませんでしたから、妥当です。


 # # #


 LINEのことを聞かれたかと思えば、いつの間にか家族構成の話になっていた。

 いきなり脈絡のない質問をしてきたかと思えば、結局俺のパーソナルデータに帰着している。

 ここまで「読んで」るのか、あの後輩?


 俺も見習って同じ質問を――だめだ、あいつは山ほど他人とLINEしてそうだ。

 だって、俺がちらっとあいつの方を向くと、だいたいスマホでフリック入力してるもん。ネットサーフィンだけなら、あんなに不規則な方向に指が動くことはない。


 じゃあもう、小狡く知恵を巡らすだけ無駄か。

 

井口慶太 :じゃあ今度は俺の「今日の一問」で。

井口慶太 :そっちはきょうだいいるの?


 回りくどいことせずに、ストレートに聞けばいいんだ。


まはるん♪:あ、わたしの家族構成知りたいんですね?

まはるん♪:お兄ちゃんがいますよ。大学生の

井口慶太 :へえ


 「へえ」以上の感想が出なかった。

 会話のスキルって、どうやったら身につくんだろうか。


まはるん♪:今は地方の大学にいるので、

まはるん♪:たまにしか帰ってこないんですけどね

井口慶太 :へえ

まはるん♪:ブーンブンブン

井口慶太 :はえ

まはるん♪:代用穀物

井口慶太 :ひえ

まはるん♪:リコーダー

井口慶太 :ふえ

まはるん♪:なんですかこれ

井口慶太 :お前が始めたんだろ


 こんな感じのくだらないやり取りをしていると、いつの間にか、やり取りを始めてから1時間が経っていた。

 楽しくないわけじゃないんだけれど、今日中にやっておかなければならないこともある。宿題とか。

 そろそろ会話を切ろう。


井口慶太 :あのさ

井口慶太 :そろそろ宿題やるから、いいかな

まはるん♪:あ、はい

まはるん♪:それじゃあせんぱい

まはるん♪:また明日、です


 彼女の挨拶に、どう返事をしたものか少し迷って。

 結局、彼女と同じものを返した。


井口慶太 :ああ。また明日

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