第41日「おこって、ないですか?」
# # #
「あ、明日のことなんですけど」
昨日のことである。
電車から降りようとしたとき、後輩ちゃんが思い出したように口を開いた。
「わたしの家に来てくださいね? 住所教えるので」
いたずらっぽく笑った顔が、してやったりといった感じだった。
「は?」
「いや、なので、盛大にわたしの家でお祝いしてあげますよ。ありがたく思ってください」
「お前の家?」
「歩いて来れますから」
そういう問題じゃないっての。
まあ、せっかく祝ってくれるのだから、他意を持ち込みたくはないんだけれど。
とにかく、緊張する。
# # #
日付が変わって、17歳になってから、布団に入った。
成人になるわけでもなければ、選挙権が得られるわけでもない。それほど感動はなかった。またひとつ大人に近づいた、といった感じだ。
朝、起きると、LINEが来ていた。
まはるん♪:おはようございます♪
まはるん♪:そして、誕生日おめでとうございます
まはるん♪:昼くらいにいらしてください。住所はここです
まはるん♪:[スクリーンショットを送信しました]
地図アプリのスクショが送られてきていた。なんとも、用意周到なことで。
俺の家からは、駅のちょうど反対側。ゆっくり歩けば20分くらいだろうか。自転車ならもっと早い。まあ、昼くらいって言われた以上、のんびり行くとしよう。
* * *
井口慶太 :りょーかい。ありがとな
せんぱいに「ありがとう」と言われたのがかなり久しぶりの気がして、無意識のうちにスクリーンショットを撮っていたようです。カシャ、という音で気が付きました。
中華って、なにを作ればいいんでしょうね。とりあえず話に出た酢豚と、デザートの定番として杏仁豆腐は確定として、でもケーキも食べないといけませんし、ふたりなのでそんなに量が食べられるわけでもなく……と思い悩んでしまいました。
まあ、なるようになれ、です。結局、せんぱいのお祝いなんですし。だいじなのは気持ちですよ気持ち。外面じゃありません。多少はがんばりますけれど。
あらかた作り終わったところで、インターホンが鳴りました。具体的な時間は指定していないのですが、ナイスタイミングですね。
「こんにちは。お宅の真春さんの友人の……」
せんぱいの他人行儀なことばを聞くのもおもしろいと思ったのですが、それ以上にめんどうだったので、返事をしてしまいます。
「はいはーい。おたんじょうびおめでとうございます」
「なんだ、お前か」
「いきなり、態度変わるんですね」
「そんなもんだろ」
「はいはい。今行くので、まっててくださいね」
エプロンをつけたまま玄関まで行って、鍵をあけました。ドアを引っ張ると、おそるおそるといった感じのせんぱいの顔が見えます。
「どうしたんですか」
「いや、親御さんとかいらっしゃるんじゃないかと」
「なんだ、そんなこと気にしてたんですか」
「そんなことって……お前がこっち来たときには手土産まで持って気にしてたじゃないかよ」
手土産については、招待される側なんだから持ってこないでくださいと伝えてありました。
「安心してください。今日、わたししかいませんから」
「……は?」
せんぱいのぽかんとした顔を尻目に、わたしは、ダイニングへの方へと歩きだしました。
# # #
あのね。
びっくりさせないでくれ。これ以上。心臓に悪いから。寿命縮むから。
なんだよ。いきなり微笑んだかと思ったら、「わたししかいませんから」って。付き合ってない男子を家に呼んだときの台詞じゃないでしょ。もうちょっと深い関係になってからの言葉でしょそれ。
紺色のエプロン(見るのは2度目だ)がやっぱり馴染んでるとか、後ろでぎゅっとした結び目がなぜかかわいいとか、靴下がもこもこしててかわいいとか、色々なことが頭をよぎる。
「せんぱい? 置いてきますよ」
「あのなあ。俺、いちおう今日誕生日のゲストなんだけど」
「料理が冷めちゃいますから。はやくしてください」
「あの」
まあ、これが後輩ちゃんだよな。うん。安心したわ。
彼女の背中を追いかけて部屋に入ると、ごま油の香りが漂っていた。テーブルの上には何品かの中華料理が並んでいる。まだ湯気が立っているから、ほんとうに作りたてなんだろう。昼頃って言われたから昼頃に来たんだけど、ちょうどよかったらしい。
