第42日「わたしのプレゼント、どうでしたか?」

 # # #


 昨日の誕生日プレゼントは、きちんと言いつけを守って、家に帰ってから開けた。

 小ぶりな箱だったけれど、中には2つのものが入っていた。


 ひとつは、青いメガネケースだった。天然ものだか合成かはわからないけれどとにかく革製で、どことなく、俺なんかが使うにはもったいないような高級感が漂っている。

 もうひとつは、これも青さが目立つ、プラスチックのパッケージ。「指をつかわずカンタンつけはずし」と、大きな文字で書いてある。中には、シリコンゴムでできた道具みたいなものが入っている。これは?

 一通り読んでみて、コンタクトレンズのつけはずしをする道具だということがわかった。名前は「メルル」らしい。星くずうぃっちしか思いつかなかった。


 さて。この2つのプレゼント、どういうことなんだろうか。箱をひっくり返してみても、メッセージカードとかが入っていたりはしなかった。

 まあ、いまどき、連絡とろうと思えば、LINEなりでいくらでもいつでもできるからなあ。わざわざ凝った手紙を書く必要なんてない。

 どうせ、毎日顔を合わせる仲なんだ。明日には教えてくれるだろう。


 # # #


 翌日も土曜日で、休みなことを忘れていた。

 いつも通り、昼が過ぎた頃に、んーと伸びをして起き上がる。

 スマホの画面を見ると、やっぱりLINEが来ていた。


まはるん♪:おはようございます、せんぱい

まはるん♪:プレゼント、開けていただけましたか?

まはるん♪:って、まだ寝てるんですね……

まはるん♪:起きたらおしえてください


 「まだ寝てるんですね」ってなんだ。

 いや、確かにさ、俺さ、寝てたけどさ。もし寝てなくて、何か急な用事が入ったって場合でも「寝てる」になっちゃうのか。まあいいけど。


井口慶太 :おはよう

まはるん♪:あいかわらず、ねぼすけさんですね

井口慶太 :うるせえ

まはるん♪:プレゼント、開けていただけました?

井口慶太 :うん

井口慶太 :なんだこりゃ


 なんだこりゃ、としか思えなかったのだ。なんだこりゃ、と書くほかない。


まはるん♪:コンタクト姿のせんぱいが見てみたいな、と思いまして

井口慶太 :裸眼でいいじゃん……


 いちいちつけるのが面倒なんだよ。


まはるん♪:コンタクト、思った以上に快適だと思いますよ?

井口慶太 :ドライアイになりたくない

まはるん♪:そんな言い訳をするせんぱいに、

まはるん♪:コンタクト装着器、みたいなやつのプレゼントです


 俺の言い訳を、的確に潰すな。

 逃げ場がどんどん減っていくってことじゃないか。


井口慶太 :つけるのに時間がかかるのは変わらなそうだけど

井口慶太 :というか、そもそも目が開かないって言わなかったっけ


 1週間くらい前に言った気がする。

 俺がコンタクトを学校につけていかない理由のひとつが、入れるのに時間がかかるからである。朝はただでさえ眠くて目がぱっちり開かなくてコンタクトが入れられないのに、そんな中でその時間を考慮して早起きしたら、よりいっそう目が開かなくなる。悪循環が始まる。


まはるん♪:じゃあ、週末だけでいいです

井口慶太 :意味ないじゃんそれ

井口慶太 :親にしか見られないのに

まはるん♪:週末、出かける日だけでいいので

まはるん♪:コンタクトにしてみませんか?


 ずいぶんと食い下がってくる。

 そんなに人をコンタクトユーザーにしたいのか。


井口慶太 :はあ……

井口慶太 :いや、確かに在庫だぶついてるからいいんだけど


 なんでそんなに必死なんだ?


井口慶太 :あの、「今日の一問」

まはるん♪:いきなりですね

井口慶太 :なんで俺を、コンタクトにさせたがるんだ?


 * * *


 せんぱいからの、いきなりの質問でした。

 これほど動揺するとは、自分にびっくりです。ライン越しでよかったです。


 とはいえ。これが「今日の一問」である以上、正直に答えないわけにはいきません。

 はあ、と溜息がこぼれました。


まはるん♪:そのほうが、

まはるん♪:かっこいいからです


 ああ。言ってしまいました。

 既読がついて、そのまま、2分くらい経って。


井口慶太 :は?


 やっと絞り出したような、「は?」が返ってきました。


まはるん♪:相対的な話ですよ、相対的な話


 いや別に普段がかっこ悪いとかそういう話ではなく確かにメガネがあんまり似合ってないというかそもそもせんぱいメガネ自体が似合わないような顔つきというか何もかけない方がかっこいいというかイケメンとまでは言わないけれどもそれなりの偏差値になるというかそんな感じです。

 まあ、こんなのラインで伝えるのは無理ですね。


井口慶太 :そうか……

まはるん♪:あー、あとメガネケースはですね

まはるん♪:コンタクトをつけてる間にでも使ってください

まはるん♪:そういうことです

井口慶太 :そっちは素直にありがとうって言うわ

井口慶太 :ふつう、メガネケースなんて買った時の奴だし

まはるん♪:めるるの方は?


 無視されちゃいました。

 まあ、いいです。


まはるん♪:それじゃあ、明日ですね

まはるん♪:ちゃんとつけてきてくださいね?

井口慶太 :おま、明日台風

まはるん♪:自転車は無理ですけど、それ以外ならだいじょうぶですよ


 ここは強引にいきましょう。


まはるん♪:最悪歩いて帰ってくればいいですし

井口慶太 :あのね……

まはるん♪:じゃあ、集合場所は改めて送るので

井口慶太 :あの


 どこに行きましょうか。考えてませんでした。


まはるん♪:あ、最後に、「今日の一問」です。

まはるん♪:わたしのプレゼント、どうでしたか?


 しばらく、間隔があいて。

 そして、ぽつぽつと、せんぱいの思いが送られてきました。


井口慶太 :うれしかった

井口慶太 :「本好き」とかそういうレッテルじゃなくて、

井口慶太 :俺のことを、ちゃんと考えてくれたようなプレゼントで、

井口慶太 :はじめてで、うれしかった。

井口慶太 :ありがとう


 こちらこそ。それだけ喜んでいただけたのなら、うれしいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る