「ご所望の通り、ざっと中華料理をご用意しました。一応ケーキもあるので、その分は無理しない程度におねがいします」
「甘いものは別腹なんじゃないの?」
「それは女子だけでしょう」
「なるほど」
現実的に考えたら、胃の体積は変わらないだろうから、まあ気分の問題なんだろうけれど。
「それでは、せんぱい。改めて、おたんじょうびおめでとうございます」
正面の席についた彼女が、俺をまっすぐと見つめて、祝いの言葉をかけてくれた。
……これ、なんか恥ずかしいな。
「おう、ありがとう」
「じゃあ、いただきましょうか」
「いただきます」
箸を手に取った。
おいしかった。育ち盛りの男子高校生の胃袋を、ちゃんと満足させてくれるような料理だった。ふたり分にしてはちょっと多かったけれど、ちょっぴり無理して、全部を腹に収めた。せっかく、女子が、手料理を作ってくれたのだ。こんなことが一生に何度もあるとも思えない。
食べ終わると、ケーキが出てきた。これはさすがにケーキ屋のだったけれど。
8分の1にカットされたショートケーキの上に17本のろうそくを立てて、全部に火をつけられて、「一息で吹き消せますよね?」とか言われた。死ぬかと思った。肺活量の限界に挑ませるんじゃない。
さて。
膨れた腹をさすりながらまったりしていると、眠くなってきた。でも、さすがに他人の家で寝るわけにはいかない。
あくびを噛み殺しつつ、紅茶を飲んで少しでもカフェインを摂取していると、後輩ちゃんが、何やら箱を持ってきた。
「せんぱい、これ」
もしや。
「プレゼントです。家に帰ってから開けてください」
「今開けたら?」
「怒りますよ」
「じゃあ持って帰るわ」
小さめの箱を、かばんのそばに置いた。
「もういっこあるんですよ。せんぱい。今、『おねがい』してもいいですか?」
昨日の運動会の借り物競争で、死闘(じゃんけん)の末、彼女が勝利した。その時の約束にあった、「なんでもお願いする権利」を、今使いたいと、そういうことだろう。
「別にいいけど」
なんでもお願いする権利なんだから、そもそもお願いされることを断る権利がこちらにあるかも不明だが、一応。
すると、後輩ちゃんが、いきなり、真面目な顔になる。それを見た俺も、眠気がすっと覚めた。
一瞬だけ目をつぶった後輩ちゃんが再びこちらを向くと、その薄紅色の唇が動いた。
「校則、改正してくださいよ」
なるほど。その話か。
これで、「51条」とかピンポイントで言われてしまえば、もう逃げ隠れできなくなる。
俺がそんな複雑な気持ちを抱えていると、それを察してかそれとも偶然か、後輩ちゃんが続ける。
「せんぱいがおかしいと思うところ、ぜんぶ」
なるほど。
やっぱり、彼女は、頭がいい。これなら、改正項目は俺の自由ということになる。
いや、厳密には「自由」じゃねえか。俺の思想的に、おかしいと判断した条文を直せ、そういうことだ。まったく、性質が悪い。
これじゃ、断れないじゃないか。
いや、断る権利は、俺にはなかったか。
「……わかったよ」
さて。改正については、何て書いてあったかな。
俺の任期中に、終わればいいんだけれど。
「最大限の努力はする。それでいいか?」
「はい」
* * *
やっと、せんぱいに、「お願い」ができました。
ちょっとずるい方法でしたけれど、これくらいしか、方法が思いつかなかったんです。
ふたりっきりの、ささやかで、でも盛大な誕生会を終えて。
誕生日なんだから送りますよ、と言い訳をして、帰るせんぱいについていきました。
「あの、『今日の一問』なんですけど」
「何?」
「おこって、ないですか?」
「なんで?」
「せっかくの誕生日なのに、わたしひとりで、へんなお願いをしてしまって」
「なんだなんだ、お前らしくないぞ。いつもの自信たっぷりな後輩ちゃんはどこ行った」
せんぱいが、こちらを振り向きました。
「なんですかそれ。バカにしてますか?」
「そうそう。そんな感じだよ」
なんか、調子が狂っちゃいます。思い悩んだわたしが、バカみたいです。
「じゃあ俺からも『今日の一問』な。後輩ちゃんこそ、今日はどうだった?」
「たのしかったし、うれしかったです」
「そりゃあ、よかった」
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